アジア・マップ Vol.03 | エジプト

《総説》
ギザのピラミッドの学際研究

河江肖剰(名古屋大学デジタル人文社会科学研究推進センター 教授)

 いまから約4500年前にクフ王、カフラー王、メンカウラー王の王墓として建造されたギザのピラミッドは、古代エジプトの王権を象徴する建築物であり、現代においてもなおその構造や象徴的意義は多くの研究者を惹きつけている。だが、意外にも研究の基盤となる実測に基づくデータは十分に取得された状況ではなかった。

 2013年より、私たちは産学連携による3D計測プロジェクト「Giza 3D Survey」を立ち上げ、Structure from Motion (SfM)とMulti-View Stereo (MVS)を用いたフォトグラメトリ、画像処理アルゴリズムPEAKIT、そして、近年では人工知能(AI)も取り入れ、ピラミッド構造の可視化と分析を進めている。本稿では、クフ王のピラミッドの北東の角にある「窪み」と「洞穴」、そして頂上部の3D計測、メンカウラー王のピラミッド北面の「巨大な溝」の解析、そしてAIによるデータ解析の応用まで、10年以上にわたる取り組みを総覧する。

1. 「窪み」と「洞穴」に見られる未知の内部構造

 現在のクフ王のピラミッドは外装石である化粧板が剥がれ落ち、がたがたの表面が露出している。そのなかでも、一際欠けたように見える、北東角80m付近に位置する「窪み」と、そこから奥に続く奇妙な「洞穴」の研究調査を行った。この場所は、フランスの建築家ジャン=ピエール・ウーダン氏が提唱した「内部螺旋傾斜路説」に関連して、日本のテレビ番組で撮影されたが、その映像素材を用いて、プロジェクトメンバーの関西大学の安室喜弘がSfM/MVSという3D技術を適用した。これは、複数の静止画像間における特徴点をもとに、カメラ位置と対象物の三次元座標を復元する技術である。さらに生成された点群データに、共同研究をしているラング社が開発した画像処理アルゴリズムPEAKITを適用し、考古学的に分析しやすいように視認性を高めた。PEAKITは、地形の開放度(openness)や陰影起伏、カラーマッピングといった複数のビジュアライゼーションを組み合わせ、従来の平面的図面では捉えられなかった微細な凹凸や石材の並びを可視化できるものである。この結果、「窪み」では石材の積み方が従来考えられてきた水平でも階段状でもなく、「洞穴」に関しては3層の石材で構成された整然としない不規則な形状を持つ空間であることが明らかとなった。これはおそらくチェコのエジプト学者であるミロスラフ・ヴェルナーが提唱した「チャンバー工法(chamber method)」——内部に空間を設け、砂や瓦礫などの充填剤を入れる場所であり、建設工程の簡略化や建材の節約にもつながる技術の存在を示唆するものである。

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大ピラミッドの北東の角の「窪み」と「洞穴」のPEAKIT立面図。株式会社ラング作成。

2. 頂上部の石材配置と幾何学的再構築

 2016〜2017年にかけては、ギザのピラミッド群全体をドローンで詳細に撮影し、そこからAgisoft PhotoScan(現在の名称はAgisoft Metashape)を用いて3Dデータを生成した。そのなかでまず注目したのは、大ピラミッドの頂上部(201段目/202段目が露出)である。現在ピラミッドの高さは138.46mだが、オリジナルのピラミッドの高さは146.6mと推測されている。これは外装の良質な化粧板が剥がれ、頂上部も約8m失われているためである。しかしそのために、頂上部は、ピラミッドの石組み構造の平面データが取得できる学術的には貴重な場所になっている。ドローンによる空撮データから3Dモデルを生成し、解析したところ、現存している頂上部は完全な水平面ではなく、各段には高低差があり、全体的にレゴブロックのような凹凸のある構造になっていることが明らかとなった。また、外装石のみが失われ、現存するのは石材の外側は裏張り石であり、それがフレームのように機能していることも推定された。

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大ピラミッドの頂上部のPEAKIT平面図。株式会社ラング作成。

3. メンカウラー王ピラミッドの「巨大な溝」に見るコア構造

 2020年以降の調査では、メンカウラー王のピラミッド北面中央に刻まれた「巨大な溝」に焦点を当てた。これは12世紀のアイユーブ朝時代の破壊活動によって生じたとされる縦長の開口部であり、ピラミッド内部の組積造が露出している極めて貴重な「断面」である。この組積造の解析によって、内部には少なくとも4層の階段状のコア構造が存在し、各層が約75.3度の角度で内傾して積み重ねようとしていたことが明らかになった。この傾斜角は、古代エジプトで用いられていた傾斜単位「セケド」で2に相当する。セケドとは、1キュビト(約52.5cm)の高さに対して水平にどれだけずれるかを手のひらの単位(1キュビト=7手のひら)で表した角度表現であり、建築における角度表記として古代エジプトで使用されていた。このセケド2(=74.05度)という傾斜は、ジェセル王の階段ピラミッドやメイドゥームの初期ピラミッドに一致しており、メンカウラー王のピラミッドもこの古典的様式を継承していたことが示された。一方、外装石の傾斜はセケド5.5(=約51.6度)であり、内部コアと外装部が連動する設計になっていたことがうかがえた。

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メンカウラー王のピラミッド北面のPEAKIT立面図。株式会社ラング作成。

