専門編

国際機構の学び方

1. 国際機構とは

人は、自分一人では対応しきれない問題を皆で協力して解決するために、仲間を集め、組織を形成してきた。そういった組織は、家族・親戚関係から、友人関係、地域、市町村、都道府県から一国まで広がり、社会福祉、経済発展、技術開発といった問題に対処してきた。さらに、2つ以上の国を通り抜ける国際河川の管理といった越境的な問題や、国際紛争の防止、人権侵害、国際犯罪、地球環境問題、パンデミック、といったグローバルな規模の問題の場合、1国だけで対処するのではなく、複数の国が集まり、情報を共有し、共通のルールを作り、また専門家を集めて調査・分析することで対応しようとする試みが生まれた。そうして作られてきたのが、国際機構という組織である。

国際機構=国際連合(国連)と思われるかもしれないが、実際にはもっと私たちに近いところで、もっとマニアックな国際機構が、私たちの生活に必要なことについて働いてくれている。例えば、国境を越えて飛行機が飛び、同じ形のパスポートを皆が使えるのは、国際民間航空機関(ICAO)と国際航空運送協会(IATA)が規則を作ってくれているおかげであり、飛行機が降り立った先の天気がわかるのは世界気象機関(WMO)が世界中の気象予測をコーディネートしてくれているからである。国際機構とは、もっとも狭義の意味では、2か国以上の国があつまり、根拠となる条約を締結することで設置する政府間機構(Inter-governmental Organizations:IGOs)を指す。国連をはじめ、その専門機関である世界保健機関(WHO)や国連教育科学文化機関(UNESCO)といった機構、その他、先述のICAO、国際刑事裁判所(ICC)といった、特定の分野に関する任務を負った国際機構や、欧州連合 (EU)、アフリカ連合(AU)といった地域機構がこれにあたる。また、政府を代表しない市民組織で国際的な活動を行う非政府組織(Non-governmental Organizations:NGOs)も近年重要な活動主体となっている。例えば、核兵器禁止条約の締結に重要な役割を果たし、2017年にノーベル平和賞を受賞した核廃絶国際キャンペーン(ICAN)は、諸国のNGOによる国際ネットワークである。また、我々が使うクレジットカードや非常口のサイン、職場におけるコンプライアンスといった様々な国際規格は、国際標準化機構(ISO)というNGOにより作成されている。そのほか、国際船長協会連盟(IFSMA)といった専門家による国際的な連盟や、国内人権機関グローバル同盟(GANHRI)といった国内の機関による国際的な連盟、国際的な業界団体である先述のIATA、そして近年ではグローバル・ジャイアンツ(巨大な多国籍企業)もいわば国際的な機構のように活躍している。

グローバルな問題について語るとき、国際機構に関する知識やそのルールについて知らなければ、正確な議論はできない。世界には数多くの国際機構が存在し、それぞれ異なる資金集めの方法をとり、異なる意思決定方法をとり、異なる任務と制限を負っている。地球上で起きていることについて、何かがなされないことを批判するとき、どの国際機構のどの機関のどのような規則や慣習が問題なのかを知らなければ、的外れな議論になってしまう。「国際機構で働きたい」と言っても、実際にはどの国際機構のどの部門で、どのようなプロセスでその職を得て、そこで何をするのかについて知らなければ、その夢は現実味を帯びてこない。国際機構についての正確な知識は、国際関係に関する議論により高度な専門性とリアリティを与えてくれる。

2. 学習の方法

国際機構の学び方(国際機構論)には、以下のように様々なアプロ―チの仕方がある。

  1. ① 国際機構の組織や意思決定に関する内部のルール、法的な主体としての性格、雇用に関する諸規則など、国際法(特に国際組織法)に立脚した法的アプローチ。
  2. ② 国際機構が取り組む課題領域(紛争と平和、環境と開発、人権、人道支援など)で国際機構が果たしている役割や具体的事例に注目して、意思決定プロセスやロビー活動、国際機構の機能を分析する政治学的アプローチ。
  3. ③ 「人間開発」や「持続可能な開発目標」(SDGs)、「人間の安全保障」や「保護する責任」など、国連を中心に提唱される様々な政策概念や国際機構とその制度そのものについて理論的検証を試みる国際関係論的アプローチ。
  4. ④ 国際機構を政府なき国際社会の統治を担う主要なアクターとして論じるガヴァナンス論。
  5. ⑤ 特にNGOの役割や機能に着目するNGO研究。
  6. ⑥ より組織としての側面に着目した心理学的・組織論的アプローチ。

