アジア・マップ Vol.01 | ジョージア
ジョージア21世紀年表 1999~2021年
前田 弘毅(東京都立大学人文社会学部・教授)
1999年 | |
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3月 | エドゥアルド・シェヴァルドナゼ(シェワルナゼ)大統領が日本を公式実務訪問。 |
11月 | 欧州安全保障協力機構(OSCE)イスタンブル・サミットでロシア軍基地のジョージアからの撤退が決定。 アゼルバイジャンからジョージアを通り、トルコ・ジェイハンに抜けるバクー・トビリシ・ジェイハン・パイプライン(BTCパイプライン)のルートについて3国政府間で合意。 |
2000年 | |
5月 | ヴァジャ・ロルトキパニゼ国務大臣(首相格)辞任、後任はギオルギ(ギア)・アルセニシュヴィリ。 |
10月 | 若手改革派のホープであったミヘイル・サアカシュヴィリが司法大臣に就任。 |
2001年 | |
7月 | 著名な若手ジャーナリスト、ギオルギ・サナイア暗殺。 |
9月 | サアカシュヴィリ司法大臣の辞任。与党市民連合の主導権争い激化。 |
10月 | アブハジア情勢緊迫。チェチェン問題との関連も。民間テレビ局ルスタヴィ2への査察を巡り抗議デモが発生。 |
11月 | ズラブ・ジュヴァニア国会議長辞任、反対派へ。後任としてニノ・ブルジャナゼが就任。 |
12月 | アブタンディル・ジョルベナゼ保健大臣が国務大臣に就任、シェヴァルドナゼ体制下最後の国務大臣。 |
2002年 | |
1月 | チェチェン系住民の居住するパンキシ渓谷で緊張激化。同地への派兵等を巡り米露でも駆け引き。 |
6月 | 地方選挙で野党躍進。サアカシュヴィリはトビリシ市議会議長に就任。 |
2003年 | |
7月 | ベーカー元米国国務長官がトビリシ訪問。対立の激化していた与野党の調整を図る。 |
11月 | 議会選挙結果を不服とするサアカシュヴィリが西ジョージア・ズグディディからトビリシに向けて示威行進。大衆革命を呼びこむ。バラ革命。 |
2004年 | |
1月 | サアカシュヴィリが96パーセントを超える得票率で大統領選挙に圧勝。 |
2月 | 大統領権限を強める憲法改正。新設された首相にジュヴァニア元国会議長が就任。ニノ・ブルジャナゼ臨時大統領が国会議長に就任。 |
5月 | アチャラ(アジャリア)自治共和国の実権を長年握ってきたアスラン・アバシゼが辞任し、ロシアに亡命、中央政府の統治が回復。 |
8月 | 南オセチアでジョージア軍と分離派が激しい銃撃戦。 |
2005年 | |
2月 | ジュヴァニア首相がガス中毒で急死。後任はズラブ・ノガイデリ財務大臣。サアカシュヴィリの独裁色強まる。 |
5月 | ブッシュ米大統領がジョージアを訪問。「色つき革命」を讃える。 |
2006年 | |
1月 | プーチン大統領がコソヴォ問題の引き合いにアブハジアと南オセチアに言及。 |
4月 | ロシアがジョージアのワインと天然水の輸入を禁止。出稼ぎ者の強制送還を行う。 |
7月 | アブハジア内コドリ渓谷にジョージア軍が進駐。「上アブハジア」と名付ける。 |
10月 | 地方選挙で与党が勝利。 |
2007年 | |
2月 | 在日ジョージア大使館開設。 |
3月 | サアカシュヴィリ大統領が実務訪問賓客として訪日。 |
11月 | 富豪バドゥリ・パタルカツィシュヴィリ(ロシアの富豪ベレゾフスキーの側近)を支持するデモ隊を警察が強制排除するトビリシ事件が発生。公式発表でも数百人が負傷。パタルカツィシュヴィリは翌2月にイギリスで急死。 |
2008年 | |
1月 | サアカシュヴィリ大統領再選。 |
2月 | コソヴォが独立宣言。 |
3月 | ロシアが1996年から続けてきたアブハジアへの経済制裁を解除。 |
4月 | NATOブカレストサミットでウクライナとジョージアの加盟問題が議題に、ただし合意できず。 |
5月 | 議会選挙で与党が圧勝。 |
