アジア・マップ Vol.04 | 中国
《総説》
中国都市部の子育て事情──研究者として、母として
日本で保育園や幼稚園の前を通ると、子どもを迎えに来る父母の姿をよく見かける。仕事帰りに自転車へ子どもを乗せる母親、手をつないで帰る親子。その光景は、日本の都市部ではごく日常的なものである。
一方、中国・上海の街角では、少し違う風景に出会う。平日の午後、公園で孫を遊ばせている祖父母、幼稚園の門の前で子どもを待つ祖母、手を引いて早期教育施設へ向かう祖父。もちろん父母の姿もあるが、子育ての日常の中に祖父母が深く入り込んでいることは、中国都市部の子育てを特徴づける光景である。
私自身、中国で生まれ育ち、その後、日本で学び、研究者として仕事を続けながら子育てをしてきた。気づけば、母親になって15年が過ぎた。その中で強く感じるのは、子育ては単に家庭内の営みではなく、社会制度、文化、家族観、働き方を映し出す鏡であるということである。本稿では、中国都市部における子育ての特徴を、祖父母との共同育児を中心に、研究者としての調査結果と、一人の母親としての実感を交えながら紹介したい。
祖父母の力
中国には古くから「民以食為天」(人々にとって食こそが最も大切なものである)という言葉がある。また「食為政首」(食こそ政治の最優先事項である)という言葉もある。これらの言葉がよく伝えるように、早くから食は人びとの生活にとってもっとも重要なものだと考えられてきた。日々の食を何より重んじるこうした感性は、中国で今日も社会的立場を問わず共有されている。これは、食が健康の維持と切り離せないからでもある。
中国都市部の子育てを語るうえで、祖父母の存在を抜きにすることはできない。中国では共働き世帯が多く、若い父母が仕事を続けながら子育てをすることは一般的である。しかし、特に0〜3歳の子どもを預ける公的な保育資源は、長い間十分とは言えなかった。幼稚園に入る前の時期、子どもを誰が見守るのか。この問いに対するもっとも身近で、もっとも信頼できる答えが、祖父母であった。
また、中国には「三世代で子どもを育てる」という家族文化が根強く残っている。かつての一人っ子政策の影響もあって、「四人の祖父母、二人の親、一人の子ども」という家族構造が多くみられた。祖父母にとって孫は非常に大切な存在であり、孫の世話をすることは負担であると同時に、喜びや生きがいでもある。若い父母にとっても、祖父母に預けることは、見知らぬベビーシッターや質の不安定な民間託児サービスよりも安心できる選択肢であった。
私たちの研究チームが上海で乳幼児をもつ母親を対象に実施した調査でも、約9割の家庭で祖父母が何らかの形で育児に関わっていた。祖父母との暮らし方もさまざまである。二世代が「スープが冷めない距離」に住み、父母が仕事に出ている昼間に祖父母が孫を預かる形が理想とされることも多い。一方、それが難しい家庭では、子どもが幼稚園に入園するまで祖父母と一時的に同居するケースも少なくない。
では、祖父母は具体的に何を担っているのだろうか。一般的には、祖父母は食事、着替え、お風呂、寝かしつけ、送り迎えなど、子どもの日常生活を支える役割を担うことが多い。特に祖母の存在感は大きい。私たちの調査でも、子どもの日常的な世話の主な担当者として、母親に次いで祖母が多く挙げられていた。
一方、父母、とくに母親は、依然として育児全体の中心にいる。日常生活の世話でも、教育やしつけでも、母親が主な担当者であることが多い。父親は生活面では祖母ほど関わらない場合もあるが、しつけや教育面では比較的高く関与している傾向がみられる。つまり、中国都市部の共同育児では、祖父母が生活を支え、父母が教育やしつけを主に担い、母親がその全体を調整するという役割分担が形成されていると言える。
もちろん、すべての家庭がこのように明確に役割を分けているわけではない。しかし、多くの家庭では、朝、親が出勤する前に子どもの準備をし、昼間は祖父母が面倒を見て、夕方以降に親が帰宅して子どもと過ごすという生活リズムがある。そこには、家族全体で子どもの成長を支える中国らしい子育ての姿が表れている。
祖父母育児のメリットと難しさ
祖父母の育児参加は、若い父母にとって大きな支えである。とくに母親にとって、祖父母の支援があるかどうかは、仕事を続けられるかどうかにも関わる。子どもが病気になったとき、保育施設に入れない時期、残業や出張があるとき、祖父母の存在は非常に心強い。経済的にも、祖父母が育児を担うことで、ベビーシッターや民間託児サービスにかかる費用を抑えることができる。
また、子どもにとっても、祖父母は安心できる存在である。祖父母は時間をかけて子どもに寄り添い、食事や遊び、散歩を通して豊かな関わりを提供する。親が忙しい現代社会において、祖父母が子どもにゆっくり向き合えることは、子どもの情緒的安定にとっても意味をもつだろう。
しかし、祖父母育児には難しさもある。最もよく聞かれるのは、世代間の育児方針の違いである。たとえば、若い親は「体を動かす機会を増やしたい」「できるだけ自分でやらせたい」「スクリーン使用を控えたい」と考える。一方、祖父母は「安全性を第一に考えたい」「泣かせたくない」「まだ小さいから手伝ってあげたい」と考え、その関わり方が若い親には「甘やかし」と受け止められることもある。どちらも子どもを思う気持ちから生まれているが、その関わり方の違いから、家庭内で葛藤が生じることもある。
