北海道日本ハムファイターズは、地域に根差した「道民球団」の地位を得るだけでなく、日本のスポーツビジネスとしては例を見ない成功を遂げている。種子田穣はドラッカーのマネジメント論と照らし合わせ、同球団のビジネスの秘訣に迫っている。
インタビューで明らかにするファイターズの理念経営
2004年、日本のプロ野球史上初めて北海道を本拠地とする球団として、北海道日本ハムファイターズ(以下、ファイターズ)が誕生した。以来20年間で地域に根付き、広く道民に愛される「道民球団」になった。
特筆すべきは、同球団が日本のスポーツビジネスとしては例を見ない球団経営で成功を遂げた点である。種子田穣は、早くから同球団の先進性に注目してきた。ケーススタディに重点を置き、丹念なヒアリングに基づく質的研究で、インパクトのある成果を挙げている。その一つに、ファイターズが実践する理念経営に着目した研究がある。
種子田によると、前身の日本ハムファイターズは、そのフランチャイズを東京から北海道に移転し、2003年8月に株式会社北海道日本ハムファイターズを設立。同時に企業理念「Sports Community」、経営理念「Challenge with Dream」、行動指針「Fan Service 1st」を策定し、これらに基づいてマネジメント改革に着手した。「球団は、試合の開催に留まらず、全道を活性化する取り組みを実施することで、知名度と球団に対するシンパシーの向上を実現しました。フランチャイズに根差した活動を展開することで主事業を成功させるというビジネスモデルを提示した。その点で、日本プロ野球界にイノベーションを起こしたといえます」と種子田。それを導いたのが、「理念に基づく経営」だという。
それを明らかにするために、種子田は同球団の事業統括本部と球団関係者への半構造化インタビューを実施。球団の理念と指針がつくられた経緯を詳らかにした。その中で理念と指針の制定当時の社長、大社啓二の下で理念・指針づくりを進めた染谷栄一の言葉をこう表している。「…企業の存在意義はどこにあるべきなのか、言ってみれば、一プロ野球球団のポジショニングをどう創るかというよりも、社会の中でどういう役割を日本のプロスポーツで最も影響力のあるプロ野球が担うのか、みたいなことをずっと考えておりまして。…そう考えたときに、野球の運営にしても、…ファンの存在とか地域とのステークホルダーとしてのエンゲージメントのあり方とか、そのあたりをきちんと整備していった方がいいなと」「スポーツがあることで社会課題にきちんと向き合えるような組織体になっていかなくちゃいけない。…地域をどう変え、どういう貢献ができるか、みたいなところまで整備をしていった」
「これらの言葉は、ドラッカーの理論の本質を生き生きと描き出しています」と種子田は言う。ドラッカーは「企業の目的の定義は一つしかない。それは顧客の創造である」とし、「『われわれの顧客は誰か。どこにいるか。彼らにとっての価値は何か』を考えなければならない。事業を決めるものは世の中への貢献である」と述べている。「ドラッカーによれば、事業を行うあらゆる組織は、社会を知り、人々のニーズを把握し、それに応えるものやサービスを商品として提供することで顧客を得ることができます。社会の問題を解決するために企業は何をすべきか。すなわち『われわれの事業は何か』を明示するのが、企業の理念だといえます」と種子田。ファイターズは、再出発にあたってこの理念を整備し、それに基づく経営を実践したことでビジネスを成功させたというわけだ。
「顧客創造」の取り組み
試合中継映像を分析
また種子田は、ファイターズの顧客創造の取り組みの一つとして、試合中継映像に着目した研究を行っている。
「プロスポーツビジネスは、観客が試合を観ることで対価を受け取る『時間消費型ビジネス』であり、そのコア商品は、『試合』です。その商品価値を高める上では、試合中継映像の魅力が極めて重要になります」。ファイターズは、ファン開拓を目的に2016年、高度な中継車を購入。試合中継時のカメラの台数も倍増した上で、自ら映像制作を担い、中継映像の質の向上にも取り組んだ。
種子田は、ファイターズの2016年シーズンの試合中継映像と、同シーズンのメジャーリーグベースボール、韓国プロ野球リーグ、さらに高校野球「全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)」の映像を緻密に比較分析。それぞれの特徴を明らかにした上で、魅力ある野球中継映像制作に重要な点として「カット数の多さ」「プレイ以外の映像」「アップで撮られた映像」の三つを導き出した。「ファイターズは、これらを踏まえることで、コアファン以外に強く訴え、新たな『顧客の創造』を可能にしました」
ボールパークの創造に見るファイターズのイノベーション
北海道日本ハムファイターズは、2023年、日本プロ野球初の民設民営スタジアム「ES CON FIELD HOKKAIDO」を建設。さらにはその球場を核にしたボールパーク「HOKKAIDO BALLPARK F VILLAGE」の建設を進めている。そこにはショップだけでなくフィールドアスレチック、グランピング施設、農業学習施設、分譲マンションも造られる。事業ドメインをさらに拡大し、「街づくり」にまで広げていこうとしているのだ。種子田は今、「共同創造空間」の創造という同社のビジネス方式に関心を寄せている。さまざまな関係者にインタビューを行い、その意義を明らかにしようとしている。
「プロ野球は、日本の国民的スポーツとして大きな存在感を持っており、その変化はあらゆるプロスポーツに波及していきます。それを研究することによってスポーツビジネスの発展、ひいては豊かな社会の実現に貢献したい」と種子田。強い使命感を持って研究を進めている。