7月 | ライス米国務長官がジョージアを訪問。 |
8月 | 南オセチアで大規模な武力衝突発生、ロシア軍による軍事介入(ジョージア・ロシア戦争/南オセチア戦争)、サルコジ仏大統領が調停、ロシアが南オセチアとアブハジアの独立を承認、軍の駐留も。 |
11月 | グリゴル・ムガロブリシュヴィリが首相に就任。 |
12月 | イラクリ・アラサニア国連大使が辞任。 |
2009年 | |
1月 | 在ジョージア日本大使館開設。 |
2月 | ニコロズ(ニカ)・ギラウリが首相に就任。 |
4月 | 大統領の辞任を求める大規模な抗議デモが数度にわたって発生。 |
6月 | メドヴェージェフロシア大統領が南オセチアを訪問。 |
7月 | バイデン米副大統領がジョージアとウクライナを訪問。 |
8月 | プーチン露首相がアブハジアを訪問。ジョージアはCISを最終的に脱退。 |
2010年 | |
5月 | 地方選挙が行われ、トビリシ市議会を含めて与党が勝利。 |
8月 | サアカシュヴィリ大統領が黒海岸の大規模なリゾート開発計画を発表。 |
10月 | 大統領の権限を弱めて首相権限を強化する憲法改正。2013年の新大統領から適用。 ロシア内北コーカサス諸共和国の住民を対象にしたビザ無し入国が始まる。 |
12月 | ロシアで財をなした大富豪のビジナ(ボリス)・イヴァニシュヴィリが「ジョージアの夢」党を結成、サアカシュヴィリ政権に挑戦。 |
2011年 | |
5月 | 議会が19世紀ロシア帝国によるチェルケス人虐殺と追放を「ジェノサイド」に認定。 政府に対する大規模な抗議デモが発生、警官隊による武力鎮圧で負傷者多数(5月26日)。 |
6月 | 議会をトビリシからクタイシの新議事堂に移転させる憲法修正案が国会を通過。 |
7月 | 宗教的少数派に関する法案が成立、ジョージア正教会信者による抗議活動が発生。 |
10月 | イヴァニシュヴィリジョージアの夢党首が政府や一般市民らに向けた公開質問状を公表。海外紙とのインタビューや野党政治家との会談など活動を活発化。 |
11月 | ロシアのWTO加盟に関してジョージアがロシアと最終合意。 |
12月 | サアカシュヴィリ大統領が黒海岸に新都市ラズィカ建設計画を発表。 |
2012年 | |
2月 | サアカシュヴィリ大統領がアフガニスタン駐留ジョージア軍を訪問。以降、同年12月末日、2013年5月にも。後任のマルグヴェラシュヴィリ大統領(2014年3月)・ズラビシュヴィリ大統領(2019年2月)も訪問。 |
4月 | アメリカの富豪ドナルド・トランプがバトゥミを訪問し、サアカシュヴィリ大統領と会談。 イヴァニシュヴィリが「ジョージアの夢・民主ジョージア」を設立。5月に大規模な野外集会を開催。以降、候補者選定を加速。 |
6月 | ヒラリー・クリントン米国務長官がジョージアを訪問。 |
7月 | イヴァネ(ヴァノ)・メラビシュヴィリ内務大臣が首相に就任。 |
10月 | 総選挙による政権交代。投票日直前に発覚した刑務所スキャンダルにより、与党国民運動が大敗、ジョージアの夢党が政権奪取。イヴァニシュヴィリが首相に就任。国会議長にはダヴィト・ウスパシュヴィリを選出。 |
11月 | 元駐露大使のズラブ・アバシゼを対露関係特別代表に任命。 前国防大臣ら前政権の幹部らが相次いで逮捕。 |
2013年 | |
5月 | メラビシュヴィリ前首相を逮捕。 |
6月 | ラスムセンNATO事務総長がジョージアを訪問。 |
10月 | 大統領選で与党ジョージアの夢党が推すギオルギ・マルグヴェラシュヴィリ元文部大臣が勝利。 |
11月 | イヴァニシュヴィリ首相が辞任し、腹心のイラクリ・ガリバシュヴィリ内務大臣が昇格。 |
2014年 | |
6月 | 地方選挙で与党が勝利。翌月の決選投票でトビリシ市長に与党候補のダヴィト・ナリマニアが当選。 |
