テクニック編

フィールド調査の仕方

1. はじめに

本学の国際関係学部・国際関係研究科では、海外で現地調査をする学生や院生が増えている。他大学でも同じような傾向が見られ、近年フィールド調査をタイトルにした本が多く出版されるようになっている。本学部では地域研究に関する多くの科目が提供され、「地域調査法」などの調査技術を取得することを目的とした科目や実際に短期間海外に出て学ぶ「海外研修」「海外スタディ」プログラムも用意されている。フィールド調査に関心を持つ学生には、ぜひこれらの科目を受講するよう勧めたい。

ここでは、これからフィールド調査を始めようとしている学生を対象に、簡単なノウハウを提供していきたい。

2. 事前の準備(研究面)

対象となる地域については、自分が研究の軸に据えた学問領域(ディシプリン)だけでなく、幅広く学ぶことが求められる。とりわけ、歴史研究は不可欠である。また、現在進行しつつある事態を理解するには、新聞が大きな情報源となる。現地の新聞は日本でも比較的入手しやすくなっているばかりか、世界各地の新聞や情報をインターネットによって入手することが可能になっている。これらの情報は研究だけではなく、現地で生活するうえでも大いに役に立つ。

歴史をはじめとする当該地域についての学習と情報収集が一定の段階まで進んだら、研究のテーマを決め、現地調査にあたっての仮説を設定する必要がある。仮説というと何か大げさな感じを与えるが、ここでは「研究や実験の過程においてそれを統整したり、容易にしたりするために、有効な手段としてたてる仮説」(広辞苑)のことである。現地調査とは何を調べるかわからないまま歩き回ることではない。

3. 事前の準備(生活面)

外国に長期滞在する場合はビザの取得が必要になる。本格的な調査の場合は調査研究を目的とするビザ取得が必要になるが、一般的な視察であれば観光ビザでも可能である。訪問先によっては、ノービザで2週間から3ヵ月まで滞在することができる。(ビザの必要の有無は国籍によって異なる。日本国籍の場合、外務省ウェブサイト、
https://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/visa/tanki/novisa.htmlを参照。)

どんな有能な調査者であっても、現地での協力者なしに外国での調査を進めることはできない。友人、協力者が多いほど有能な調査者ということができる。相手はなにも研究者に限る必要はない。幅広い階層の人たちとの付き合いが、調査をスムーズに運ばせることができる。農村やスラム、あるいは大都市のフォーマル・セクターでも、協力者の成否が調査の動向を左右する。あらゆるツテをたどって、コンタクトを求めよう。ただし、あくまでも相手は厚意でわれわれを助けてくれているのであることを忘れてはならない。

4. 現地で

<大学、図書館、研究所、アーカイブズ(公文書館)>

現地調査にあたって、これらの機関の重要性は言うまでもない。注意しないといけないのは、利用対象者を限定している場合があることだ。時にはしかるべき機関・人物の紹介が必要になる。この時に人的ネットワークが役立つ。

<新聞社、出版社、書店、政府刊行物センター>

新聞社の資料室には一般公開、あるいは一定の条件のもとで公開利用を認めているところがある。過去の記事を項目的に切り抜いているものはとても便利である。大学図書館、関連団体などもこういった切りぬきファイルを保存していることがある。また書店は重要な資料の宝庫であり、こまめに見て回ることが必要だ。

<政府、自治体>

学生や院生では、紹介者がないかぎり、資料を収集したり、インタビューをすることは難しい場合があるが、公開されている資料であれば、入手しやすい。一般的には紹介者があったほうがよいから、ルールとマナーに従った手順を踏まえて、紹介者を得るようにすることが必要である。また、統計資料などは政府刊行物センターで入手可能だ。

<政党、経済団体、労働団体、農業団体、協同組合、NGO>

それぞれの分野の直接的な資料や情報を得る上で、これらの機関は重要である。大きな組織の中には資料室を設けて、一般の利用に供しているところもある。また、機関誌や資料集などを入手できる場合も多い。

<日本の関連機関>

現地の基本的な情報を得る上で役に立つ場合もある。研究に直接関連する情報のほか、大使館や領事館では、長期滞在する上で欠かせない現地の治安、医療情報などを得ることができる。ジェトロ(日本貿易振興会)の場合は、東京や大阪の事務所に資料室が附されているので、現地に入る前に貿易や経済分野の資料を閲覧、コピーすることができる。また、現地の事務所においても資料の閲覧などが可能である。

[調査方法]

調査方法については、外国だけに通用する特殊な方法はない。社会科学で広く用いられている現地調査の諸方法、とりわけクエスチョネア(質問票方式)、インタビュー、参与観察(調査対象者と生活を共にしながら観察を積み重ねていく方法)などの基本的な調査方法については、社会調査の方法論を論じた文献(代表的なものは福武直『社会調査法』)からジックリと学ぶことが必要である。

[生活]

長期間滞在する場合はアパートを借りたり下宿したりすることになるが、短期間の場合は一般にはホテルになる。料金は安いにこしたことはないが、安全も考えなければならない。その点で、大学のゲストハウスや現地の関連機関が紹介してくれる宿泊先は信頼がおける。交通手段としてはバスや地下鉄が安くて便利である。タクシーの場合、途上国では日本に比べて料金は一般に安くなり、乗合タクシーは更に安くなる。

