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2024.02.22

【レポート】「東アジアの原子力安全とガバナンス構築(Nuclear Power Safety and Governance in East Asia)」 出版記念のシンポジウムを開催しました(共催:立命館大学アジア・日本研究所と東アジア環境政策研究会)

●シンポジウム開催背景と目的

 世界の総発電量に占める原発の割合は、ピーク時(1995年)に17.6%に達した後、2010年に12.8%、2021年に9.8%へと減少した。しかしながら、今世紀半ばまでのカーボンニュートラルの達成という気候目標が世界的合意となると、原発が非炭素エネルギーのオプションとして再び注目を集めるようになった。

 原発は、日中韓でも重要電源の1つとして位置づけられている。2023年1月末時点で稼働・建設・計画中の原発を合計すると、この地域では将来的に総計165基 の原発が稼働する見通しとなる。これは世界全体の原発の約3割にあたり、東アジア地域は世界で最も原発密度が高くなる。東アジアで、重大事故が起きれば事故当事国は言うまでもなく隣国にも深刻な被害を与える可能性がある。

 しかし、域内の原発安全基準の共通化(Harmonization)など原子力リスク低減のための国境を越えた共同の取り組みが進んでいる欧州とは異なり、東アジアでは原発安全について自国内の取り組みにとどまっており、相互協力や安全基準の相互評価など域内の原子力安全に関する取り組みは乏しい状況にある。

 そこで、東アジア地域で原発リスクから安全な社会に向かうためには、原発事故のデータ分析、域内レベルでの安全基準の相互評価と世界的に信頼される規制制度の整備、域内リスクコミュニケーションの制度化、そしてこれらを可能にする原子力安全ガバナンスの構築を不可欠なものとして、科研(基盤研究(B)課題番号:21H03678」の成果である著書「Nuclear Power Safety and Governance in East Asia」 の出版記念を兼ねて、2024年1月26日(金)に、立命館大学アジア・日本研究所と東アジア環境政策研究会の共催で、以下のように本シンポジウムを開催する運びとなりました。

 本シンポジウムは、科学研究費(基盤研究(B)(研究代表:李秀澈)及び立命館大学アジア・日本研究所助成プロジェクト(研究代表:周瑋生)の支援を受けていた。

 また、本シンポジウムは、原発のエネルギー源としての是非や価値判断は一切行わない。

●開会の辞

 司会進行は、陳禮俊教授(山口大学)が務め、初めに本出版記念シンポジウムの主催者代表として、立命館大学アジア・日本研究所小杉泰所長より開会の辞を述べられました。

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開会挨拶を行う小杉泰所長(立命館大学アジア・日本研究所)

 小杉泰所長は、現在、原子力発電の建設及び計画中のものがすべて稼働する場合には,2030年には約110基を超え、世界最大な原発保有国になる見通しであり、原発の安全保障は一国の問題だけではなく、国際的な問題でもあり、国際的なガバナンス構築は緊急に求められると述べました。そのうえ、現代生活のためにエネルギーを確保することと、環境問題への対応や安全性の問題は、両立がむずかしいが、その問題を解決することが、今日の重大問題であり、その面で今回の出版が大きな貢献をなすであろうと述べました。最後に、本出版記念会開催に協力いただいた方々に感謝の意を表し、科学的・学術的な研究成果に基づく本シンポジウムへのお祝いの言葉と会場とオンラインで参加した皆様と、また出版を機に、本日の素晴らしいシンポジウムの企画がなされたことは嬉しい限りで、本シンポジウムの準備と実現に貢献したすべての皆様にもお礼の言葉を送りました。

 続いて、科学研究費補助金(基盤研究(B)課題番号:21H03678)研究代表の李秀澈教授(名城大学)より本シンポジウムの背景と目的について述べました。

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本シンポジウムの趣旨説明を行う李秀澈教授(名城大学)