7月 | サアカシュヴィリ前大統領を訴追、前大統領は出頭せずに亡命生活へ。サアカシュヴィリの腹心だった前トビリシ市長ギオルギ(ギギ)・ウグラヴァは空港で逮捕。 シェヴァルドナゼ元大統領が死去(86歳)。 かつて若手改革派の牙城であったテレビ局ルスタヴィ2の元オーナーで2008年の戦争時に駐モスクワジョージア大使を務めていたエロスィ・キツマリシュヴィリが自宅駐車場で死亡。 |
10月 | マルグヴェラシヴィリ大統領が実務訪問賓客として来日。 |
2015年 | |
2月 | サアカシュヴィリ前大統領がウクライナのオデッサ知事に就任。 ロシアがアブハジアの分離派政権と関係強化の協約を結ぶ。 |
4月 | 在外公館の名称等を変更する法改正がなされ、グルジアの呼称がジョージアに変更される。 ベラルーシ大統領ルカシェンコがジョージアを訪問。 |
5月 | 米英軍との合同軍事演習「高貴なるパートナー(Noble Partner)」がジョージアで開催。以降、順次拡大。第6回(2022年)には日本も参加。 |
6月 | トビリシで大規模な洪水が発生、試写が19名にものぼる。 |
8月 | ストルテンベルグNATO事務総長がジョージアを訪問。 |
9月 | ガリバシュヴィリ首相が中国を訪問し、世界経済フォーラムに参加。 |
12月 | ギオルギ・クヴィリカシュヴィリ首相就任。 |
2016年 | |
4月 | クヴィリカシュヴィリ首相が訪米、バイデン副大統領と会談。 |
7月 | ケリー米国務長官がジョージアを訪問。 |
9月 | ローマ教皇フランシスコがジョージアを訪問。1999年11月のヨハネ・パウロ二世以来。 ストルテンベルグNATO事務総長がジョージアを訪問。 ハンガリーの格安航空会社ウィズエアーがクタイシ空港を中心にヨーロッパ・ジョージア路線を4路線から11路線に拡大。 |
10月 | 与党議会選で圧勝、4分の3以上を占める。国会議長にイラクリ・コバヒゼを選出。 中国主導のシルクロード・フォーラムがトビリシで開催。 |
11月 | NATO・ジョージア軍合同演習がトビリシ近郊で行われる。 |
2017年 | |
1月 | ジョージア政府とガスプロムがアルメニアへのガス供給などを巡って新たな協定を結ぶ |
5月 | クヴィリカシュヴィリ首相が訪米、トランプ大統領らと会談。 中国政府と自由貿易協定で合意。 |
6月 | ペンス米副大統領がジョージア訪問。 |
9月 | 大統領直接選挙を廃止して議会が選出する憲法改正。2024年から移行予定。大統領が拒否権を発動するも議会が再度原案を採択。翌年3月に部分修正を加えて再度採択。 |
10月 | 地方選挙で与党が勝利。エネルギー大臣を務めていた与党候補でかつてACミランでプレーした名サッカー選手カハ・カラゼがトビリシ市長に就任。 |
11月 | シオ・ムジリ府主教が総主教不在時の代行に任命。 |
2018年 | |
1月 | 栃ノ心剛史(レヴァン・ゴルガゼ)が大相撲初場所で幕内優勝。 |
5月 | イヴァニシュヴィリ元首相が与党党首に再登板。 |
6月 | マムカ・バフタゼ財務大臣が首相に就任。 |
8月 | 有力銀行TBC銀行に対する査察が始まる。後に創設者のマムカ・ハザラゼが失脚。アナクリア港湾開発事業にも影響。 |
11月 | 大統領選決選投票で与党候補ズラビシュヴィリ候補が勝利。 |
2019年 | |
6月 | 反露暴動「ガブリーロフの夜」事件が発生。 |
7月 | 反政府的スタンスを取るテレビ局ルスタヴィ2でプーチン大統領を侮辱する発言が問題化。放送休止やオーナー交代を経て報道スタッフらが別のテレビ局を設立。 |
9月 | ギオルギ・ガハリア内務大臣が首相に就任。 |
10月 | ズラビシュヴィリ大統領が実務訪問賓客として訪日。 ラグビー・ワールドカップが日本で開催され、ジョージア代表団も参加。 |
2020年 | |
1月 | デグナン駐ジョージア米大使が着任。2018年3月にケリー前大使が離任して以来、不在だった。 黒海沿岸のアナクリア港湾開発について、コンソーシウムとの契約終了を政府が通達。 松屋フーズでジョージア料理のシュクメルリが全国販売。 |
