アジア・マップ Vol.04 | タイ

《総説》
タイにおける観光の現状と近年の取り組み

 古屋秀樹(東洋大学国際観光学部 教授)
Krairerk Klaysikaew (Lecturer, Faculty of Liberal Arts, Rajamangala University of Technology Thanyaburi)

1.タイの概要
タイ王国(Kingdom of Thailand)は、人口約7,000万人、日本の約1.4倍の国土を有し、熱帯性気候に属する。これまで一度も植民地化されることなく君主制を維持してきたこと、仏教が広く普及していること(国民の約94%が仏教徒で1、4万カ所以上の寺院が点在)など日本との共通点も多く、アユタヤ朝で活躍した山田長政をはじめ、両国をつなぐ交流の歴史は深い。「おしん」や「ドラえもん」、「一休さん」をはじめとするドラマ、アニメが放映されてきたこともあり、日本のポップ・カルチャーが浸透していることもあって親日感情が高く、日本人にとっても親しみのある国といえる。

 そして、微笑みの国として知られ、高いホスピタリティと多様な伝統文化とともに、豊かな自然(ビーチ・離島)、相対的な旅行費用面の優位性をはじめとした魅力を有する2。かつて、バンコクを歩いていると欧米からと思われる若者がガイドブック「ロンリープラネット」を小脇に抱えて闊歩するのをよく見かけたが、レオナルド・ディカプリオ主演の映画(ザ・ビーチ、2000年)でタイが舞台になったことと無縁ではない。その影響で世界的に知名度が高まり、国際的なバックパッカーの聖地とも言われる。

 このような中で、観光産業はGDPの10〜20%、雇用の16%以上を占めるともいわれており、重要な基幹産業となっている。以下では、タイの観光振興と近年の取り組みについて考えてみたい。


2.タイにおける観光振興
タイの観光行政の歴史3は、1960年のタイ国観光局(Tourism Organization of Thailand)の設立に始まる。1960年代のベトナム戦争時、米軍の後方休養地として受け入れを行ったことで観光インフラへの投資が進み、発展の基礎が築かれた。1979年には、タイ国政府観光庁(Tourism Authority of Thailand)へ再編成され、1998年からのAmazing Thailandキャンペーンにより、世界的な観光ブランドを確立した。2002年には観光・スポーツ省(Ministry of Tourism and Sport)が設置され、海外プロモーションと国内の観光地域の整備・開発・規制の役割分担が明確化されている。近年では、配車・スーパーアプリとして利用されるGrab(グラブ)やSNS分析(TikTok、Facebook)を駆使した観光DX(デジタル・トランスフォーメーション)も進展している。

 さて、2025年の訪タイ外国人旅行者数は3,297万人(前年比7.2%減)となり、コロナ禍からの回復基調の中で4年ぶりの減少を記録した。外国人旅行者全体の1割を占める中国市場が約3割減少したことが大きく、その背景としてタイの治安に対する不安拡大があげられる。さらに、タイの通貨バーツの割高感、周辺国(特に日本やベトナム)との競争激化、カンボジアとの国境紛争、南部での洪水といった要因も指摘できる。4

 一方、訪タイ日本人旅行者数は前年比約4%増を示す。タイのインバウンド市場全体では、旅行者数減少に反して、平均消費額は約4万6,400バーツ(約23万円/人)と増加傾向を示し、タイ政府が進めてきた量から質への転換の効果ともいえる。5


3.近年の観光への取り組み
世界経済の減速、地政学的リスクの高まり、ならびにアジア地域における観光競争の激化といった外部環境の変化が顕在化しており、タイの観光産業は、外国人観光客の量から質への転換だけでなく、国内観光市場の再編も含めた両面での戦略的転換を迫られている。このような状況下において、経済的観点からは、国内需要を含めたタイの観光収入の伸び率が観光客数の増加率を下回る傾向となっており、これは観光客の消費行動がより慎重化していることを示唆している。この傾向は、「1人当たり旅行支出(Spending per Trip)」の向上の重要性を改めて浮き彫りにしており、単なる量的拡大ではなく、観光体験の質的向上を重視する必要性を強く示すものといえる。6

 そのため、観光マーケティング戦略については、従来の量的拡大志向から価値創出重視(Value over Volume)への転換が不可欠となっている。具体的には、1人当たり旅行の付加価値の最大化、高付加価値型の観光商品および体験の開発、費用対効果の増大および安全性に関するブランドイメージの高度化、さらにはデジタル技術およびプラットフォームの戦略的活用が求められる。これらの取り組みを通じて、世界経済の不透明感が続く中でも、タイの観光事業者が持続的に競争優位性を確保することが期待される。

 さらに、近年の世界的なエネルギー危機への懸念を背景として、タイの観光産業は新たな舵取りを求められており、その対応として「MOOD」という概念の下、観光のあり方を「近距離志向・低エネルギー消費型」へと再編する必要性が指摘されている。7

この「MOOD」概念は、以下の4要素から構成される。

1.Mass Transportation(マス・トランスポーテーション) 鉄道、バス、EVシャトル等の共同輸送手段の利用を促進し、エネルギー消費の削減を図る。

2.Outbound to Domestic(アウトバウンドから国内旅行への転換) 国外渡航の代替として、国内旅行の需要喚起を図る。

3.Outdoor Activities(アウトドア・アクティビティ) ハイキングやサイクリング等、低エネルギー消費型の自然志向の活動を重視する。

4.Deep Seeking(ディープ・シーキング) スローツーリズムやコミュニティベースド・ツーリズムを推進し、身近でありながら見過ごされがちな観光資源の再評価を促す。

