専門編

安全保障論の学び方

1. 安全保障論について

『戦争論』を記したクラウゼヴィッツが「戦争は政治の手段の一つである(war is a continuation of politics by other means)」と論じているように、戦争や紛争は国際関係における重要なツールになり得るものであり、国際関係学の発展はこれらの分析や検証から発展したとも言われている。つまり、安全保障論は国際関係学の礎となる領域だと言える。

安全保障論のあり方は冷戦終結が大きな転機になった。冷戦終結までは、2つの世界大戦、宗主国と植民地の関係の変化などに影響を受けて、戦争のあり方、内紛(テロリズムを含む)、軍隊や、核兵器などの大量破壊兵器を含む軍備のあり方などが主な研究領域であり、常に「国」中心で話は進められた。分析の視点としては、国家と国家安全保障が全てだった。つまり、安全保障とは国と国家主権を守るためのもので、リアリズムの系譜による議論が主流の領域であったと言える。

冷戦の終結は、大きな変化をもたらした。まず、国際連合が国際社会におけるその地位を高めようと動いた。当時の事務総長ブトロス・ブトロス・ガリが提案した「平和への課題(Agenda for Peace)」である。国際機関の国への影響力増加を「懸念」や、国連主導による安全保障システムの構築への期待などが高まった。それを反映するかのように、国連平和維持活動(UNPKO)が活発化し、介入事案が爆発的に増加した。国連提案の「平和構築」や「予防外交」などのコンセプトも徐々に広まっていった。また、国連を中心とした「集団的自衛権の行使」、つまり、従来の自衛のみならず、広い意味での自衛も考慮されるようになる。

また、「人権保護」が安全保障領域に取り込まれて来るのもこの時期である。「人道的介入」と称される民族間の紛争(つまりは内紛)への外部からの介入を正当化しようとする動きが活発になる。本来であれば、戦争や紛争の性質から鑑みて、人権と戦争とは相入れないものである。さらに、人権に関する領域は、概ね国内政策(内政)の範囲に入る。「他国の内政への介入」は国家主権を尊重する国際社会のタブーである。安全保障論においては、戦争のない世界における新しい形として擁護するものと、結局のところ「介入」であり許されるべきものではないと否定するものと、議論が分かれた。その後、国連文書で「保護する責任(Responsibility to Protect – R2P)」とリフレーズされ、広く認識されるようになった。

国連の積極的な安全保障領域への関与、そして、人権や国際組織を利用した安全保障体制の構築は、世相を反映して国家主権以外に目を向け、リベラリズムを論拠とする議論の重要性を受け入れるようになってきたと考えられる。とはいえ、冷戦終結直後は盛んであった国連PKOではあるが、その後、時を経るに従って実行数が減少する。2000年代以降、新規のPKOはあまり行われておらず、縮小の一途を辿っている。

冷戦終結後に見られる新しい議論として、「非伝統的脅威」の存在がある。敵の喪失によるアイデンティティ・クライシスで作り出された「脅威」が「非伝統的脅威」とも言える。ソビエト連邦の崩壊により、ロシアとソ連の傘下にあった「東側諸国」が「敵」ではなくなった。ほぼ全てが「西側諸国」の友好国となったために、軍事力の価値が下がり、どこに向かって安全保障対策を行えば良いのか、方向性が失われたように思われる時期があったのである。そのため、新しい脅威を作り出し、新たな「敵」に向かうことでアイデンティティを保とうとした、とするのが社会構築主義の安全保障論への適用である。

非伝統的脅威は、従来は社会問題として捉えられてきた国際組織犯罪や環境変化などを「安全保障上の脅威」と認識するプロセス(securitization)や、その影響力を考察し、対策を検討する対象になるものである。最初に国際社会で認められた非伝統的脅威は麻薬密輸であり、その広範なネットワークや、動く金の大きさ、そして麻薬常用者の数と健康被害の度合い、社会への影響などが考慮されたように思える。その後、環境は人身売買といった事柄が安全保障状の脅威として論じられるようになっていった。

Securitizationと呼応して、desecuritization(安全保障上の脅威という格付けからの解除)も論じられるようになった。脅威というのは、永続的なものではなく、「変動するもの」と認識する動きが出てきたと言える。例えば、マリファナの合法化に関する議論はこの領域に入るものである。

