アジア・マップ Vol.03 | キルギス
《エッセイ》キルギスと私
教育人類学的まなざしから見る「子連れフィールドワーク」
―キルギスでの調査経験を通して―
キルギス共和国(以下、キルギス)での研究調査に恵まれたのは、2021年度から山内和也先生が代表を務める科研費基盤研究(S)「シルクロードの国際交易都市スイヤブの成立と変遷―農耕都市空間と遊牧民世界の共存―」の研究分担者としてチームに加えていただいたことによる。それまで私は主にケニアのマサイの村を調査地とし、2006年以降、マサイの女性や少女の教育課題、貧困、ジェンダーに関する問題をテーマに長年研究を続けてきた。そんな折、「キルギスへ行ってみないか」とのお誘いを受け、「ぜひフィールドワークをしてみたい!」と即座に手を挙げた。キルギス文化についての知識は乏しかったが、パキスタンでの滞在経験からイスラーム文化には親しみがあり、現地にも比較的容易に馴染めるのではないかと感じていた。
時はコロナ禍。ワクチン接種を済ませ、考古学班の第一次調査隊が4月から5月にかけて出発した後、私たちも2022年7月末から約10日間の現地調査に出かけた。同行者は感染症を専門とする医師の藤崎竜一先生である。私の一人息子も同行した。母親である私がフィールドワーク型の教育学者であるため、これまでにもケニアのマサイ村、オーストラリアのシドニー、タイのチェンマイなどでの滞在経験があった。また、両家の親が高齢で、かつ東京から離れて暮らしており、長期間預けることが難しいという事情もあり、今回も一緒に旅立つことにした。
2022年夏の第1回調査では、まずキルギス国立科学アカデミーの先生方との共同研究実施に関する同意書の取り交わしと調査内容の確認を行い、ビシュケク市内の博物館やマーケットで市場調査を実施した。また、パイロットスタディとして、日帰りで女性シャーマンを訪問した。成田空港からエミレーツ航空を利用し、ドバイ経由でビシュケクへ向かった。エミレーツ航空の便は深夜発であり、子どもはゲームを楽しんだ後すぐに眠るため、子連れにはありがたい出発時間である。ビシュケク到着は翌日午後2時。宿泊先は、考古学班の定宿であるビシュケク市内のRich Hotel。名前こそ“Rich”だが、実際は質素なゲストハウスである。しかしながら、そば粉のクレープやパン、ケーキ、目玉焼き、ヨーグルト、チーズ、ハム、フルーツ、紅茶、ミルクなど、充実した朝食付きで、息子もすぐに気に入った。自分の分をお皿に取るビュッフェ形式で、子どもにも優しい環境だった。
子連れ調査では洗濯の問題もあるが、ゲストハウス側に交渉したところ、1回約500円で洗濯機を使わせてもらえることになり、毎日洗濯できたのは非常に助かった。シャワーもお湯が出て快適である。キルギスの夏は日中こそ暑いが、東京のような湿気はなく、気温もおおむね33度ほどで過ごしやすい。市内の移動は、ロシア版ウーバーともいえる「Yandex」アプリを利用した。ロシア語ができなくても住所を入力すれば自動で配車され、料金も表示されるため便利である。ホテル周辺は徒歩で移動できるが、大学やJICAキルギス事務所、博物館や書店へ行く際はYandexを利用した。
日中は、運転手付きの車で各地のシャーマンを訪ねたり、大学の共同研究者との打ち合わせを行ったりと多忙である。子どもは次第に退屈してしまうため、合間にカフェでランチやアイスクリームを食べたり、スーパーや土産物店で好きなものを買ったりといった気分転換が必要であった。時には打ち合わせ中の写真撮影を任せることもあった。ビシュケク市内での調査では、トイレや食事の心配はほとんどない。ピザやパスタ、日本食も楽しめるレストランがあり、一度だけ息子の希望で日本食レストランへ行った。やや高級ではあるが、現地のキルギス人や外国人客で賑わっていた。
市内や近郊でのフィールドワークは子連れでも大きな支障なく進行する。しかし、課題となるのは地方への長距離移動である。第2回目の現地調査(2023年7~8月)では、約1週間かけてイシク・クル湖(琵琶湖の約9倍の広さを持つ塩湖)周辺の町を車で巡ったが、トイレ事情が最大の難関であった。現代の日本の子どもは洋式トイレでトレーニングされており、しゃがみ式のトイレを使うことができない。そのため、村での調査中にトイレに行きたくなっても洋式が見つからず、最終的にドライバーの知人宅の洋式トイレを借りることになった。
それでも概して、キルギスでの子連れ調査は病気や怪我もなく、食事もパンや焼き魚、ピザ、パスタ、スープなどで何とか対応できた。イシク・クル湖では夜の冷たい水に入って泳ぎ、カラコル市の日本人経営のゲストハウス「まつのき」では、宿のお子さんたちと日本語で鬼ごっこやトランプをして遊び、息子にとっては久しぶりの子ども同士での楽しい時間となった。ケニア・マサイの村での調査に比べれば、子どもにとっても格段に快適な環境であったように思う。
もっとも、それはあくまで大人の視点である。息子は「ぼくはママの仕事のおつきあいです」と率直に言う年頃になった。息子が10歳の夏のことである。夏休み明けに学校で、友だち同士が「どこへ行った?」と話していた際、他の子どもたちはディズニーランドや海、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンなどを挙げたという。息子は「僕はイシク・クル湖で泳いだんだ。琵琶湖よりずっと大きくて、なめるとしょっぱいんだよ」と答えたところ、「イシク・クルって何?どこ?」と聞かれ、うまく会話が続かなかったそうである。その時初めて、「みんなは夏休みに有名な場所へ行くけれど、自分はいつもママの仕事にくっついて知らない国へ行っていたんだ」と気づいたようだ。息子が少し大人になった、10歳の夏であった。
あと何回、一緒にキルギスでのフィールドワークに行ってくれるのだろうかと、ふと考えさせられる。近年は、キルギスを含めて年間4~5か国を回りながらフィールドワークを行っている。息子が1歳から12歳になるまでのほとんどすべての調査が「子連れフィールドワーク」であった。この話をすると決まって言われるのは、「あら、お子さんにとっては貴重な経験ね。いいわねー。」という言葉である。しかし現実には、母親としては長期間預ける先がなく、息子としては母親なしではまだ一人で食事や留守番ができないという、きわめて現実的な事情に根ざしたものである。高尚な理念よりもずっと切実な、生活の現実から生まれた子連れフィールドワークの形である。
書誌情報
高柳妙子《エッセイ》「キルギスと私 教育人類学的まなざしから見る「子連れフィールドワーク」―キルギスでの調査経験を通して―」『アジア・マップ:アジア・日本研究Webマガジン』Vol.3, KG.2.01(2026年2月10日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol03/kyrgyz/essay01/