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ゲスト講義実施報告:在日ビルマ(ミャンマー)難民 / 岐阜女子大学南アジア研究センター(CSAS)客員研究員 ティン・ウィン・アクバル氏
2026年6月26日、Professional Workshop(担当教員:金児真依)の授業にて、在日ビルマ(ミャンマー)難民で、岐阜女子大学南アジア研究センター(CSAS)客員研究員でもいらっしゃるティン・ウィン・アクバル様にお話し頂きました。
9か国から集まった受講生たちは、「Boxes, Biases, and Beyond: A Life across Cultures, Refugee-hood and Human Dignity」と題するご講義のあと、グループでのエクササイズにとりくみました。
ティンウィンさんは、ビルマ/ミャンマーでの民主化運動に参加し政治的弾圧を受け、日本で難民として認定され生活を再建後、2016年の民主化でミャンマーへ戻ったところ、2021年にクーデターが起こり再び日本へ逃れた過酷な経緯について、臨場感とともに力強く語られました。また、生涯を通じて情熱を注いでこられた民主主義と平和に関する研究とアドボカシーの軌跡も共有くださいました。
講義の冒頭では、可視光線のスペクトルと人間の可聴域を例に挙げ、人間が現実のごく一部しか知覚できないことを示しました。そして、他者についての私たちの理解も同じように限られているのではないかと問いかけました。「難民」「ムスリム」「ビルマ人」「移民労働者」「活動家」「ジャーナリスト」といったラベルを振り返り、人を一つの「箱」や属性に還元することの危険性を考えるよう学生たちに促しました。さらに、認知バイアス、誤情報、偽情報、ヘイトスピーチに向き合うには、好奇心、謙虚さ、対話が必要であると強調しました。
続いて、ティンウィンさんは自らの人生を語りました。裕福な家庭に生まれ、ラングーン経済大学で学んだティンウィンさんは、1974年の元国連事務総長ウ・タント葬儀弾圧事件を契機に、人間の尊厳、権力、正義、責任について問い始めました。その後1988年の民主化運動に参加するなかで、過酷な弾圧に直面された経験を語って下さいました。この経験を通して、自由を制限されても人間の尊厳は失われないこと、民主主義に必要なのは「敵」ではなく、「意見を異にする相手」であること、そして「柔軟であることは弱さではない」と実感したことを伝えました。
1996年に日本へ逃れ、日本政府に1951年の「難民の地位に関する条約」に基づいて難民と認定された後、ティンウィンさんは、当初はパチンコ店の清掃の仕事に就き、家族との再会や子どもたちの教育を含め、日本での生活を一から築き直しました。その後、UNHCRやパートナー団体等の活動に貢献をしつつ、在日ミャンマー人労働組合連合会(FWUBC)を設立しました。また、日本の難民保護制度のさらなる改善を求めて活動し、政府、市民社会、国際機関の間の橋渡し役を果たしました。2016年にはミャンマーへ戻り、宗教間対話や市民社会の活動を支援しましたが、2021年の軍事クーデターにより、再び国外での生活を余儀なくされました。授業の後半では、学生たちはグループに分かれ、難民認定手続、日本における受入れ・社会統合支援、誤情報、ヘイトスピーチに関する課題を検討し、その解決に向けた提案を行いました。
ワークショップ後、学生たちは、難民を単に「逃れることを余儀なくされた人々」としてではなく、「強い信念、勇気、そして責任感を持つ人々」として捉えるようになったこと、また「私たちは一つのアイデンティティ縛り・縛られてはならない」と感じたことを共有しました。別の学生は、ティンウィンさんを「聴衆に合わせて難しい概念をかみ砕いて伝えることのできる、素晴らしい研究者」と表現し、歴史、心理学、社会学についての知識と、学生たちにものの見方を変えるよう促す力を高く評価しました。さらに別の学生は、現在世界各地で、国家主権が(庇護を求める人々を支援するという)人道的価値を損なうことがあるのはなぜか、という問いが心に生じたと述べ、「私たちの違い(例えば、どの国に生まれたかなど)は、どのようにして、私たちを結びつけるものではなく、隔てるものになってしまったのでしょうか」と問いかけました。
このワークショップは、ティンウィンさんの言葉を借りれば、「難民は負担ではなく、社会の資産として捉えられるべきである」ということを直接学ぶとともに、一人の人生の歩みを、難民保護、民主主義、人間の尊厳、そして受入れ社会の責任と結びつけて考える、貴重な機会となりました。
プロフィール
ゲスト講師:在日ビルマ(ミャンマー)難民 / 岐阜女子大学南アジア研究センター(CSAS)客員研究員 ティン・ウィン・アクバル氏ミャンマー生まれ、日本在住、講演者・研究者として活躍。2023年から2024年の2学期間、法政大学法学部国際政治学科で ジャーナリズム関連授業の非常勤講師を務めた。ラングーン大学経済学部を卒業後、ジャーナリストとして活動した。日本では、在日ミャンマー人労働組合連合会(FWUBC)を設立し、初代会長を務めた。過去に国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)駐日事務所およびパートナー団体と協力、多言語支援を通じた難民申請者のコミュニケーション支援や接受支援などを行ってきた。現在は、認知バイアス、批判的思考、メディア・AIリテラシー、政治予測を専門とし、特にミャンマーとその周辺地域に焦点を当てた研究を行う。