アジア・マップ Vol.02 | トルコ
《総説》トルコという国
トルコ語ということば
トルコ語とは今日のトルコ共和国で話されているイスタンブル方言に基づく言語である。トルコ統計局(https://www.tuik.gov.tr/Home/Index)による最新(2023年)のトルコの人口は85,372,377人を擁し、トルコ語を母語とする話者がほとんどを占める多民族国家であるが、共和国設立後間もない1935年の人口が16,157,450名であることからすると、100年弱の間で人口は約5倍になっている。トルコ共和国では51もの少数民族が居住しているといわれており(Andrews 1989)、その中で最大の少数民族がクルド族である。トルコ共和国周辺部では、言語の系統の異なるコーカサス系の言語やアラビア語も使用され、イスタンブルなどの大都市の少数民族の家庭ではギリシア語やアルメニア語が、ユダヤ人コミュニティではラディノ(スペイン語とヘブライ語の混成言語)なども家庭内では細々と使われるとされるがその数は極めて少ない。義務教育はトルコ語で実施されているので、ほとんどのトルコの若者はトルコ語を読み書きすることが出来る。しかし少数民族の高齢者の中にはトルコ語の読み書きが出来ない人もいる。
トルコ人のことを言語ではTürkと表記する。カタカナであえて表記して「テュルク、チュルク」とされることもある。日本語でよく使われている「トルコ」という表記は1911年に刊行された山田寅次郎著の見聞録『土耳古畫観』に「土耳古」として見られる。しかしトルコ語母語話者に「トルコ」と発音しても何を意味するのか理解してもらえない。その理由は原語とは大きく離れた発音であるからである。なぜ原語とかけ離れた発音になってしまったのかには理由がある。日本語の音節は開音節と呼ばれ、母音と子音のまとまりは原則として母音で終わらなければならないので、Türkを日本語の発音として取り入れた時にTo-ru-koというように全ての音節を母音終わりにして、もとからある日本語の音節構造に合わせてしまったのである。トルコ語ではTürkは母音を中心とした子音の組み合わせの単音節の語であり、一気に発音する。母音Vと子音Cの構造から見るとCVCCというように母音の後に二つの子音が連続する。このような子音の連続構造は日本語では見当たらない。したがってTürkの発音は日本語母語話者にとってはいささか難しい発音になる。Türkという語は現存する最古のトルコ語文献であるオルホン碑文に現れるので、トルコ人にとっては自分たちのルーツに関わるとても重要なことばなのである。
トルコを含めて近隣の歴史を知らない人にとってトルコの周辺は、イランやイラク、ブルガリアやギリシアなどの多くの国に囲まれているので、トルコ語はトルコという中東にある地域のトルコ語のみが使われる国の言語であるという理解をされる場合もあるだろう。しかし、中東にいきなりトルコという国が現れて、非連続的にいきなりトルコ語ということばが使用されている国が存在している訳ではない。例えばブルガリアやイランなど国は違っても、これらの国々の最大の少数民族はトルコ語の方言を話す人々なのである。
また、トルコ語が我々の母語である日本語と同じような語順を持ち、文を組み立てる形式は語と接辞を繋げる膠着的な構造であることを知ると驚かれるかもしれない。日本語の母語話者は初めて中学校で英語を学び始めるので、「外国語」とは日本語と異なる語順であるはずであると思い込んでいる人も少なくないようだ。しかし、日本の周辺には、朝鮮語やモンゴル語のように日本語と同じような語順で、同じような語や述語の構造を持つ言語は珍しくない。トルコ語もそのような日本語と類似した語順と語の構造を持つ言語の仲間である。
トルコ語はいきなり中東に出現した訳ではなく、中央アジアのモンゴル高原にトルコ系民族の最古の碑文(古代トルコ語)が発見されたことから、その故地は中央アジアにあったことがわかっている。そこからトルコ系民族は東に西にユーラシア大陸を移動していったのである。現在のトルコ共和国は小アジア(アナトリア)と呼ばれる部分とヨーロッパ大陸に一部の国土を持つ国であるが、元々の中央アジアから移動してきたトルコ系民族の一部はイスラム化し、その末裔はオスマン帝国と呼ばれるアジア、中東、ヨーロッパにまたがる大帝国となった。元々オスマン帝国の領土に居住していた宗教の異なる他の民族が独立していくことにより、オスマン帝国時代の国土は大幅に縮小されて現在の姿になった。このような歴史を踏まえると、現在のトルコだけでトルコ語が話されている訳ではなく、その方言や同じ系統とされるチュルク諸語はユーラシア大陸一帯に分布していることが理解できる。
トルコでは、もちろんトルコ語が主要な言語であるが、現在のトルコ共和国を含めて、これまでのトルコ系国家は多民族国家であることは忘れてはならない。トルコへ移住してきたチュルク系の少数民族である場合は、少数民族としての自己認識をずっと保持する人たちも少なくなく、独自のコミュニティを形成している。例えばコーカサス系のイスラム教徒のトルコ系民族の婚姻の相手は、自分たちと同じ少数民族の中から選ぶということもよくある。
