アジア・マップ Vol.04 | フィリピン
《総説》
フィリピンにおける賭博文化
フィリピンのギャンブルと言えば何を想像するだろうか。おそらく、何も思いつかないという答えがもっとも多いだろう。ギャンブルに関心のない人からすれば、どの国でどのようなギャンブルが盛んであるかなど、関心を呼ばないテーマに違いない。
しかし、カジノがオープンしようとしている日本社会が最も身近で格好の例だが、政治的な衝突や国民の意見対立をはじめとして、ギャンブルがもたらす社会の混乱というのはなかなか馬鹿にできるものではない。ギャンブルを国家がどのように管理したり推進したりするのか、人々がそのギャンブルをどのように遊んだり倫理的評価を下したりするのかといった観点からギャンブルを捉えることはすなわち、それぞれの国や社会の性格について考える一つの視角になりえるのだ。
こうした観点から、以下では、フィリピンで特に人気を博す闘鶏と数字くじ、そして近年台頭しているオンラインカジノの三つに絞ってその内実を簡単に紹介したい。
フィリピンの多様な賭ける遊び
フィリピンでは盛んにギャンブルがなされているのかと言うと、日本とあまり変わらないように思える。好きな人は好きだし、嫌いな人は嫌いである。しかし、日本と比べると、合法賭博の範疇は広いと思われる。カジノ、競馬、闘鶏、富くじ、数字くじ、オンラインカジノ、葬式賭博。最後の四文字は見慣れないだろう。フィリピンでは人が亡くなると遺体に防腐処理を施して、9日間程度の通夜をする。その間、棺桶の前で賭場を開帳することが法的に許されている。
これらに加えて、インフォーマルな賭けの遊びがある。トランプ、麻雀、ビンゴ、ビリヤード、蜘蛛相撲、コインの丁半博打、アーケードゲーム、賭けバスケットボール……。ビリヤードやバスケットボールは、単なる遊びではなく生計手段として機能している場合もある。
カジノや闘鶏場への入場には年齢制限があるものの、蜘蛛相撲のように子どもが楽しむ遊びや、闘鶏のように幼い頃から親の背中を見てニワトリの世話の仕方を身につけることの多い遊びも存在する。子どもから大人までが楽しむ賭けの遊びがフィリピンには揃っていると言えるだろう。加えて、後述するように、ギャンブルにかんする政治汚職事が過去に、度々発生しては社会をざわつかせてきたという点も、フィリピンのならでは性格である。新聞に「我々はギャンブル大国なのだろうか」といった見出しが躍ることも珍しくはない。
闘鶏:フィリピンのナショナルスポーツ
闘鶏とはニワトリを闘わせる娯楽であり、日本を含めた世界各地でかつて/現在もなお、催されてきた記録がある。フィリピンの闘鶏は、二羽のニワトリの左脚に10cmくらいの刃物をつけて対戦させ、その勝負に金銭が賭けられる。おおよそ一自治体に闘鶏場は一つあり、毎週一回は開催される。首都マニラでは、闘鶏のスーパーボールとも称される大規模な大会が催され、フィリピン国内外から闘鶏家が参加する。動物福祉を理由として多くの国と地域で闘鶏が違法に位置付けられる中で、合法に大々的に闘鶏を行い続けるフィリピンは、闘鶏世界の中心地をなしている。
「フィリピンで真の革命を実現しようとするならば、闘鶏を禁止することである」と言われるほどに、フィリピンの人々、特に男性は闘鶏に熱をあげてきた。今日においても、闘鶏は「フィリピン人としての血を騒がせる」娯楽、賭博として社会に君臨している。
闘鶏に関する法律には、闘鶏がフィリピンのナショナルスポーツであることが記されている。その理由の一つは、フィリピンがスペインに「発見」される以前から、つまりスペインの植民地になる以前から、フィリピン諸島において営まれてきたという記録が存在するから。そしてもう一つの理由は、350年以上に及ぶスペインの植民地支配と半世紀近いアメリカの植民地支配を経験してもなお、闘鶏はフィリピンの文化として存続し続けたからである。こうした反植民地主義の象徴性を帯びることで――そうした歴史的背景が闘鶏家たちにとって重要なのかは留保が必要だが――闘鶏はフィリピン社会に深く根付いてきた。
数字くじ:違法な政治資金源から合法賭博へ
闘鶏が男性的な遊びであるのに対し、フィリピンの老若男女に愛されているのが数字くじだ。2桁(あるいは3桁)の数字を選んで小銭を賭けるというシンプルなルールの数字くじは、大衆にとっての最も身近な一攫千金の機会である。1日に数回抽せんがなされることもあって、賭ける数字をめぐるおしゃべりに花が咲いている人たちも多い。
数字くじは長らくの間、違法な領域で行われてきた。20世紀初頭からアメリカの植民地支配下にあったフィリピンは、アメリカによる民主主義の実験場と化した。選挙政治がもたらされると、地方の政治家は選挙資金を確保するために、犯罪シンジケートが運営する違法数字くじに庇護を与えることで、その売り上げの一部を利用した。警察も賄賂をもらう代わりに運営を見逃した。夢を買う大衆の小銭が違法数字くじに注ぎ込まれ、その小銭が山となって、フィリピンの政治腐敗を常態化させてきたのだった。