ちなみに、安全保障をもっと身近に感じたいのであれば、軍民転用・軍事転用技術などに関する研究もある。軍民転用は、武器などのために開発された技術が民間に商品として出回るようになることであり、軍事転用は、日常使っているものが軍事用品として使われることをいう。軍民転用されているものは、GPSのようなコンピュータ関連の物から、トレンチコートのような衣類まで多様である。また、軍事転用の可能性から、ゲーム機プレイステーションの輸出が制限されていたことがある。お馴染みのゲーム機がシミュレーションだけでなく、リアルに使われる可能性というのは、なかなか感慨深いものがあるのではなかろうか。

2. 学習・研究の方法

安全保障に関する議論は、センシティブなものが多く、基本的に残虐で残酷つまり、非人道的である。さらに、関与するすべての者に「正義」があり、「正しい」。よって、善悪は立場によって異なる。

よって、戦争や紛争を議論する際には、感情的にならず、できるだけ客観的にデータを用いて論理的に話を運ぶ必要がある。そして、人が論じる以上、何らかのバイアスはかかるものであるため、無駄な軋轢を産まないよう他者の感情を考慮した言葉選びを行う必要がある。それと同時に、全く異なる立場からの意見も傾聴する、もしくは考慮する寛容性を持たねばならない。

どのように他者の意見を受け入れる器を形成していくのか。一つの方法は、理論的枠組みを使うことである。さまざまな国際関係理論は、物事をある一定の方向から論じることに特化した枠組みを提供している。理論に沿って議論を進めることで、自らの主張がどのような背景を持つものなのかを明示し、限られた範囲での論であることを周知する。これにより、別方面の議論に基づく批判をさけ、学術的立ち位置の確認を行うことで建設的な議論を進めることができる可能性が高まり、異なる視点からの主張もやや受け入れやすくなるであろう。

3. 参考文献

(1) 入門書

  • 今野茂充(2024)『国際安全保障:基本的な問いにどう答えるか』春風社
  • 草野大樹・小川裕子・藤田泰昌編(2023)『国際関係論入門』ミネルヴァ書房
  • 上野友也(2021)『傍聴する安全保障:冷戦終結後の国連安全保障理事会と人道的統治』明石書店
  • 宮岡勲(2020)『入門講義 安全保障論』慶應義塾大学出版会
  • 防衛大学校安全保障学研究会編(2018)『新訂第5版 安全保障学入門』亜紀書房
  • P・G ローレン他 木村修三他訳(2009)『軍事力と現代外交―現代における外交的課題 原初第4版』有斐閣
  • 赤根谷達雄・落合浩太朗編(2007)『増補改訂版 新しい安全保障論の視座』亜紀書房
  • 篠田英樹・上杉勇司編(2005)『紛争と人間の安全保障:新しい平和構築のアプローチを求めて』国際書院
  • 南山淳(2004)『国際安全保障の系譜学:現代国際関係理論と権力/知』国際書院
  • メアリー・カルドー 山本武彦・渡部正樹訳(2003)『新戦争論:グローバル時代の組織的暴力』岩波書店

(2) 発展的な資料

  • C. v. クラウゼヴィッツ 清水多吉訳(2001)『戦争論』中公文庫
  • H. モーゲンソー 原彬久監訳(2013)『国際政治:権力と平和』岩波書店
  • 南山淳・前田幸男編(2022)『批判的安全保障論:アプローチとイシューを理解する』法律文化社
  • 保城広至(2020)『国境を越える危機・外交と制度による対応 アジア太平洋と中東』東大社研
  • 末近浩太・遠藤貢編(2020)『紛争が変える国家』岩波書店
  • 足立健幾編著(2018)『セキュリティガヴァナンス論の脱西欧化と再構築』ミネルヴァ書房
  • 長崎暢子・清水耕介編著(2010)『紛争解決 暴力と非暴力』ミネルヴァ書房
  • 美根慶樹(2010)『国連と軍縮』国際書院
  • 若桑みどり(2005)『戦争とジェンダーー戦争を起こす男性同盟と平和を作るジェンダー理論』大月書店

(3) 学術ジャーナル

  • アジアの安全保障
執筆者:福海 さやか
執筆日:2024年11月