さて、我が国ではトルコ語はなぜ非連続的に捉えられるイメージを持つようになったのだろうか?一つには、我が国とトルコは非常に遠く離れており、イメージしにくいところがあるのではないだろうか?またトルコ人と日本人の間には直接的な利害関係がないので、親日的な人々が多い国であるとも言える。2000年以降、トルコ語は中東地域で圧倒的な経済力と政治力を持った言語の地位を獲得した。今日では、中央アジアや北アフリカ、中東や東ヨーロッパの国々からも多くの留学生を受け入れて、経済や学術の中心地になっている。「ことば」は力であり、トルコ政府は大きな予算を付けて地域の共通語にすべくトルコ語の普及を後押しする。トルコ民族が多い各地にトルコ語教育のための機関を設置し、トルコ系資本の大学をトルコ系民族の多い国々を中心に進出させる。それと同時にトルコへの留学を後押しして、トルコ人ビジネスマンが各地で経済活動を行い、そこでもトルコ語がビジネスの共通語として使われるようになる。このようにしてトルコ語教育の質的レベルは向上し、各地のメディアには、トルコで製作された人気ドラマやポップスなどの音楽が流され、トルコ語が当たり前のように採用される。このような形で、トルコ語は中東から中央アジアにかけての地域の最も有力な言語の一つとして現在では位置付けられるようになった。
トルコ語はオスマン・トルコの時代はアラビア文字表記であったが、現代ではラテンアルファベットで表記される。区別される母音の数は、日本語よりも3つほど多いが、子音についてはr/lの区別があるものの、その他の多くの特徴は日本語にも見られるもので、言語の類型的には多数派であり、ごく一般的な特徴を持つ言語の一つであると言える。日本語母語話者にとっては、表記の側面からも音声や文法の構造の側面からも、学びやすい言語の一つである。次にトルコ語の具体例を見ていくことにしよう。
Beş yaşın-da okul-a yaz-dır-ıl-dı-m.
5 歳-で 学校-に 登録-させ-られ-た-私
トルコ語の一般的な語順は主語-副詞-目的語-述語の順で、述語では語幹の後にいろいろな接辞がつき、その後に時制と人称を示す語尾が続くので、語彙の意味は違うけれども語の組み立ては日本語とよく似ていることに気づく。このような言語の構造を膠着語(ニカワでくっつけるように語幹に接辞が付加される)と日本では伝統的に呼ばれてきた。近年ではこのようなタイプは、言語の類型に基づいてアルタイ型と呼ばれるようになった。ここでは言語学の立場から、従来の文法書ではあまり触れられていないトルコ語のいくつかの言語の特徴について紹介したい。
語順と言語の形態構造の類似性はことばの類型論的普遍性(ことばとしての一般的な特徴)に基づくものである。重要になるのは目的語(O)と動詞(V)の語順であり、言語の系統を問わずOV語順であるなら名詞修飾の語順は修飾語-被修飾語になることも知られている。また動詞終わりの語順では、その前に来る要素は比較的自由な語順を取ることができる。その理由は文中での主語や目的語などの語の働き(文法関係)を語の最後につく格語尾などの接辞で示す必要があるので、文中での機能の認定が容易にするためである。これに反して膠着性のほとんどない中国語などは語順で文法関係を示す必要があるので、語順は固定化される。したがって、主な語順がOVの言語は、どのような系統の言語であっても、日本語やトルコ語と同じように自由な語順になるのである。
あまり知られていないこと その1:かなり自由な語順
語順に関していうと、トルコ語は日本語よりもはるかに自由な語順を許す。書き言葉(正書法)としては許されないが、口語では、音調など音声的特徴を伴うことにより、次のように論理的に可能な全ての語順が認められる(Özsoy 2018)。
Yazar makale-yi bitir-di. SOV
著者が 論文-を 書き終え-た
Makale-yi yazar bitir-di. OSV
Makale-yi bitir-di yazar. OVS
Yazar bitir-di makale-yi. SVO
Bitir-di yazar makale-yi. VSO
Bitir-di makale-yi yazar. VOS
あまり知られていないこと その2:複合動詞の数が少ない
「書き終える」のような複合動詞は日本語では非常に豊富に見られるが、トルコ語での種類は非常に限定的で10種類程度しか見られない。ウイグル語やウズベク語などの中央アジアのチュルク諸語では若干緩和されるが、それでも20〜30種類であり、複合動詞の種類が少ないことには変わりがない。
あまり知られていないこと その3:語彙がその話者の言語感を表す
