専門編

国際機構の学び方

1. 国際機構を学ぶ意味

国際関係学部に入って、自分は国連のことを大体知っている、と思っている学生もいるかもしれない。しかし、実際にはもっと私たちに近いところで、「国連」以外のもっとマニアックな国際機構が、私たちの生活に必要なことについて働いてくれている。例えば、国境を越えて飛行機が飛び、同じ形のパスポートを皆が使えるのは、国際民間航空機関(ICAO)と国際航空運送協会(IATA)が規則を作ってくれているおかげであり、飛行機が降り立った先の天気がわかるのは世界気象機関(WMO)が世界中の気象予測をコーディネートしてくれているからである。

国際機構とは、もっとも狭義の意味では、3か国以上の国があつまり、根拠となる条約を締結することで設置する政府間機構(Inter-governmental Organizations:IGOs)を指す。国連をはじめ、その専門機関である世界保健機関(WHO)や国連教育科学文化機関(UNESCO)といった機構、その他、先述のICAO、国際刑事裁判所(ICC)といった、特定の分野に関する任務を負った国際機構や、欧州連合 (EU)、アフリカ連合(AU)といった地域機構がこれにあたる。また、政府を代表しない市民組織で国際的な活動を行う非政府組織(Non-governmental Organizations:NGOs)も近年重要な活動主体となっている。例えば、核兵器禁止条約の締結に重要な役割を果たし、2017年にノーベル平和賞を受賞した核廃絶国際キャンペーン(ICAN)は、諸国のNGOによる国際ネットワークである。また、我々が使うクレジットカードや非常口のサイン、職場におけるコンプライアンスといった様々な国際規格は、国際標準化機構(ISO)というNGOにより作成されている。そのほか、国際船長協会連盟(IFSMA)といった専門家による国際的な連盟や、国内人権機関グローバル同盟(GANHRI)といった国内の機関による国際的な連盟、国際的な業界団体である先述のIATA、そして近年ではグローバル・ジャイアンツ(巨大な多国籍企業)もいわば国際的な機構のように活躍している。このように、国際機構は今や一つの「グローバル産業」であり、ビジネスチャンスにもあふれている。

グローバルな問題について語るとき、国際機構に関する知識やそのルールについて知らなければ、正確な議論はできない。「国連安保理が動かない」と批判するとき、そもそも動いたところで国連安保理にどんな権限があるのか、を知らずに議論しても意味がない。国連事務総長がどのような手続を踏んで選出されるのか、安保理決議の文書は誰が書いているのか、様々な会議で使っている備品のお金は誰が出しているのか、平和維持部隊の人たちはどこから来たのか、もし国際機構の職員が危険な目に遭ったとき誰が責任を取るのか。実はいろいろなことがよく知られていないことに気が付くかもしれない。世界には数多くの国際機構が存在し、それぞれ異なる資金集めの方法をとり、異なる意思決定方法をとり、異なる任務と制限を負っている。地球上で起きていることについて、何かがなされないことを批判するとき、どの国際機構のどの機関のどのような規則や慣習が問題なのかを知らなければ、的外れな議論になってしまう。「国際機構で働きたい」といっても、実際にはどの国際機構のどの部門で、どのようなプロセスでその職を得て、そこで何をするのかについて知らなければ、その夢は現実味を帯びてこない。国際機構についての正確な知識は、国際関係に関する議論により高度な専門性とリアリティを与えてくれる。

2. 学習の方法

国際機構は、とても遠い存在に思えるかもしれない。そのため、まずは国際機構に関する映像資料から入って、国際機構を身近に感じることが有効である。

第1ステップ:映像資料で見る

近年では国連をはじめ多くの国際機構がe-learningを提供している。国際機構の活動そのものだけでなく、国際機構への応募の仕方や働き方についてe-learningもある。3.(1)にあげているとおり、国連広報センターの資料が便利である。

第2ステップ:入門書で用語を知る

入門書を読んで、どのような「用語」が使われているのかを概観する。特に、普段使わない専門用語の意味が分かっていないのに先に進むことは難しい。「理事会」と「総会」の違いや、「国際公務員」と「政府代表」の違いなど、基本的な用語の使い方を知っておく必要がある。

第3ステップ:関心のある国際機構について調べてみる

「国連ファミリー」(ステップ2が終わっていれば、わかるはず)の機構でもよいし、インターポールやオリンピック委員会など、名前は知っているけどよくわからない機関について、ウェブサイトを訪問して調べてみる。国連と比較して、どのような特徴があるか、グローバルな協力にはどのような分野があるのか、について視野を広げる。

第4ステップ:専門的な内容を学ぶ

この時点で、国際機構についてどんなことを学びたいのか、という、学ぶための目的意識が定まってくるはずである。この状態で講義を聴いたり、専門書をよみはじめると、自分の持っていた疑問が次々に明らかになるとともに、さらに深い理論的疑問もわいてくるだろう。それらをもとに、ゼミや卒業研究につなげていくことができる。