4. AIを用いた3Dデータ解析の新展開

 近年、私たちは従来の工学的アプローチに加え、人工知能(AI)を導入し、ピラミッドに関する3Dデータの解析をさらに深化させている。AIを用いて、プロジェクトメンバーの理化学研究所の川西康友が3Dデータから生成された詳細なオルソ画像に対して以下のような解析を試みている:

- 各石材の寸法分布
- 段ごとの高さの変動パターン
- 石材の積み方の規則性・不規則性の傾向
- モルタルの使用箇所とその比率
- 外装石の喪失体積の算出

 このようなデータは、単なる図面化では取得が困難だった古代の「建設の痕跡」であり、建設過程の再現や施工単位の識別、作業工程の再構成に資する。AIによる画像認識・統計処理により、建設の整合性、変則性、修復痕跡までも定量的に可視化できるようになり、このような解析は、考古学の分野におけるデータ駆動型研究(data-driven archaeology)を牽引する可能性を持っている。

5. 宇宙線ミューオンが明かすクフ王のピラミッド内部構造

 大ピラミッドの内部には、未知の空間の存在が長らく議論されてきたが、巨大な構造体を透視するような調査は困難とされてきた。しかし、近年、宇宙線を用いた先端技術「ミューオンラジオグラフィー」の導入によって、未発見の内部空間も明らかになっている。

 これは名古屋大学の物理学者森島邦博を中心とする国際研究チームScanPyramids Missionによるもので、2017年には学術誌『Nature』にて、クフ王のピラミッド内部における「30メートル以上の長さを持つ空間(Big Void)」の存在を発表し、大きな注目を集めた。さらに、2023年には、その続報として北面の「切妻構造」の背後に位置する通路状の空間(North Face Corridor)を、より高精度に立体測定・解析した成果を『Nature Communications』誌上で報告している。現段階では、いかなる建設目的でこの空間が設けられたかは不明だが、ミューオンという素粒子を活用し、破壊を一切伴わずに古代建造物の内部を「透視」するというアプローチは、考古学と物理学という一見異なる分野が融合する好例であり、これほどの精度で建築内部を解明できることが、世界中の歴史建造物研究に新たな展望を与えている。

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検出された未知の空間(Big VoidとNorth Face Corridor)の位置。Courtesy of ScanPyramids Mission

6. おわりに:観察に基づく考古学と学際連携の力

 ピラミッドの学際研究の根底にあるのは、観察から理論を構築する帰納的考古学である。さらに、テレビ制作会社、ドローン会社、画像処理会社、測量技術者との連携を通じて分野の垣根を越える試みは、オープンイノベーションの実践とも言えるだろう。

 ピラミッドという古代の巨大構造物は、石そのものが語る「構造の言語」を持っている。私たちは、それをテクノロジーの専門家との協働のもと、考古学者が運用の過程に関わり、解釈を行う「ヒューマン・イン・ザ・ループ」型のアプローチによって読み解こうとしている。それは単なる技術応用ではなく、過去に向き合う人間の知的営みと、未来の科学が交差する場なのである。

参考文献:
- Kawae, Yukinori, Yoshihiro Yasumuro, Ichiroh Kanaya, and Fumito Chiba. "3d Reconstruction and Its Interpretation of the “Cave” of the Great Pyramid: An Inductive Approach." Paper presented at the The Sixth Old Kingdom Art and Archaeology Conference, Warsaw, Poland, 2014.
- Kawae, Yukinori, Yoshihiro Yasumuro, Ichiroh Kanaya, and Fumito Chiba. "The Construction Method of the Top of the Great Pyramid." Paper presented at the The Seventh Old Kingdom Art and Archaeology Conference, Università degli Studi di Milano, Italy, 2017.
- Kawae, Yukinori. "The Great Gash on the Menkaure Pyramid." In Living at the Wall. Studies in Honor of Mark Lehner, edited by Miroslav Barta, Zahi Hawass and Mohmed Megahed, 493. Univerzita Karlova: Czech Institute of Egyptology, 2024.
- Morishima, Kunihiro, Mitsuaki Kuno, Akira Nishio, Nobuko Kitagawa, Yuta Manabe, Masaki Moto, Fumihiko Takasaki, et al. "Discovery of a Big Void in Khufu’s Pyramid by Observation of Cosmic-Ray Muons." Nature 552, 386–390 (2017).
- Procureur, Sébastien, Kunihiro Morishima, Mitsuaki Kuno, Yuta Manabe, Nobuko Kitagawa, Akira Nishio, Hector Gomez, et al. "Precise Characterization of a Corridor-Shaped Structure in Khufu’s Pyramid by Observation of Cosmic-Ray Muons." Nature Communications 14, 1144 (2023).
- 河江肖剰, 「ピラミッド―最新科学で古代遺跡の謎を解く―」, 新潮文庫, p.384 (2018)
https://ebook.shinchosha.co.jp/book/E038391/
- 河江肖剰(監修), Newton別冊「古代エジプトの謎」, ニュートンプレス, p.144(2025)
https://www.newtonpress.co.jp/separate/back_history/mook-cover_2505508_1.html

書誌情報
河江肖剰《総説》「ギザのピラミッドの学際研究」『アジア・マップ:アジア・日本研究Webマガジン』Vol.3, EG.1.02(2025年9月24日掲載)  
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol03/egypt/country02/