使われる語彙の選択はその人のものの考え方(教養)を部分的に表すと言われている。トルコ語ではそれが顕著であるように思う。しかし、教養のあり方は若干日本語の状況とは異なっており、それは共和国のトルコ語の成立の過程と関連している。トルコでは初代トルコ共和国大統領のアタチュルクが1928年に言語改革を行なった。言語改革とはそれまで書き言葉として使用されていたアラビア文字表記のオスマン・トルコ語からラテン文字表記のトルコ語に変換し、部分的に語彙の転換も行なった言語政策をいう。その過程では、借用語であったアラビア語やペルシア語経由の語彙を元からある純粋なトルコ語(Öztürkçe)に置き換えるということも実施した。これは政教分離の政策と並行しており、オスマン朝の礎であったイスラム的な要素の排除という目的もあった。オスマン・トルコ語と純粋なトルコ語(Öztürkçe)の語彙の関係は、日本語における「やまとことば」と「漢語」の関係に置き換えてみるとわかりやすい。しかし、イスラムとは生活全般に関わる宗教なので、ものの考え方に深く繋がっている。ここが宗教色の薄い日本語話者にはわかりにくいところである。つまり、ある人が使用する語彙はその人のイデオロギー的な言語感を同時に表している。具体的には、同じ教養人であっても、アタチュルク主義的(世俗主義)な立場をとるトルコ人の書くトルコ語と、イスラム主義的なトルコ人の書くトルコ語では使われる語彙が異なることがある。保守的な人たちはイスラム系の語彙(アラビア語やペルシア語に由来する語)を使うことが教養であると考えるので、両者の間には齟齬が生じる。このような峻別は、個人のことばのレベルだけではなく、新聞やテレビなどのマスコミなどのイデオロギー的な立場を表す指標としても連動している。
アタチュルクの文字改革により、一気にトルコの非識字率は低下した。このことは、トルコ語では規範性というものを常に意識していかなければならないことを同時に示している。トルコの「国のことば」としての政策に関わるのはトルコ言語協会(Türk Dil Kurumu)である。日本の国立国語研究所に相当するこの機関には国民の使用する語彙に関して質問コーナーが設けられており、国民のことば遣いに対する疑問に応えるという活動も行なっている。イスラムに共感する人は、アラビア語やペルシア語に由来するイスラム的な語彙を駆使することで自己主張する。逆に世俗主義的なものの見方に共感する人は後者を守旧派とみなして反発する。したがって、その人物の書き物を見ればその人物のイデオロギーがある程度推測ができるので、人物を見極めたい場合にはその人が書いた文章が手がかりになることもある。そのような対立があるところは外部からは見えにくい。
とはいえ、トルコは多民族国家である。イスラムの教えに厳格な人たちもいれば、宗教が形骸化している人もいる。大きな町ではキリスト教徒やユダヤ教徒などの非イスラム教徒もいる。またウイグル人やクリミアやコーカサスからの移民の人々や、トルコ南東部一帯に主に広がるクルド系の人たちも混在している。来日するトルコ人留学生は日本語という外国語に興味や関心があることが前提になっており、どちらかといえば、宗教色の薄い日本人とは付き合いやすい人たちである。その一方で、外国や外国人とは縁がなくその地域でずっと生活を続けているようなトルコの人たちもいる。このようなトルコのことばと文化の多様性にも目を向けていくことが大切である。
引用文献
Andrews, Peter Alford. 1989. “Introduction”. In Andrews, Peter Alford (ed.). Ethnic Groups in the Republic of Turkey. Wiesbaden: Dr. Ludwig Reichert Verlag.
Özsoy, A. Sumru. 2019. “Introduction”. In Özsoy, A. Sumru. (ed.). Word Order in Turkish.
Studies in Natural Language and Linguistic Theory. vol. 97. Springer. pp.1-38.
https://www.aa.com.tr/en/turkey/reviving-endangered-ladino-language-in-turkiye/2507085#:~:text=According%20to%20Ethnologue%2C%20a%20world,those%2C%208%2C000%20are%20Ladino%20speakers.
書誌情報
栗林裕「《総説》トルコ語ということば」『《アジア・日本研究 Webマガジン》アジア・マップ』2, TR.1.01(2025年1月29日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol02/turkey/country/