2月 | ジョージアで初のコロナ陽性者 パシニャンアルメニア首相がジョージアを訪問。 |
3月 | ビューラーNATO軍司令官がジョージアを訪問。 米大使の仲介で新たな選挙法について与野党で合意 ブハジアの分離派政権「大統領」にアスラン・ブジャニアが就任。 |
5月 | サアカシュヴィリ元大統領がウクライナの国家改革会議議長に就任。 ズラブシュヴィリ大統領がウグラヴァ元トビリシ市長とオクルアシュヴィリ元国防相を赦免。 |
6月 | 最高裁長官にメラブ・トゥラヴァ就任。前任のザザ・タヴァゼ |
9月 | アブハジアと南オセチアでロシア軍主導の軍事演習「カフカース2020」開催。 |
10月 | 与党指導者のイヴァニシュヴィリが設立したクタイシ国際大学が開学。 議会選で「ジョージアの夢・民主ジョージア」が約6割の議席を獲得。ただし、限定的な勝利。 |
11月 | ポンペオ米国務長官がジョージア訪問。 |
12月 | グリゴル・ヴァシャゼ元外相が最大野党統一国民運動党党首を辞任。 |
2021年 | |
1月 | イヴァニシュヴィリが政界引退を表明。与党党首にはコバヒゼ国会議長が就任。 |
2月 | 統一国民運動党党首ニカ・メリア逮捕を巡って、ガハリア首相が辞任。防衛大臣を務めていたガリバシュヴィリが6年ぶりに首相職に再登板。ガハリアは反対派に回る。 |
4月 | アルメン・サルキシアンアルメニア大統領がジョージアを訪問。 EU調停の新たな選挙協約に与野党が合意。 タラクヴァゼ国会議長が辞任、後任はカハベル(カハ)・クチャヴァ。 |
5月 | 西ジョージアナマフヴァニ水力発電所建設を巡って抗議デモが発生。 |
7月 | ミシェルEU大統領、ゼレンスキーウクライナ大統領、サンドゥモルドヴァ大統領がジョージアを訪問し、ズラブシュヴィリ大統領らと会見。 |
8月 | ダヴィト建設王によるディドゥゴリの戦いの勝利千周年を祝う。 東京オリンピックでジョージア選手団は金2個、銀5個、銅1個のメダルを獲得。 |
9月 | 国家保安省から情報漏洩の疑い。 ガリバシュヴィリ首相が訪米、グテレス国連事務総長と会見。 |
10月 | サアカシュヴィリ元大統領が突然帰国し、収監。ハンガーストライキを行い、健康状態の悪化が懸念される。 地方選挙で与党が勝利。トビリシ市長にはカラゼが再選。 |
12月 | アブハジアで政治危機、電力問題も。 |
2022年 | |
3月 | ジョージア首相がEU加盟への申請書を提出 それぞれ分離派政権が支配する南オセチアがロシアへの編入を希望する一方で、アブハジアは独立維持の意向示す |
5月 | 南オセチアの分離派政権「大統領」にアラン・ガグロエフが就任。 |
6月 | 親EUの大規模な抗議デモがトビリシで開かれる。 |
7月 | トビリシでアゼルバイジャンとアルメニアの外務大臣が対談。 |
9月 | ルカシェンコベラルーシ大統領がアブハジアを訪問。 |
10月 | 与党議員が5名野党に移籍。与党は150議席中75議席に。 ジョージア内でトルコとアゼルバイジャン3国の合同軍事演習開催。 アリエフアゼルバイジャン大統領がジョージアを訪問。 |
11月 | トルコと中国を結ぶユーラシア大陸「中回廊」促進のためにカザフスタン・トルコ・アゼルバイジャンとジョージアが協力会議。ジョージア政府はカスピ海ガスパイプラインについても振興を期待。 |
12月 | ウクライナで5名のジョージア人義勇兵が戦死(12月3日)。1日の戦闘での死者としては最多。 EUが2億ユーロをジョージアの防衛力向上のために支援。 |
書誌情報
前田弘毅「ジョージア21世紀年表 1999〜2022年」『アジア・マップ:アジア・日本研究Webマガジン』Vol.1, GE.3.02(2023年1月10日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol01/georgia/timeline/