学問的(国際機構論)には以下のように様々なアプロ―チの仕方がある。

  1. ① 国際機構の権限の範囲に関する法、その組織や意思決定に関する内部のルール、法的な主体としての性格、雇用に関する諸規則など、国際法(特に国際組織法)に立脚した法的アプローチ。
  2. ② 国際機構が取り組む課題領域(紛争と平和、環境と開発、人権、人道支援など)で国際機構が果たしている役割や具体的事例に注目して、意思決定プロセスやロビー活動、国際機構の機能を分析する政治学的アプローチ。
  3. ③ 「人間開発」や「持続可能な開発目標」(SDGs)、「人間の安全保障」や「保護する責任」など、国連を中心に提唱される様々な政策概念や国際機構の行動原理などについて理論的検証を試みる国際関係論的アプローチ。
  4. ④ 国際機構を政府なき国際社会の統治を担う主要なアクターとして論じるガヴァナンス論。
  5. ⑤ 特にNGOの役割や機能に着目するNGO研究。
  6. ⑥ 国際機構の「組織」としての側面に着目した心理学的・組織論的アプローチ。

国際機構は「生き物」であり、毎年様々な決議をだし、制度改革を通じて規則や構造も変化し、代表者も任期が終われば新たな人事が行われる。そのため、国際機構論には常に新たなケース、検討対象があり、書籍や論文だけでは追い付かない部分がある。そのため、国際ニュースで最新動向をチェックし、各機構のウェブサイトで一次資料を入手し、分析し続ける必要がある。

3. 学習のための資料

(1) はじめに

①まずは、国連での会議をのぞいてみよう。

②次に、国連を映像で学んでみよう。

③図書館に行って、入門書を読んでみよう。(→(2))

(2) 用語を学ぶ(2015年以降のものに限ってあげている)

  • 山田哲也『国際機構論入門〔第2版〕』(東京大学出版会、2023年)
  • 公益財団法人日本国際連合協会『新わかりやすい国連の活動と世界』(三修社、2019年)
  • 国際連合広報局『国際連合の基礎知識〔第42版〕』(関西学院大学出版会、2018年)
  • 横田洋三監修、滝澤美佐子、富田麻理、望月康恵、吉村祥子編著『入門 国際機構』(法律文化社、2016年)

(3) 関心のある国際機構について調べてみる

  • 国連のウェブサイト(www.un.org
  • その他各国際機構のウェブサイトは、検索エンジンで検索のこと。(近年ではほぼすべての国際機構が独自のウェブサイトを有している。)
  • ほとんどの国際機構は独自のSNSアカウントを開設し、ニュースを発信している(twitterが多い)。

(4) 専門的な内容を学ぶ(2015年以降のものに限ってあげている)

  • 庄司克宏編『国際機構 新版』(岩波書店、2021年)
  • 吉村祥子、望月康恵編著『国際機構論 活動編』(国際書院、2020年)
  • 植木安弘『国際連合 その役割と機能』(日本評論社、2018年)
  • 吉村祥子編著『国連の金融制裁―法と実務』(東信堂、2018年)
  • 渡部茂己、望月康恵編著『国際機構論 総合編』(国際書院、2015年)
  • 最上敏樹『国際機構論 講義』(東大出版会、2016年)
  • Jann Klabbers, An Introduction to International Organizations Law, 4th edition (Cambridge University Press, 2022)
  • Ian Hurd, International Organizations: Politics, Law, Practice, 4th edition (Cambridge University Press, 2020)
  • Liesbet Hooghe, Tobias Lenz, and Gary Marks, A Theory of International Organization (Oxford University Press, 2019)
  • Kelly-Kate S. Pease, International Organizations Perspectives on Global Governance, 6th edition (Routledge, 2018)
  • Niels M. Blokker and Henry G. Schermers, International Institutional Law: Unity Within Diversity, 6th Revised edition (Martinus Nijhoff Publishers, 2018)
  • Jacob Katz Cogan, Ian Hurd , and Ian Johnstone eds., The Oxford Handbook of International Organizations (Oxford University Press, 2016)
  • Nigel White, The Law of International Organizations, 3rd edition (Manchester University Press, 2016)

アドバンスド編

(5) 働くことを考えてみる

  • 外務省JPO派遣制度 https://www.mofa-irc.go.jp/jpo/seido.html
  • 国際機関で働く若手実務家17人『世界の現場で僕たちが学んだ「仕事の基本」』(CCCメディアハウス、2014年)
  • 瀬谷ルミ子『職業は武装解除』(朝日新聞出版、2011年)
  • (映画)「セルジオ:世界を救うために戦った男」(2020年)
  • (映画)「バグダッド・スキャンダル」(2018年)
  • (映画)「トゥルース:闇の告発」(2012年)

(6) (修士課程へ)論文を読んでみる

  • 『国連研究』(日本国際連合学会)
  • International Organization (Cambridge University Press)
  • Review of International Organizations (Springer)
  • International Peacekeeping (Taylor and Francis)
  • International Organizations Law Review (Brill)
執筆者:越智 萌
執筆日:2021年2月28日(2024年2月21日更新)