アジア・マップ Vol.03 | スリランカ
《総説》
スリランカ経済・社会が注目されてきた事象と抱えている根本的な課題
スリランカは、しばしば国際的な注目を浴びてきた。
1977年に実施された、従来の福祉重視政策を外向きの経済自由化開発戦略に転換する改革は、福祉重視政策を肯定的に評価するアマルティア・セン等の論者と、福祉重視政策を評価せず、経済自由化の成果を強調する世界銀行スタッフ等との間で論争となった。
また、1983年から続いたスリランカ政府とタミル・イーラム解放のトラ(LTTE)との内戦(2009年に政府軍がLTTTEに勝利)も世界的に知られていた。9・11同時多発テロが起きるまで、自爆テロと言われれば、多くの人がLTTEを思い起こした。
近年では「債務の罠」の典型例、ラジャパクサ一族の腐敗、イースター・テロ、新型コロナのパンデミック中の化学肥料・農薬の禁止、経済破綻、ゴタバヤ大統領を辞任に追い込んだ反政府運動「アラガラヤ」1が挙げられるが、実はこれらは密接につながっている。そこで、本稿では、そのつながりを明らかにした上で、スリランカの開発の障害になっている根本的な課題について論じたい。
まず、「債務の罠」である。マヒンダ・ラジャパクサは2004年に首相、2005年に大統領となった。しかし、この政権は、世界銀行やIMF、主要援助国といった西側ドナーとの関係を良好に保つことに腐心したそれまでの政権と異なり、最初の予算編成から西側ドナーの意向を尊重しなかった。そして、内戦が西側ドナーとの関係を悪化させ、その反面、軍事支援で大きな役割を果たした中国との関係は深まった。のちに中国側が主導権を握る中国とスリランカの合弁会社が99年間の運営権を獲得し、「債務の罠」の代表例とされるハンバントタ港の開発の調印は2007年のことである。さらに、内戦末期に多くの西側ドナーからの停戦要求を拒否して、それらとの関係が決定的に悪化した一方で、中国の影響力は一層高まった。その後、マヒンダは内戦終結の「英雄」として国内で確固たる人気を得ることになる。しかし、2015年1月の大統領選挙では予想外の敗北を喫した。その重要な原因の1つに中国偏重とそれに伴う腐敗が挙げられた。マヒンダも中国も否定したが、ニューヨーク・タイムズ紙は、この選挙において、ハンバントタ港の建設工事を請け負った中国企業からマヒンダの選挙キャンペーン関係諸団体に少なくとも760万ドルが提供されたと報じている。
マヒンダが2010年の大統領選に勝ち、2015年にも勝利を予想された人気の理由は内戦終結の功労者というだけではない。一方、腐敗の疑惑も中国関係だけではない。マヒンダ政権期、スリランカは6.4%という高い年平均実質GDP成長率を達成したが(ちなみにシリセナ大統領期は3.7%)、その原動力になったのは、貧困削減と地域間格差の是正を目指したインフラ開発であり、そこでは道路が特に重視された。その妥当性について、2023年9月に実施した現地調査2で、日本の援助関係者からは「マヒンダ政権期に不必要で政治的背景によると思われる事業はあったが、スリランカの道路が他国より貧弱なのは確か」との言葉があった。また、現地のある大学の3年生とスタッフ計30名を対象にしたアンケートでの「政府の道路整備事業重視を支持しますか」との質問には25名が支持すると答えた。一方で、その現地調査で「マヒンダの弟で2010年から2015年に経済開発大臣を務めたバシルが道路事業等で受けとるキックバックから『ミスター 10%』と呼ばれていた」との話も聞かれたように、インフラ開発でも腐敗の噂はつきまとった。
2015年の大統領選挙でマヒンダから予想外の勝利を収めたマイトリパラ・シリセナの政権は混乱を極めた。打倒マヒンダを掲げた政権だけにラジャパクサ一族を厳しく追及し、バシルを含め一族から逮捕者が相次いだが、ラジャパクサ一族が決定的な打撃を被ることはなかった。マヒンダは影響力を保持し続け、その一方でシリセナ大統領と首相のラニル・ウィクラマシンハが対立し、シリセナは2018年に突如ウィクラマシンハを解任、マヒンダを首相に任命した。最終的にはマヒンダが首相を辞任することで決着がついたが、シリセナとウィクラマシンハが決定的な亀裂を抱えていた中、2019年に日本人の犠牲者も出たイースター・テロが起きた。このテロについては事前にインドから情報がもたらされており、政府の機能不全がなければ防ぐことができたと見られている。
このイースター・テロの経験がスリランカ国民に強いリーダーを求める声を呼び起こし、マヒンダの弟であり、内戦終結に国防次官として貢献したゴタバヤ・ラジャパクサが2019年11月の大統領選挙で圧勝した。その後、すぐに新型コロナによるパンデミックにスリランカも襲われる。ゴタバヤのパンデミック下での政策には、低所得世帯等からの計11万5000人の公的部門による直接的雇用や化学肥料・農薬の禁止が含まれ、積極的という以上に「攻撃的」と言えた。パンデミックが長引く中、こうした財政運営は財政赤字を膨らませ、財源調達で中央銀行への依存を深めた。これは当然インフレに結びつき、それを抑えるための強力な金融引締めは国債利払いを増やし政府支出はかえって増加した。インフレはさらに悪化し、経済は破綻、アラガラヤへとつながっていった。
