アジア・マップ Vol.01 | ヨルダン

《エッセイ》ヨルダンと私
路線バスの車窓から

渡邊 駿(日本エネルギー経済研究所・主任研究員)

「ラガダーン、ラガダーン、ラガダーン!」 アンマンのあるバスターミナルにて、男性の声が響き渡る。行き先を連呼し、乗客を集めているのだ。(大抵はトヨタ製の)白いマイクロバスに人々が次々に乗り込んでいく。満席になり次第、バスは出発する。行き先を叫んでいた男性もバスに乗り込み、乗客から運賃を集める。男女が隣り合わないよう、乗客に指示して席を入れ替える。路線バスでお馴染みの光景である。

写真1

写真1 バスターミナル
バスターミナルには出発待ちの路線バスが並んでいる。ラッシュ時間には車掌も運転手も慌ただしく準備をしているが、閑散時間帯には、のんびりコーヒーを飲んで談笑していたり、バス内でスマートフォンを眺めてぼーっとしていたり、といった光景も見られる。ちなみに、バス横の黄色のペイント部分に運行区間が記載されている。
(アンマン市にて、筆者撮影)

私がヨルダンを初めて訪問したのは2013年7月、修士1回生の頃であった。アラブ圏に行くのは初めてで、現地でアラビア語を使うのも初めて。バスを乗るにも、日本語で行き先が書いてあり、運賃表が整備され、運賃箱があるという世界しか知らなかった私は、ヨルダンのバスに初めて乗った時には大パニックだった。冒頭の「ラガダーン」という語も、当初は何を意味するのか全く分からず、アンマン市内のラガダーン宮殿に近いバスターミナルを意味するのだと知るまでかなりの時間を要したのが、懐かしく思い出される。

アラビア語に慣れ、ヨルダンの知識が増え、路線バスも乗りこなせるようになってくると、首都を出て国内の様々な地域に足を運ぶ機会が増えた。バスを使って遠くまで行くことができるというのも楽しみではあるが、その途上、バスに乗っている時間も楽しく、学びの多いものだと感じている。起伏に富み、緑が散見される地域から、一面に沙漠が広がる地域まで、様々な景色が流れる車窓は格別であるし、乗客とのおしゃべりの機会ともなる。実のところ、バスの中でおしゃべりをする機会というのは結構多い。今時なのでスマホを眺めている人は多いとはいえ、基本的にバス内ではやることがないため、物珍しい東アジア人に喋りかけてみるか、という気になってもらえるのかもしれない。

写真2

写真2 車窓の風景
南部に向かうバスの車窓から。市街地とは全く異なる風景が広がっている。
(カラク県〜マアーン県近辺にて、筆者撮影)

これまでにバスの中では様々な出会いがあり、様々な話をした。目下の厳しい経済状況や就労環境に関する議論、近隣諸国や欧米諸国との国際関係に関する議論を交わすこともあれば、地域にまつわる昔話を耳にすることもあった。南部の保守的な地域に向かうバスでは若者から信仰に関する思いを熱く語られたり、中部ながらも部族コミュニティの強い地域に向かうバスでは部族の文化や部族コミュニティの紐帯の素晴らしさについて説かれたりしたことも記憶に残っている。さらには、身の上話から発展して、翌日に行われる親族の結婚パーティーに誘われることもあったほか、話が盛り上がりすぎて、私が降りる停留所を逃してしまったら、お宅に招いてお茶をご馳走になり、本来の目的地まで車で送っていただく、ということまであった。

このように、路線バスでの旅にはいろいろな思い出が詰まっている。出会いの宝庫であり、学びの宝庫である。マクロな統計資料や報道の中には十分に見えてこなかったり、実感を得られなかったりするような情報を直接学んだり、耳にしたり、肌で感じることのできる機会となる。現地調査の価値を最も強く感じられる瞬間の一つであると言えるかもしれない。今後も継続的に現地調査に赴き、路線バスを使ってヨルダン国内各地に足を運び続けられたらと思っている。

ちなみに、アンマン市内には運賃箱を有し、車掌のいないバスも走っている。これまで論じてきた白いマイクロバスは個人所有のバスなのだが、こちらのバスはアンマン市(Greater Amman Municipality)運営のバスである。白いマイクロバスと比べると、車両が新しく、運転も丁寧で、運賃箱にお金を入れるだけで済むから気楽と言えるかもしれない。しかし、白いマイクロバスに慣れてしまった私には、なんだか無味乾燥に感じられてしまって、アンマン市バスにはいまいち足が向かない。次の渡航ではバスでどこに行ってみようか、そう想像を巡らせるときの私の頭の中にはいつも、白いマイクロバスが疾走している。

写真3

写真3 アンマン市BRT(Bus Rapid Transit)
2021年に完成、運用開始された、アンマン市のバス高速輸送システム。最後に取り上げた、アンマン市運営のバスの一種である。バスの専用レーンが設けられ、交通渋滞の深刻なアンマン市中心部をスムーズに移動することができる。さらに、支払いは専用のプリペイドカードかスマートフォンアプリで行うという、とてもスマートなシステムでとなっている。私が最初にヨルダンを訪れた2013年時点でバス専用レーンの工事は始まっていたものの、遅々として進まずにいたため、専用レーンが完成してバスが走っている姿を見る時が来るなど、当時は想像もしていなかった。
(アンマン市にて、筆者撮影)

書誌情報
渡邊駿「《エッセイ》ヨルダンと私 路線バスの車窓から」『《アジア・日本研究 Webマガジン》アジア・マップ』1, JO.2.03(2023年1月10日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol01/jordan/essay01/