なお、タクシー料金が一定せず、交渉で決まる国もあり、ボラれる可能性もある。料金の交渉、駆け引きも調査能力のうちかもしれない。食事は、長期滞在の場合は自炊でもよいが、短期間の場合は外食が中心になる。ホテル、レストラン、屋台、ファースト・フードなど、当然ながら財布の重さにあわせて食事をとることになるが、生水や生ものはやはり避けたほうが無難である。

携帯品については、できるだけ持参するというタイプと、できるだけ現地で調達するというタイプの調査者がいる。調査方法と現地の実情にあわせてどちらかを選択することになる。基本的なものはやはり持参したほうが無難である。軽いノートパソコンやデジタルカメラ、電子手帳、ICレコーダーも持っていくと便利であることは言うまでもない。

5. 治安・保健衛生

現地の治安状態、危険情報(外務省のHPやNHKのラジオ国際放送によって、知ることができる)のほか、保健衛生の面でも事前に情報を集め、予防接種などの必要な措置をとらなければならない。言うまでもなく、病気とケガをカバーする海外旅行傷害保険には必ず加入しておく必要がある。病気のなかでも注意すべきは、日本には存在しない熱帯性の伝染病である。この点について、医療専門家は次のようにアドバイスしている。

まず出発前に現地では手に入りにくい医薬品を準備する。下痢や発熱、風邪に備えて、日頃使いなれたクスリ(例えば風邪薬、頭痛薬、下痢止め、目薬など)のほか、抗生物質も持参したほうがよい。熱帯性伝染病の感染危険地域の場合は、事前の予防接種を受ける。ワクチンによる予防効果が高いものとしては、黄熱病、狂犬病、日本脳炎、A型肝炎などがあり、国によってはワクチンの接種が入国の条件となっていることもある。熱帯地域に蔓延しているマラリアについては、本来であれば日本を出発する前に予防薬の服用を開始しなければならないが、日本では予防薬の販売が許可されていないため、現地で購入して服用する手段をとらなければならない。

現地の衛生状態にもよるが、生肉、生魚、生野菜は避けたほうが無難である。また、住吸血虫のいる地域では、生水を飲むことだけでなく、川で泳ぐことも危険である。

マラリア、デング熱はハマダラカ蚊などを媒介にするので、蚊にさされないような服装や虫除けスプレー、蚊取りマットなどを用意することも必要だ。現地での調査期間中はできる限り体力と健康の維持に努め、作業もオーバーワークにならないように心掛けたい。

6. 調査終了後

調査を終えてから資料を整理し、理論的な再検討を経て論文の執筆という段取りになる。現地調査が終わると、フィールド・ノート、カード、写真、録音テープ、文献、その他の資料、書籍、名刺などで一杯になるはずだ。貴重な調査ノートや大切と思われる資料は携行して帰国するほうがよいであろう。その他の荷物は郵送するのが便利である。但し、船便は安価であるが時間はかかる。帰国したら、できるだけ早く名刺を整理してお世話になった人たちに礼状をだすことを心掛けよう。ノートやカードも、論文を執筆するときにわかりやすいように内容を整理して、キーワードをつけておくと便利である。現地調査の簡単な報告書は記憶が薄れないうちにまとめるようにするとよい。研究会や報告会などで積極的に中間発表などをして、意見、評価、批判を聞くことが大切だ。そのことによって、自分が集めたデータをいっそう深く読み込む眼が養われる。あとは論文を書き上げるだけだ。

7. 参考文献

社会調査についての基礎文献としては、福永直『社会調査法』増補版(岩波書店,1984年)がある。社会調査の意味から始まって、方法、計画、現地調査の技術、調査結果のまとめなど、一度は目を通して欲しい。人類学、社会学、地理学で発達してきたフィールドワークの方法について、わかりやすく説明した著作として薦められるのは、佐藤郁哉『フィールドワーク-書を持って街へでよう-』(新曜社,新版 2006年)である。フィールドワークとはなにかという定義から始まって、仮説設定、記述、事例研究などの方法論、現場でのインフォーマント、インタビュー、参与観察などをめぐる問題まで、一通りの知識を得ることができる。また、佐藤誠編『地域研究調査法を学ぶ』(世界思想社,1996年)は社会科学に関する海外調査の方法をアジア、アフリカ、ラテンアメリカの発展途上国における具体的な事例を織り交ぜて明らかにしている。この他、藤巻正巳・住原則也・関雄二編『異文化を「知る」ための方法』第2版(古今書院,1998年)、須藤健一編『フィールドワークを歩く-文科系研究者の知識と経験』(嵯峨野書院,1996年)、アジア農村研究会『学生のためのフィールドワーク入門』(めこん)、菅原和孝『フィールドワークへの挑戦─ "実践 "人類学入門』(世界思想社,2006年)、京大アジア・アフリカ地域研究科・東南アジア研究所編『京大式 フィールドワーク入門』(NTT出版,2006年)、山下清海編『現代のエスニック社会を探る-理論からフィールドへ-』(学文社,2011年)なども参考になる。

ホームページとしては、下記が参考になる。

付記
本稿は佐藤誠編『地域研究調査法を学ぶ』(世界思想社)に収められた「初めて調査にでる学生のために」佐藤誠・小木裕文共著を要約補筆したものである。

執筆者(更新者):小木 裕文(本名 純)
執筆日(更新日):2012年2月29日(2019年3月16日、2020年1月23日、2021年3月16日)