国際機構は生き物であり、毎年様々な決議をだし、制度改革を通じて規則や構造も変化し、代表者も任期が終われば新たな人事が行われる。そのため、国際機構論には常に新たなケース、検討対象があり、書籍や論文だけでは追い付かない部分がある。そのため、国際ニュースで最新動向をチェックし、各機構のウェブサイトで一次資料を入手し、分析し続ける必要がある。

3. 学習のための資料

(1) 一次資料

(2) 教科書(近年のものに限ってあげている)

入門書

  • 山田哲也『国際機構論入門』(東京大学出版会、2018年)
  • 横田洋三監修、滝澤美佐子、富田麻理、望月康恵、吉村祥子編著『入門 国際機構』(法律文化社、2016年)

国際機構論教科書

  • 吉村祥子、望月康恵編著『国際機構論 活動編』(国際書院、2020年)
  • 植木安弘『国際連合 その役割と機能』(日本評論社、2018年)
  • 渡部茂己、望月康恵編著『国際機構論 総合編』(国際書院、2015年)
  • 最上敏樹『国際機構論講義』(東大出版会、2016年)
  • 内田孟男編著『国際機構論』(ミネルヴァ書房、2013年)
  • Liesbet Hooghe, Tobias Lenz, and Gary Marks, A Theory of International Organization (Oxford University Press, 2019)
  • Kelly-Kate S. Pease, International Organizations Perspectives on Global Governance, 6th edition (Routledge, 2018)
  • Jacob Katz Cogan, Ian Hurd , and Ian Johnstone eds., The Oxford Handbook of International Organizations (Oxford University Press, 2016)

国際組織法・機構法

  • 黒神直純『国際公務員法の研究』(信山社、2006年)
  • 佐藤哲夫『国際組織法』(有斐閣、2005年)
  • 櫻井雅夫『国際機構法』(第一法規、1993年)
  • Niels M. Blokker and Henry G. Schermers, International Institutional Law: Unity Within Diversity, 6th Revised edition (Martinus Nijhoff Publishers, 2018)
  • Nigel White, The Law of International Organizations, 3rd edition (Manchester University Press, 2016)
  • Jann Klabbers, An Introduction to International Organizations Law, 3rd edition (Cambridge University Press, 2015)

(3) 実務・具体的活動

新書

  • 篠原初枝『国際連盟』(中公新書、2010年)
  • 北岡伸一『国連の政治力学-日本はどこにいるのか』(中公新書、2007年)
  • 明石康『国際連合-軌跡と展望』(岩波書店、2006年)
  • 東野真『緒方貞子―難民支援の現場から』(集英社新書、2003年)

その他書籍

  • 国際連合広報局『国際連合の基礎知識〔第42版〕』(関西学院大学出版会、2018年)
  • 吉村祥子編著『国連の金融制裁―法と実務』(東信堂、2018年)
  • 松下冽、山根健至編著『共鳴するガヴァナンス空間の現実と課題-「人間の安全保障」 から考える』(晃洋書房、2013年)
  • 大平剛『国連開発援助の変容と国際政治-UNDPの40年』(有信堂高文社、2008年)
  • 明石康、大芝亮等編『オーラルヒストリー 日本と国連の50年』(ミネルヴァ書房、2008年)
  • 城山英明、石田勇治、遠藤乾編『紛争現場からの平和構築―国際刑事司法の役割と課題』(東信堂、2007年)
  • 緒方貞子『紛争と難民―緒方貞子の回想』(集英社、2006年)
  • 香西茂『国連の平和維持活動』(有斐閣、1991年)
  • マラック・グールディング『国連の平和外交』(東信堂、2005年)

(4) 関連する研究論文を掲載する学会誌

  • 『国連研究』日本国際連合学会

(5) 国際公務員を含め国際協力のプロフェッショナルとしての仕事やそのキャリアの理解

  • 国際開発ジャーナル社『国際協力キャリアガイド』
  • 西水美恵子『国を作るという仕事』(英治出版、2009年)
  • 原田勝広『国連機関でグローバルに生きる』(現代人文社、2006年)
  • グロ・ブルントラント『世界で仕事をするということ』(PHP、2004年)
  • 緒方貞子『私の仕事』(草思社、2002年)
  • 明石康『生きることにも心せき-国際社会に生きてきたひとりの軌跡』(中央公論新社、2001年)
  • グローバルリンク・マネージメント『国際公務員を目指す留学と就職』(アルク、2001年)

(6) 映画

  • 「セルジオ:世界を救うために戦った男」(2020年)
  • 「バグダッド・スキャンダル」(2018年)
  • 「トゥルース:闇の告発」(2012年)
執筆者:越智 萌
執筆日:2021年2月28日(2022年2月24日更新)