なお、現地調査でスリランカ政府のある官僚は、ゴタバヤの政策には現代貨幣理論(MMT)の影響があったと語った。この見方が妥当なら、財政赤字の抑制を重視しない姿勢や公的部門による大規模な直接的雇用は、 MMT (後者はMMTで推奨される「就業保証プログラム」)から影響を受けた可能性がある。
ただし、経済破綻にはシリセナ大統領期からの負の遺産も影響している。1つはイースター・テロの影響を緩和するためとして行った減税、そして特に重要なのが合計115.5億ドルに達した国際ソブリン債の発行である。結果、総対外債務のGDP比は2014年の54.1%から2019年には65.3%に増加した。しかも2013年5月にバーナンキFRB議長が量的緩和縮小の可能性に言及した後、スリランカは通貨の減価に見舞われていた。 2016年にスリランカへの拡大信用供与措置を承認し、当時レビューを行っていたIMFは、なぜ外国債への依存増大を容認したのか。現地調査でスリランカ政府のある官僚は「中国のこともあってIMFは国際ソブリン債に関心がなかった」と語った。中国と西側のスリランカを巡る綱引きの下、これが容認されたとという見方と言える。シリセナ大統領期、日米印は「自由で開かれたインド太平洋」構想に沿ってスリランカの中国への傾斜を抑制しようとしていた。
最後に、スリランカが抱える根本的な課題についてである。1つは、西側諸国・機関や隣の大国インドに対して特に顕著な、海外への根深い不信感であり、もう1つは腐敗である。
国土が狭く人口も少ないが、交通の要衝にあるスリランカの成長戦略として、グローバルな経済連携の強化は当然構想されてきたが、十分に実現するに至っていない。実現のためには、この海外に対する不信感の克服が不可欠と思われる。ただし、これに関しては、西側ドナーにも反省、努力をすべき点が多々あることを指摘しなければならない。
腐敗に関しては、現地でのアンケート調査の「スリランカにおける最も深刻な問題は政府の腐敗だと思いますか」との質問に30名中28名がイエスと答えた。これは、「庶民でも身近な誰かが大臣から仕事をもらった経験があるのが普通」(現地調査の聞き取りから)という現状の裏返しでもある。
ラジャパクサ一族はこの2つの課題となる部分を緩和するのではなく刺激し、増幅させて政治的に活用してきたと言える。そして、スリランカのこの2つの課題は、他の少なくない途上国も抱えていると考えられ3、その点でも、スリランカで今後、再びラジャパクサ一族的手法を採る政権が生まれるのか、この2つの課題を乗り越える政権が育まれるのか注目される。
脚注
12025年10月に起きたマダガスカルでのクーデターにも影響を与えたとされる(「大下容子ワイド!スクランブル」2025年10月15日放送)。
2この調査はアジア経済研究所の資金によるものであった。また、有意義な調査が実現できたのは、荒井悦代氏のご人脈とご尽力のおかげであった。
3スリランカの腐敗度が特に高い訳ではない。Global Corruption Barometerによる2020年のアジア諸国調査の「接触はあったが、賄賂を支払わなかった比率」で見ると、全体の81%に対してスリランカは84%、順位は17カ国中7位(ちなみに1位は日本で98%、最下位はインドで61%)であった。腐敗は途上国全般に見られる課題と言える。
参考文献
Abi-Habib, Maria. “How China Got Sri Lanka to Cough Up a Port”. 2018, June 25. The New York Times
Sen,A.K.[1981]:“Public Action and the Quality of Life in Developing Countries”,Oxford Bulletin of Economic and Statistics,Vol.43 No.4
荒井悦代[2025]「一族支配と対中関係」(第6章)『ラージャパクサ一族体制の形成』(荒井悦代編)(独)日本貿易振興機構アジア経済研究所
絵所秀紀[1994]:『開発と援助-南アジア・構造調整・貧困』同文舘
船津潤[2019]『途上国財政論-グローバリゼーションと財政の国際化』日本経済評論社
船津潤[2022]「シリセナ大統領期のスリランカ財政-多層的構造を踏まえた分析(上)」『研究年報(鹿児島県立短期大学地域研究所)』第53号
船津潤[2022]「シリセナ大統領期のスリランカ財政-多層的構造を踏まえた分析(中)」『鹿児島県立短期大学紀要 人文・社会科学篇』第73号
船津潤[2024]「シリセナ大統領期のスリランカ財政-多層的構造を踏まえた分析(下)」『商経論叢』第75号
船津潤[2025]「ラージャパクサ一族とその財政」(第5章)『ラージャパクサ一族体制の形成』(荒井悦代編)(独)日本貿易振興機構アジア経済研究所
書誌情報
船津潤《総説》「スリランカ経済・社会が注目されてきた事象と抱えている根本的な課題」『アジア・マップ:アジア・日本研究Webマガジン』Vol.3, LK.1.02(2026年00月00日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol03/sri_lanka/country02/