1998年に大統領となったジョセフ・エストラーダは、違法数字くじを合法化して私腹を肥やそうとした。これがスキャンダラスに報じられた。教会勢力や中間層を中心とした大規模なデモ、ピープルパワー2によって、エストラーダは大統領の座から引きずり降ろされた。
100年近くにわたって違法運営が中心となってきた数字くじは、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領政権時代(2016-2022年)に、その多くが合法化された。各地の違法数字くじ運営シンジケートを組合へと再編成し、合法な運営権を付与して納税させることに成功したのである。連綿と維持されてきた各地の運営ネットワークの秩序を破壊せずに国家に包摂したこと、「納税をすればギャンブルをし続けても構わない」という姿勢をもって違法運営者へ厳格な態度を示したことなどが、功を奏したと言える。
それでも未だに、違法運営者が摘発されるニュースは後を絶たない。それだけ、数字くじ運営にはうまみがあるということである。大衆と政治とグレーゾーンの経済圏が共犯的に培ってきた文化として、フィリピンの数字くじは捉えることができる。
オンラインカジノ:テクノロジーによる賭け実践の変容
「オンラインカジノは違法です」という警句は日本社会でよく耳にするが、フィリピンでは現在、オンラインカジノは合法である。カジノ等を管轄するフィリピン娯楽ゲーム公社(PAGCOR)がライセンスを発行している。
オンラインカジノの認知度がフィリピンで上昇する契機となったのは、2016年に始まったPOGO(フィリピン・オフショア・ゲーミング・オペレーター)、つまり国内外向けオンラインカジノを運営する海外企業を誘致する経済政策である。主に中国系資本がバックにつき、ギャンブルが本土で違法とされている中国の顧客をターゲットにして急成長した。POGOは不動産市場や雇用を大きく潤わせたものの、中国政府からの圧力を受けただけでなく、人身売買や特殊詐欺といった地下犯罪の温床になったことで、2024年までに完全に違法となった。
POGOが運営するオンラインカジノはあくまで外国人向けであった。フィリピンの人々にとってオンラインで賭けるというスタイルが一気に身近になったきっかけは、2020年から始まった新型コロナウイルス(COVID-19)のパンデミックであり、そこでオンライン化されたのは闘鶏だった。感染源となる闘鶏場が封鎖されると、政府はオンライン闘鶏の運営を許可した。ライブ配信されたファイトにオンラインで賭ける「e-sabong」である。オンライン闘鶏は爆発的にヒットし、電子決済システムの拡大と浸透にも寄与した。しかしこちらも、ギャンブル依存症の深刻化と関連犯罪の増加、そして八百長に関与したとされる闘鶏家たちの大規模失踪事件などが社会問題化し、2022年、禁止措置が取られた。
コロナ禍はカジノにも大打撃を与えた。税収減を食い止めるために国内向けオンラインカジノが制度化されたのも、オンライン闘鶏の合法化と同時期である。テクノロジーの進展とともに合法なオンラインカジノが売り上げを伸ばし続ける中、違法運営も地下に潜るテクノロジーを向上させながら生き延びている。こうしたいたちごっこが、更なる技術革新に寄与しているのかもしれない。
オンラインカジノで遊ぶ人は私の知人の間でも、近年急増している。ソーシャルゲームのようなものがギャンブルと化しているので、傍から見たらただ遊んでいるだけなのか、お金を賭けているのか、すぐには判別できない。「ギャンブルと言ったら最近はスマホだよ。1ペソから賭けられるんだ。ほら見てみて……あっという間にお金がなくなっちゃったな」。カジノでスロットマシンを打つのが好きだった友人は、すっかりオンラインカジノに移行してしまった。
政治、経済、社会、国際関係など、様々な要素が絡み合うことで持続・変化してきたフィリピンの賭博文化。それは、連綿と引き継がれて変わらない側面を残しながらも、現在進行形でかたちを変え続けている。ギャンブルを見れば世相がわかる、というと大げさかもしれないが、フィリピン社会の「いま」を色濃く反映する営為の一つであることは確かだろう。
書誌情報
師田史子《総説》「フィリピンにおける賭博文化」『アジア・マップ:アジア・日本研究Webマガジン』Vol.4, PH.1.01(2026年10月26日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol04/philippines/country01