専門編

地域研究の学び方

1. 地域研究とは何か

表題を見てみよう。「地域研究の学び方」とある。普通ならば「地域の研究方法」あるいは「地域の学び方」としたほうがしっくりくる。「研究」を「学ぶ」というのはいかにもまわりくどい(英語で言えば、to study area studiesとなる)。しかし、単純に「地域」というものを学んだり研究したりすることと、「地域研究」を行うことのあいだには大きな違いがある。(エリア・スタディーズ、Area Studies)という学問(領域)が存在するからである。

「地域研究」とは何であろうか。その目的を一言で表すならば、「地域固有の論理を抽出する」ことであろう。ある特定の地域に特有の文化や社会、政治、経済の仕組み、人びとの生き方・考え方などを、できる限りありのままで把握し理解することを目指すのである。地域研究における「地域」とは、通常、東南アジア、東アジア、中東、ラテンアメリカ、アフリカなど、既存の国家がいくつか集まった分のサイズであり、これらはそれぞれの地域で見いだされた何らかの共通性を根拠に分けられることが多い。

この地域研究は、第二次世界大戦中から戦後にかけて誕生した新しい学問である。なぜこのような学問が生まれたのだろうか。文化、社会、政治、経済、思想など世界の事象を解き明かす学問はすでに存在していたではないか…例えば、社会学、政治学、経済学、哲学などなど…。しかし、地域研究は従来の学問が抱えていた、次の2つの問題を乗り越えるべく誕生したのである。

第1の問題は、従来の学問が近代西洋という特殊な歴史的・地域的環境において発展してきたことである。したがって、これらは西洋を研究するときには力を発揮するが、地球上のすべての地域を理解するのには不十分なのである。そんなことは当たり前だ、地球上の森羅万象を理解する学問体系などあるわけない、と思うかもしれない。その通りである。しかし、地域研究がわざわざこの点を強調するのは、近代西洋起源の学問体系が知らず知らずのうちに普遍的なものとして捉えられるようになっていたからである。近代西洋の「ものさし」で他の地域を測ることは、近代西洋を基準に世界を判断してしまう危険性をはらむ。例えば、政治学の「民主化論」をサウジアラビアに当てはめても、「民主化していない(できていない)」という結論しか導き出せない。通常、社会科学では「~ではない」「~は存在しない」といった「不在」を論じることは行わないし、不毛である。そうではなく、重要なのは、西洋の「民主主義」や「民主制度」に代わる、サウジアラビア特有の「何か」を描き出し、それを的確に捉え、記述するための枠組み(道具)を創り上げていくことであろう。それが、結局のところは、社会科学の糧にもなる。

第2の問題は、従来の学問が、あらゆる現象を国民国家(領域主権国家)の存立論理と国境線に沿って研究してきたことである。文化、社会、政治、経済、思想などは、主に国単位で研究の対象とされてきた(こうした研究姿勢は「方法論的ナショナリズム」とも呼ばれる)。もちろん、国民国家も国境線も現実に存在する。しかし、文化、社会、政治、経済、思想などが国民国家の存立論理と国境線によって認識的・構造的に「囲い込む」ことができるだろうか。例えば、言語を数えるときの「~カ国語」という言い方があるが、それは「1つの国家に1つの言語」という前提にもとづいたものである。しかし、この図式は世界中どこでも成り立つわけではない。また、国民国家がなくなっても言語という文化は存続するはずである。そうだとすれば、言語を国民国家と対応させて研究することには、文化を理解する上で限界がある。さらには、国民としての意識が薄弱で、国家が「破綻」して統治機構が事実上存在しない場所での文化や社会、政治などをどうやって研究すればよいのかという疑問も出てくる。国民国家がなくなっても地域は存在し続けるし、そこで人は生き続けるはずである。

そこで地域研究は、国民国家を相対化するために「国民国家以上、地球未満」の単位である「地域」を設定し、研究対象とするのである。そのとき、国民国家は研究の前提ではなく、研究対象の一部となるのである。

このように、地域研究は、既存の学問体系の前提を根底から揺さぶり、地域の実態から新たなパラダイムを構築していくダイナミックでスリリングな学問であると言えよう。しかし、だからといって、必要以上に力み上がってはならない。「地域固有の方法」で「地域固有の論理」を抽出しただけでは、「この地域は××だ」「あの地域は○○だ」と述べるだけで終わってしまい、他の地域との対話の扉を閉ざしてしまうからである。比較の視点は大事である。そもそもAというものがその地域に固有かどうかは、他の地域との比較がなければわからない。西洋との比較でもよい。そして、比較するときは、固有性を浮き彫りにすると同時に、ぜひとも地域間の共通性を探ってみたい。すると、呼び方が違い、互いに相容れないように見えるものも、意外に同じ仕組みや同じ考え方にもとづいていることを発見するだろう。例えば、サウジアラビアのイスラーム的「シューラー制度」はアメリカの「民主制度」と違うけれども、根本的には似ているところもある。また、地域が分かれていても、実際には相互に影響しあい、浸透しあっていることもしばしばである。

2. 学習の方法

地域研究を学ぶ上で、次の3つの方法が不可欠です。

(1) 複数ディシプリンの勉強

地域研究は従来の学問、例えば社会学、政治学、経済学、哲学などを否定するものではありません。従来の学問が、地域の何を明らかにして、何を明らかにできていないのか見ていく必要があります。大変な作業ですが、隣接する複数のディシプリンを絶えず勉強していきます。

(2) 現地に行く(臨地研究・フィールドワーク)

地域の実態を知るには、言うまでもなくその地域へ足を運ぶことが効果的です。短い期間でも構いません。体験が大事です。

(3) 地域言語の勉強

地域固有の論理を抽出するには、その地域の言語ができなくてはなりません。翻訳を用いると第3の文化のフィルターがかかるからです。これまた大変な作業ですが、「地域の言語ができる」というのはネイティヴ級になることを意味しません。自分の知りたいことや研究課題にあわせて、必要な能力とレベルを判断すればよいでしょう。例えば、その地域の新聞が読みたければ文法と読解力、あるいはインタビュー調査がしたければコミュニケーション力が重要になるでしょう。

3. 入門資料

地域研究の方法全般を論じた本、すなわち、特定の地域の名前を冠しない地域研究の本は多くありません。それぞれの地域の研究に役立つ文献・資料については、「地域編」の各地域の文献・資料リストを参照してください。

  • アンダーソン、ベネディクト(加藤剛訳)『ヤシガラ椀の外へ』NTT出版、2009年。
  • 加藤普章(編)『新版 エリア・スタディ入門:地域研究の学び方』昭和堂、2000年。
  • 稲賀繁美(編)『異文化理解の倫理にむけて』名古屋大学出版会、2000年。
  • 立本成文『地域研究の問題と方法:社会文化生態力学の試み(増補改訂)』京都大学学術出版会、2001年。
  • 『地域研究』第12巻第2号(特集 地域研究方法論)、2012年。
執筆者:末近 浩太
執筆日(更新日):2020年12月24日