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  • ISSUE 21:
  • 脱炭素

保険業界から見るESG投資の今とこれから

脱炭素の取り組みにインパクトを与えるESG投資

秋葉 武産業社会学部 教授

「2050ネットゼロ」を目標に掲げ、多くの国が脱炭素への取り組みを加速させる中で、世界的にESG投資が拡大している。秋葉武は、保険会社・共済団体の視点からESG投資について整理・考察。適正なESG投資への道標を示している。

世界的な脱炭素への動きと共に拡大するESG投資

2020年にパリ協定の本格運用が始まって以降、日本を含めた多くの国々が「2050年ネットゼロ」を目標に掲げ、温室効果ガス(GHG)排出削減の取り組みを推進している。「こうした各国の気候変動対策が起爆剤となって、世界的にESG投資の普及が大きく進みつつあります」と秋葉武は解説する。

ESG投資とは、財務情報だけでなく「Environment(環境)」や「Social(社会)」「Governance(ガバナンス)」といった非財務の要素を考慮に入れた投資を意味する。秋葉によると、2006年、投資の意思決定プロセスや株主行動にESGを考慮することを求めた「責任投資原則(PRI:Principles for Responsible Investment)」が策定されたことを契機としてESG投資が広がってきた。「2025年には世界の運用資産の3分の1がESG投資資産になるとの予測もあるほど拡大しています。欧州が先行してきましたが、日本でも2020年度の全投資資産の実に24.3%をESG投資が占めています」と言う。

秋葉は最近の研究で、日本の保険会社・共済団体に焦点を当ててESG投資について考察を行っている。「民間生命保険・損害保険会社や共済団体は、保険引受業務と資産運用の二つの事業で成り立っています。近年この業界でも資産運用においてESG投資が重要なテーマになっていますが、一方で誤った情報がまかり通っていることも少なくありません。今後ESG投資の拡大が見込まれる中で、正確な情報を関係者に還元することも必要だと考えていました」と研究の狙いを語る。

先に述べたように民間生損保や共済団体は、保険事業者であると同時に機関投資家という側面も持っている。「生命保険会社の総資産は412兆4,465億円(2020年度)。それだけ機関投資家として金融市場に大きな影響力を持っているといえます」

最近重視されているESGのテーマを見ると、「環境」では気候変動/GHG排出、再生可能エネルギー、自然災害、生物多様性、「社会」では人権やダイバーシティ、動物愛護、「ガバナンス」では社外取締役の活用や持続可能な事業計画、法令順守、説明責任・透明性などが挙げられている。中でも最も重要なテーマとなっているのが、GHG排出削減をはじめとした気候変動対策への投融資だという。

「日本の大手生損保会社も近年、外部環境に対応して運用ポートフォリオを見直し、ESG投資を重視するようになっています」と秋葉。例に挙げたのが、第一生命株式会社だ。同社はPRIに署名し、GHG排出量削減目標を掲げて脱炭素に本格的に取り組んでいる。「同社が保有する上場株式・社債・不動産のポートフォリオにおけるGHG排出量は、2020年の約602万トンから1年間で約493万トンと18%も減少しました」

環境NGOの株主提案が大企業を動かした

「ESG投資のアプローチ法は一般に大きく七つに整理されます」と秋葉は言う。一つがESGインテグレーションで、投資プロセスに非財務のESG要素を組み入れることを指す。

二つ目がエンゲージメント、すなわち議決権行使・株主提案などを通じて投融資先企業に働きかける方法だ。秋葉によると、エンゲージメントの影響力を社会が知るきっかけになった事例があるという。

2020年6月、認定NPO法人気候ネットワークが、みずほフィナンシャル・グループ(みずほFG)に対し、パリ協定の目標に沿った投融資を行うための経営戦略を開示するよう求める株主提案を行った。具体的には石炭火力発電に巨額の融資を行っていたみずほFGに、その撤退を迫ったのだ。「提案自体は否決されたものの、35%もの株主が支持を表明しました。このインパクトは大きく、他の金融機関や資源開発会社の脱石炭への動きを促すことにつながりました」

その他、国連機関やOECD(経済協力開発機構)、人権NGOなどが策定する国際規範に沿ってスクリーニングを行う方法や、ESGテーマに基づいて投資対象としてふさわしくない企業から投資を撤退するネガティブ・スクリーニング、逆にESGパフォーマンスの高い企業に優先的に投資するポジティブ・スクリーニングもある。さらに六つ目として、再生可能エネルギー事業のようなESGに強く貢献するテーマに投資するテーマ型投資、そして最後に社会的・環境的な影響力を直接生み出そうとするインパクト投資が挙げられた。

厳格化する評価基準
ESG投資に求められるもの

「ESG投資を行うと収益に響くのではないかという懸念から、日本は長くESG投資に消極的だといわれてきました。しかしESG投資の収益性の高さは、多くの研究で報告されています」と秋葉。それを裏付けるように、PRIは発足以来署名を増やし、2022年10月時点で5,220機関が署名するまでに拡大している。

民間生損保や共済団体が今後さらにESG投資を拡大していくことを見据え、秋葉はこう助言する。「PRIに署名した機関投資家は、PRIが定める6原則に基づいてESG投資を行うことが求められますが、その評価基準は年を追うごとに厳格化しています。そうした潮流に機敏に対応していくことが求められます」

気候変動対策には莫大な資金が必要とされる。保険業界のESG投資も、脱炭素社会の実現に向け大きなインパクトになり得る。適正なESG投資への道標を示すことで、秋葉はそれを後押ししようとしている。

秋葉 武AKIBA Takeshi

産業社会学部 教授
研究テーマ

NPO・NGOのマネジメント、NPO・NGOの組織診断によるコンサルティング

専門分野

経営学(経営組織 経営管理)、 社会学(社会問題・社会運動)、 社会福祉学(ボランティア・福祉NPO 国際福祉・福祉NGO)