 同時に、「セレブリティ・マーケティング(Celebrity Marketing)」を戦略的に導入し、インフルエンサーを活用することで観光需要を喚起し、オンライン上の体験を実際の地域における販売促進活動へとつなげる取り組みが進められている。これにより、持続可能な観光の実現とともに、地域経済への所得分配の促進が期待される。

 これ以外にも下記のような2つの代表的な取り組みがなされている。

 (1)DASTAによる地域主導の持続可能な観光開発8

 持続可能な観光指定地域管理局(Designated Areas for Sustainable Tourism Administration)は、2003年にタイ観光スポーツ省の傘下に設立された政府機関である。地域住民が主導し、利益を享受する共同創造(Co-Creation)の概念に基づき、地方コミュニティが恩恵を享受できる能力の構築を念頭に、コミュニティベースド・ツーリズム(Community Based Tourism=CBT、地域住民による、自然や文化を守りながら旅行者を受け入れる仕組み)を推進すると同時に、コミュニティを一時的な観光開発・推進のためのグループから、持続可能な社会的企業へと発展させる仕組みも導入している。

 さらに、低炭素観光の推進では、「Adjust(調整)- Reduce(削減)- Offset(オフセット)」のコンセプトに基づき、プラスチック使用の削減、自転車利用の推奨、再生可能エネルギーの導入に加え、コミュニティのアクティビティによるCO2排出量を評価・オフセットするシステム(Carbon Footprint Travel Mart)を整備している。また、世界クラスの低炭素観光デスティネーションを目指すチャン島周辺諸島を含めた国内9地域を設定し、国際基準(GSTC等)に準拠した管理体制を構築している。

 (2)観光地の地方分散と二次観光都市の育成

 タイ政府は、観光収入の90%が上位22県に集中している経済的不平等を解消するため、主要都市に集中する観光客を地方の『二次観光都市』と称した地域へ分散・誘客する取り組みを強化している。大分県の一村一品運動をモデルにして始まったOTOP(One Tambon One Product)は、これまで地方振興に寄与してきた5が、さらに「タイ 12の秘宝」や「Amazing Thailand Go Local」キャンペーンを展開して知名度の低い二次都市に焦点を当てるとともに、二次都市での旅行費用を所得控除する税制優遇措置を導入するなど、内需拡大を中心とした取り組みがなされている。


4.まとめ
本稿では、タイにおける観光の現状と最近の取り組み事例を紹介した。多様な資源を有する中で、高付加価値な旅行商品の造成、持続可能な観光の確立、CBTを重視した観光推進が期待されている。これらの取り組みは、マス・ツーリズムから脱却し、高付加価値化と地域還元を両立させることで、外部ショック(パンデミック等)に強い持続可能な構造を作る「強靭で質の高い成長」に向けた攻めの戦略と考えられる。プーケットやマヤベイ(ピピ島)ではオーバーツーリズム(観光公害)が危惧されているため、それらに対する実効性のある対策でもある。

 このような観光振興における経済、観光客数、環境といった側面に加えて、人口減少や生活習慣の変化により、伝統芸能や資源の継承・保存が危ぶまれており、訪問客(Visitor)、観光産業(Industry)、地域社会(Community)、環境・文化(Environment)の4者のニーズの調和9や、治安不安や自然災害リスクへの対応も重要な視点と言えよう。10

セントラル・パーク(バンコクの新たなランドマーク)(写真は全てKrairerk Klaysikaew撮影)

セントラル・パーク(バンコクの新たなランドマーク)
(写真は全て2025年にKrairerk Klaysikaew氏撮影)

バンタットン通り(バンコク,大人気の夜のグルメストリート)

バンタットン通り(バンコク,大人気の夜のグルメストリート)

ワット・プラガーム(時の門)-アユタヤ

ワット・プラガーム(時の門)- アユタヤ

ワットシースパン(銀の寺)

ワットシースパン(銀の寺)- チェンマイ

1 外務省:タイ王国基礎データ、https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/thailand/data.html、2026.3.21閲覧.
2 川原岳:タイ観光業について、ぶぎんレポート No.302 2025 年 10月号、pp.32-35、2025.
3 KLAYSIKAEW Krairerk:タイにおける観光政策の変遷に関する研究、東洋大学大学院紀要、Vol.50、pp.63-78、2014.
4 日本経済新聞:タイ観光業、中国人客3割減の打撃 タイ・エアアジアはインドへ増便、2026/01/19.
5 やまとごころ.jp:2025年訪タイ外国人前年比7.2%減の3300万人、中国3割減が打撃。支出は増加傾向、https://yamatogokoro.jp/inbound_data/59055/、2026.3.21閲覧.
6 タイ国政府観光庁ニュース(TATNewsthai.org):Economic news,April 3, 2026.
7 タイ国政府観光庁ニュース(TATNewsthai.org):Event News,March 30, 2026.
8 Dr. Wassana PONGSAPAN, Community-based Tourism (CBT) development under the role of DASTA、第6回日タイ観光ワーキンググループ発表資料(運輸総合研究所)、2026.2.13.
9 後藤伸一:観光のチカラで復活した無形文化遺産「ナン・ヤイ」に学ぶ、観光文化、Vol.268、pp.45-48、2026.
10 川口雪衣:タイ・プーケットにおける災害に対する取り組み、 観光文化、Vol.268、pp.40-44、2026.

書誌情報
古屋秀樹, Krairerk Klaysikaew《総説》「タイにおける観光の現状と近年の取り組み」『アジア・マップ:アジア・日本研究Webマガジン』Vol.4, TH.1.01(2026年7月1日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol04/thailand/country01/