特に母親は、祖父母に感謝しながらも、自分の育児方針を守りたいという気持ちの間で揺れやすい。「助けてもらっているから強く言えない」「でも、この育て方でよいのだろうか」と感じる母親は少なくない。祖父母の支援は母親の負担を軽くする一方で、関係がうまくいかない場合には、新たなストレスになることもある。
その意味で、祖父母育児の問題は、祖父母が育児に関わること自体にあるのではない。重要なのは、父母と祖父母がどのように話し合い、役割を調整し、子どもにとって安定した環境をつくるかである。祖父母の経験と愛情、父母の新しい育児知識や教育観が対立するのではなく、互いに補い合う関係になるとき、共同育児は大きな力を発揮する。
近年の新動向
近年、中国の子育ては大きく変わりつつある。都市部では0〜3歳児向けの托育サービスや早期教育施設が増え、政府も低年齢児保育の整備を進めている。以前は、幼稚園入園前の子どもは家庭で祖父母が見ることが一般的であったが、現在では家庭外の育児資源を利用する選択肢も少しずつ広がっている。
また、若い親世代の育児観も変化している。インターネットやSNSを通して、幼児教育や発達心理学、ポジティブペアレンティング、食育など、さまざまな育児情報にアクセスできるようになった。母親たちは育児アプリで子どもの発達を記録し、SNSで同じ月齢の子どもをもつ親と情報交換を行い、専門家の発信を参考にしながら子育てをしている。
さらに、若い世代では「祖父母には頼りたいが、育児の主導権は親が持ちたい」と考える家庭も増えている。祖父母の経験を尊重しつつも、食事、睡眠、遊び、教育については、親世代が新しい情報を取り入れながら判断したいという意識が強まっているのである。
一方で、教育競争の早期化という課題もある。中国都市部では、幼児期から英語、音楽、運動、知育などの習い事に通う子どもも多い。親は子どもの可能性を広げたいと願うが、その一方で、子ども自身の遊びや休息の時間が十分に守られているのかという問いも残る。祖父母は送迎や付き添いを担い、親は教育内容を選び、子どもは早い時期から多くの活動に参加する。このような新しい共同育児の形も生まれている。つまり、祖父母の力に大きく支えられている点では変わらない一方、「親、祖父母、保育・教育サービスが組み合わさって育てる」方向へと、少しずつ変化しているのである。
政府が主催した科学的育児イベントに参加した親子
(https://www.pudong.gov.cn/zwgk/zfkfr-jyj/2023/261/316774.html
最終閲覧日 2026年6月29日)
日本との比較から感じたこと
日本と中国の子育てを比較すると、まず見えてくるのは、育児を支える仕組みの違いである。日本では、保育園、幼稚園、地域の子育て支援、母子保健サービスなど、制度を通して育児を支える仕組みが比較的整っている。そのため、祖父母が育児に関わる家庭も多いものの、中国都市部ほど日常的・全面的に祖父母が育児を担うケースは少ない。
一方、中国では、制度的な支援が十分でなかった時期が長く、家族、とくに祖父母がその空白を埋めてきた。中国の子育ては、社会制度よりも家族ネットワークに大きく支えられてきたと言える。日本では「親が中心となり、社会制度が支える」形が比較的一般的であるのに対し、中国では「親と祖父母が中心となり、必要に応じて外部サービスを利用する」形が多くみられる。
しかし、どちらが優れているという単純な話ではない。日本では制度的支援がある一方で、育児が父母、とくに母親に集中し、孤立感を抱える親もいる。中国では祖父母の支援が厚い一方で、世代間葛藤や母親の心理的負担が生じることもある。両国の子育ては、それぞれ異なる強みと課題を抱えている。
少子化、共働き化、都市化が進む今日、子育てを誰が、どのように支えるのかという問いは、日本と中国に共通する課題である。親だけに育児を任せるのではなく、祖父母、保育者、地域、職場、社会制度がどのように連携できるのか。その答えを探ることは、これからのアジア社会にとって重要である。
私にとって、中国と日本の子育てを見つめることは、自分自身の経験を見つめ直すことでもある。中国で育ち、祖父母からの強いサポートを受ける文化を身近に感じてきた。子どもが生まれたときには、両親が中国から日本へ来て、しばらく育児を支えてくれた。一方で、日本で子育てをする中では、質の高い保育園や地域の子育て支援にも助けられた。振り返ると、私は家族の支えと社会制度の支えの両方に恵まれていたのだと思う。
日本と中国の両方で子育てを経験して感じるのは、子どもは決して親だけで育つものではないということである。家族の手、保育者のまなざし、地域のネットワーク、そして社会制度。それらが重なり合って、子どもの育つ環境が形づくられていく。
「子育て」が「孤育て」にならないためには、親が一人で抱え込まなくてすむ、子育てに優しい環境を社会全体で整えていくことが大切である。祖父母、保育者、地域、職場、行政などがそれぞれの立場から利用しやすいサポートを提供し、親自身も遠慮せずに周囲の力を借りながら子どもを育てていく。そのような支え合いのあり方が、これからますます求められるのではないだろうか。
書誌情報
孫怡《総説》「中国都市部の子育て事情──研究者として、母として」『アジア・マップ:アジア・日本研究Webマガジン』Vol.4, CN.1.02(2026年09月04日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol04/china/country02