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  • ISSUE 19:
  • 地域/Regional

全ての人の『物語』を求めてひとりひとりの歴史を紐解く地域研究

西洋中心史観を越えて、包括的な視点を探る

小林 ハッサル 柔子グローバル教養学部 准教授

    sdgs17|

国や地域を学ぶと聞いて、どんなイメージを抱くだろうか。その国の言葉を覚え、歴史や文化を学び、日本と比較する――間違いではないが、それだけでもない。グローバル教養学部(GLA)の准教授で、オーストラリア国立大学(ANU)にて現地調査を行っている小林ハッサル柔子によれば、地域研究の最大の特徴は学際的であることだという。「政治でも歴史でも、何を中心に学んでもいいし、方法論も自分で決められる。クリエイティヴな学問です」自身は歴史学出身で、人々の移動・移民に着目して、オーストラリアに残る英語の文献記録などから第二次世界大戦期の日本人の捕虜兵士の歴史を探っている。

小林は学生時代、日本とアジア諸国の間に存在するコロニアル(植民地主義)な関係に目を向けず、アジアを好きになってアジアを研究する、という善意からきたものではあっても批判的視点を欠いた前提に違和感を感じていたという。「東京大学大学院で地域研究を学びましたが、当時の考え方には馴染めませんでした」悩んだ末に退学も考えたが、学生のうちに遊びに行こうと訪れたロンドンで、小林は日本と全く違う地域研究に出逢い魅せられることになる。「こんなに面白い研究があるのかと驚いて、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)の修士課程へ留学を決めました」。ロンドンで院生生活を送るうち、興味を覚えた本の多くがオーストラリアの同じ大学から出版されていると気がつく。それがANUだった。

SOASの修士課程の修了後、小林はANUの博士課程へ進学した。「南半球にアジア研究のメッカがあるとはそれまで知りませんでした。北半球ばかり見ていて、南半球に目を向けていなかったのは自分も同じだったのです」。ANUでは博士課程の学生も研究コミュニティの一員として迎えられ、対等な議論や厳しい指摘も含めた双方向的な指導が行われた。世界の著名なアジア研究者が揃い、彼らを慕って優秀な学生も多く集まっていた。「その環境の一部になれたことは幸せで、夢のような時間でした」

だが、その後の研究人生は順風満帆ではなかったという。「燃え尽きたとでもいうのか、本を開くのも億劫なほど研究から心が離れてしまったんです」。そんな小林が選んだのは、研究の経験を活かした研究支援の仕事だった。ANUでリサーチマネジメントの研修を受け、連邦政府からスカウトされて、支援の法的な裏付けとなるルールの策定などに関わった。他の大学でもマネジャーとして働き、グラント獲得に貢献した。マネジャーとして成果を得られたことで、消えかけていた研究への思いも蘇ったのだった。

小林は現在オーストラリアで文献調査や聞き取り調査を進めている。オーストラリアの図書館は、イギリスからの移民の子孫としての自分のルーツや、英連邦の一員として参戦した第一次大戦時代の先祖の戦争体験を調べる人を支援しており、彼らのアーカイブは小林自身の調査研究にも有用だ。だが個人所有のものなど図書館が把握できていない資料も多く、資料の在り処を訪ね歩くことも少なくないという。

「この秋には、立命館慶祥高等学校(北海道)と連携して、オーストラリアの歴史を先住民アボリジニの視点からみる授業を行う予定です。アイヌのコミュニティと暮らす北海道の高校生にアイヌとアボリジニを比較する視点を持ってもらいながら、日本に未だ伝わっていないグローバルな先住民研究の最先端にも触れてもらえる内容を考えています」。オーストラリアは移民が建てた国だが、先住のアボリジニから土地を収奪して成立した国でもある。過去の反省は国全体で共有され、学校教育などでも取り上げられている。一方日本では、アイヌへの差別の歴史に目が向けられることは少ない。両国の先住民に対する態度は何故これほど違うのだろうかと小林は問い掛けている。

アジアを理解するためには、ヨーロッパで確立された研究理論に則った分析だけでは不十分だと小林は強調する。民主主義の達成度を数値化する場合、アメリカの尺度で考えればアメリカが5点、日本は3点、北朝鮮は0点となるのだろうが、アメリカの基準に合わないから理解できない、付き合えないと切り捨ててよいのだろうか。「たとえ尺度が違っても、対話し共存していくことが重要です」。だが小林は西欧中心的な旧来の地域研究を完全に否定したいわけでもないという。「その視点だけでは不十分だと言いたいのです。事例や視点が増えることで、より豊かで包括的な研究が可能になると思います」

小林にとって地域研究とは、普通の人の歴史を知ることだという。戦争を生き延びてどう暮らそうと考えたかというような、個人的で、だがその人の人生と不可分な物語がある。「国家・国民の大きな繋がりの歴史も重要ですが、個人の歴史を大切に描きたいと考えています。西洋だから、アジアだからというのではなく、人としてどう在るべきかを考えるための視点をつくる研究に全力を注ぎたいですね」

小林 ハッサル 柔子KOBAYASHI Hassall Yasuko

グローバル教養学部 准教授
研究テーマ

移動グローバル社会史 (危機における移動の学際的研究)、兵士という移動の歴史:パプアニューギニアで連合軍捕虜となった日本人兵の事例から

専門分野

地域研究、トランスナショナルな社会史、アジア史・アフリカ史、国際移動、移民史