 李秀澈教授は、東アジア環境政策研究会は、今から約20年前に日本の大学で、東アジアの環境エネルギー問題に興味を持つ研究者を中心に結成され、これまでに5回にわたる日本学術振興会の支援を受けて、東アジアの持続可能な未来のための環境エネルギー関連制度の設計と政策協力の方向性に関する研究を行ってきたと述べました。現在は、日本だけでなく、韓国、中国、台湾、イギリス、オランダなどの研究者を含む約30名の研究者が共同で研究を行っており、本日はその研究成果の結実である英語書籍の出版を記念して立命館大学と共同でシンポジウムを開催することで、より深い研究討論が行われるようになったことを、非常に意義深く思いますと述べました。日中韓は、福島原子力発電所事故以降、原子力安全基準を強化するための努力をしてきたことは事実ですが、まだ国民の信頼を十分に得ることができるレベルとは言えない状況であり、東アジア地域が原子力のリスクから安全な社会を目指すためには、原子力安全基準に対する相互検証、世界で信頼できる規制制度の整備、域内リスクコミュニケーションの制度化、これを可能にする原子力安全ガバナンスの構築が不可欠であると述べました。

●第1部「東アジアの原子力リスクと安全基準」

 第1部においては、周 瑋生教授(立命館大学)、李秀澈教授(名城大学)、何彦旻准教授(追手門学院大学)が「東アジアの原子力リスクと安全基準」というテーマで講演を行いました。

・立命館大学 周瑋生教授「日中韓の原子力発電の事故事象分析」

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報告を行う周瑋生教授(立命館大学)

 周瑋生先生は、今回出版した著書の第1章の日中韓における原子力発電事故事象を分析した内容のうち、中国を中心とした日中韓の比較分析した内容について発表しました。原発の安全保障とガバナンス構築をはかるには、まずはこれまでの原発事故事象(トラブル)の原因分析が必要不可欠である。講演では、原子力発電事故事象の全体像を述べてうえで、原子力発電事故事象を機種別、年代別、国別と原因別で分析しました。日中韓における原発事故事象が起こった共通点とは、まず、①原発の事故・事象・トラブルの発生件数は初期段階に集中していたこと、次に、②原因別 機種別の1基当たりトラブル数の推移から見れば3国で次世代型原発は設備の安全性が大幅に高めている。最後に③日中韓3国のトラブル報告件数を稼働年数別で比較すると、原発の事故・事象・トラブルの発生件数の推移は「バスタブ曲線」のように変化していくと述べました。一方、相違点については、①日本ではほかの原因により保守不良による原発トラブルがやや高く、原発の保守不良は原発の保守段階で発生したもので、ヒューマンエラーの1つと考えられると述べました。また、中国では人為的な操作ミスによるトラブルが第1位ですが、韓国も中国と同じで操作ミスが良く発生しており、設計不良による事故事象も少なくないと述べました。

・名城大学 李秀澈教授「日中韓の原子力発電事故時の放射性物質拡散と被害推定」

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報告を行う李秀澈 教授(名城大学)

 李秀澈先生は、日中韓の原発で重大事故が起きた場合の同地域での放射性物質被害をYUSPLITモデルで推定し、その結果を発表しました。シミュレーション方法としては日中韓で2基ずつ仮想事故シミュレーション対象の原発を選択してORIGEN2モデルを活用し、重大事故(国際原子力事象評価尺度レベル7を想定)が起きた場合、放射性物質の放出量を測定し、そのうえHYSPLITモデルを用いて、放射性物質の拡散分布をシミュレーションしたと言いました。分析結果、近年、日中韓を中心とする東アジアでは、原発の新増設が続いている中、老朽化も進んでおり、万が一重大事故が起これば、事故当事国はもちろん、隣国へも放射性物質被害が甚大になる可能性が確認されたと述べました。本研究では、原発1基当たり2021年の毎月1日午前零時の気象条件のみ想定して放射性物質拡散シミュレーションを行ったが、気象条件如何によって、本研究シミュレーション以上の被害が出される可能性があり、日中韓で原子力リスクから安全な社会に向かうためには、原子力安全基準に対する相互検証、世界で信頼できる規制制度の整備、域内リスクコミュニケーションの制度化、これを可能にする原子力安全ガバナンスの構築が喫緊の課題であるとのことです。

・追手門学院大学 何彦旻准教授「東アジアにおける原子力安全基準の共通化に向けた障害要因と課題」

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報告を行う何彦旻准教授(追手門学院大学)

