テクニック編

大学院進学のすすめ(日本の大学院の場合)

1. 大学院とは?

大学院とは、学部を卒業した人(すぐでもしばらくたっていても)が、より深く、よりじっくりと時間をかけて専門的な知識を学び、自らの研究テーマについて探究するための場所です。学部を卒業した人がはじめに進学するのが、博士前期課程(修士課程とも呼ばれる、基本的には2年間)で、博士前期過程を修了し修士号を取得してさらに研究を続けたい人が進学するのが博士後期課程(基本的には3年間)です。

2. どんな人が進学するのか?

今や、大学院への進学に興味を持つきっかけは一つではないでしょう。この文章を読んでいるあなたも、大学院で研究したいことがある、より専門的な知識を身につけたい、自分が目指す職業に就くために必要である、キャリア・アップしたい、自分磨きがしたいという理由だけでなく、就職活動がうまくいかなかった、本当は学部の時に留学したかったが色んな理由で難しかったので再挑戦したい、モラトリアムよ永遠なれ!など、さまざまなことがきっかけとなり「大学院 進学」という言葉をインターネットで検索したのではないでしょうか。覚悟を決めて進学する人、出来心で進学する人、大学院へ進学する理由は人それぞれです。

3. 大学院進学に向けての最初のステップは?

きっかけは何であれ大学院への進学を自分の将来の選択肢に入れると決めたなら、準備をしなければなりません。まず、博士前期課程で自分が2年間かけて研究したいことを決める必要があります。研究したいことがあるから進学を決めた人や、自分が目指す職業に就くために進学を決意した人であれば、この点はあまり難しくないかもしれません。しかしそれ以外の人にとっては、おそらく「大学院で自分は何を学び、何を研究したいのか」を決めることが、大学院進学に向けての第一歩であり、準備段階での最大の課題でしょう(ただし、憧れの大学院がある、指導を受けたい先生がいる、そこに進学したい!という人は、そこで研究できることを探して、自分の研究テ―マを決めるという方法もあります)。

研究テーマが決まれば、それを研究できる環境がある大学院や、その分野を専門としている先生がいる大学院を検索し、説明会に参加したり、指導を仰ぎたい先生とコンタクトをとったり、入試に関する情報を集めたりすることができます。大学院ごと、研究科ごとに、入試の内容も開催時期(秋のみ、春のみ、秋と春両方など)もさまざまです。タイミングによっては、お目当ての大学院の次年度入学の入試がすでに終わってしまっている場合もあります。早く研究テーマ決めることができれば、その分入試に向けた準備に時間を割くことができるでしょう。

4. 大学院での生活は?

無事に大学院に合格できたなら、いよいよ大学院生生活のスタートです。博士前期課程は、通常2年間で30単位(修士論文と口頭諮問と呼ばれる面接試験を含む)を取得すれば修了できます。4年間で124単位(卒業論文を含む)を取得しなければならない学部に比べて取得しなければならない単位数が少ないので、「なんだ、30単位でよいのか」と思った人もいるかもしれません。しかし、学部に比べほとんどの授業が少人数のいわゆる演習科目で、ただ聞いているだけの講義科目は多くありません。授業のために読む本や資料の量、レポートを書く回数、授業内でのプレゼンの回数、指導教授や他の大学院生と議論する機会も圧倒的に多くなります。

また、授業の準備の合間に自分の研究を進め、仲間と楽しい時間を過ごし、暮れゆく空を眺めながら思索にふけったり、場合によっては留学やインターンシップへ行ったり、ティーチング・アシスタント(TA)やリサーチ・アシスタント(RA)の仕事をしたり、修了後就職を希望する人なら4月に入学した場合、その年の末には就職活動がはじまりますので、思っている以上にあっという間の2年間になることでしょう。学部での学習でも言えることですが、大学院ではより学びや研究に対する主体性が求められ、あなた次第で学べること、体験できること、その結果身につけられることは大きく変わってきます。

5. 修了後は?

進学のきっかけは何であれ、必要単位を取得し、修士論文を書き終え、口頭諮問にも無事に合格したあなたは、修士号を手にします。修了後の進路としては、企業に就職する人、官公庁や地方自治体、JICA、国際交流基金などで働く人、博士後期課程に進学する人など、進学のきっかけと同じく、さまざまです。たった一つ共通していること、それは、あなたが、少なくともあなたの研究したテーマについての専門家(Master)になるということです。

6. 国際関係研究科に進学した私の場合

ちなみに、私の場合、大学院へ進学しようと思ったきっかけは、卒業論文のテーマに選んだエマニュエル・カントの『永遠平和のために(Zum Ewigen Frieden)』でした。カントが永遠平和のための確定条項としてあげた、「各国家における市民的体制は共和的でなければならない」(カント『永遠平和のために』宇都宮芳明訳、岩波書店、2021年、p.29)という一文の、「共和的」が何を意味するのかが気になって色々と自分で調べたところ、ますます謎が深まり、いよいよ面白くなってきたところで学部生活の終わりが見え、こんな楽しいことがあと2年も続けられるという大学院進学に興味を持ちました。

学際的なテーマを研究できる環境として選んだ立命館大学大学院国際関係研究科の入試をパスし、奨学金をもらえたおかげで、経済的にも何とか自分でやっていけるめどもたち、Dum fata sinunt disce laeti!(運命が許す限り楽しく学べ!)をモットーに進学を決めたのです。正直に言うと、その時点ではあまり自分の将来のキャリアと大学院進学は繋がっていませんでした。小さい頃から古今東西の古典を読むことが好きで、そんな自分の楽しみが「研究」と呼ばれるものであり、「研究者」という職業と結びつくことに気づいたのは、ずっと後のことです。

大学院での生活はとても刺激的で、学問は人を自由にするという言葉通りでした。留学生がマジョリティで、なかには母国で国家公務員や地方公務員をしている留学生もいて、実際にPKOに参加した経験がある外交官の留学生とPKOについて議論したこともありました。世界の著名な先生たちの講義を受ける機会もあり、毎日知的にワクワクしていたのを覚えています。そして何よりも、素朴な疑問に対する答えを探して書物を開くたびに、未知の世界への扉が開かれる喜びに魅了されました。知的探究に心奪われ奮闘を続けるなかで、時には知の深淵に立ち足がすくんだり、あらぬ方向に進んで抜け出せなくなったりすることもありましたが、幸い学問の世界の水先案内人となってくれる良き師や、一緒に切磋琢磨してくれる良き仲間に恵まれました。学問の楽しさや面白さを学んだ素敵な時間は、今も研究を続ける私の支えとなっています。

最後に、自分は思索が好きだけれど大学院に進学してやっていけるかどうか悩んでいる人がいるかもしれませんが、ἕν οἶδα ὅτι οὐδὲν οἶδα(私は知らないと言うことを知っている)ならば、大学院進学を目指す資格は十分であると言えるでしょう。

執筆者:川村 仁子
執筆日:2023年12月1日