 何彦旻先生は、今回の発表においてWENRA(欧州における原子力安全基準の共通化:情報共有,共通のSRLsの導入,ピアレビュー)の経験は、東アジアにおける原子力安全基準のハーモナイゼーションを促進するための適用可能性と、この適用が東アジアの文脈で可能だとすれば、具体的にどのような手段や方法を採用できるかという2つ問いを設定し、次のような結論が導かれると述べました。東アジアにおける原子力安全の地域協力のための戦略的アプローチとして、①専門家が合意できる共通関心のある主要な安全性課題を特定すること、②原子力安全規制機関同士の強固なネットワーク(TRM Plus)を育成することと、重要な安全性課題に関する情報交換を促進する。③合意できる共通の関心事項の特定分野における作業グループを設置し、規制基準の部分的なハーモナイゼーションから包括的ハーモナイゼーションへと取り組んでいくという3つのステップを提案することであると述べました。

●第2部「東アジアの原子力規制機関と原子力安全体制」

 ・ソウル大学環境計画研究所 崔鐘敏先任研究員
「韓国の原子力規制機関の独立性と透明性に関する考察」

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発表を行う崔鐘敏研究員(ソウル大学・環境計画研究所先任研究員)

 ソウル大学の崔鐘敏先任研究員は、福島原発事故、韓国国民の原子力安全に関する関心や不安が募る中で、原子力安全に関する規制機関の適切な規制の施行が重要であり、ここで、各国の原子力規制機関に対して、「独立性」と意思決定等に関する「透明性」等を強調している「IAEA」が定める独立性と透明性に関する基準を基に、韓国原子力安全委員会を評価したと述べました。評価分析をした結果、原子力安全規制の改善がすべきであるとして①政治的な意味での独立性は十分とは言えず、改善の必要性がある。②委員の専門性や、非常勤委員が多数であることなど、力量側面においても不十分であることが確認できる。③組織規模が小さく関連予算規模も小さいので、十分な安全規制が行われない一つの要因になっているとしました。そのうえ、利害関係者、特に住民との疎通が不十分かつ透明的ではないとの世論と、政策の一貫性が保証されるとは限らないこと、会議と会議録などのすべての議論が公開されるべきであり、原子力安全のためには隣国との情報共有等の協力体系強化が必要であると述べました。

・龍谷大学 大島堅一教授「日中韓の原子力規制機関の独立性に関する比較考察」

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報告を行う大島堅一教授(龍谷大学)

 大島堅一先生は、東アジア3カ国は原子力を発電用途に使用し、原子力安全協力体制構築にあたっての基盤的研究であるが、この地域は政治体制、統治機構、原子力開発の発展段階が異なるため、比較が困難であることを前提とした上で、本研究では原子力規制機関の独立性を軸に比較・考察したと述べました。結論として、IAEA安全基準に照らすと、東アジアの3国は、規制機関の独立性について改善の余地がありますが、ただし、次の点は留意すべきであると述べました。まず、各国の原子力規制機関についてIAEA安全基準にある「独立性」に即しての評価にすぎない。そして、国の原子力の安全性の比較を行ったわけではなく、原子力規制機関によるものだけで原子力の安全が確保されるわけではないと述べました。

・名古屋商科大学 柳蕙琳准教授「東アジアにおける原子力安全社会に向けた原子力安全体制構築」

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発表を行う柳蕙琳准教授(名古屋商科大学)

 柳蕙琳先生は、現在、ヨーロッパにおいては17カ国の原子力規制機関による「ストレステスト(Stress Test)」を実施するなど、福島原発事故における相互協調による効率的な対応ができますが、日中韓においては、原子力安全上級規制者会合、アジア原子力安全ネットワークといった原子力安全関連組織が存在しているものの、東アジアの国家間の実質的な協調が不在(特に、情報共有の不在)していると述べました。そこで、①東アジアの原子力安全組織によって形成された原子力システムが効率的に作動しているかについて、また、②原子力安全分野で国家間の協調を可能にする多層的ガバナンスが東アジアに存在しているか(ヨーロッパとの比較を通じて分析)について分析をしたと述べました。結論として、①効果的な原子力安全ガバナンスのための3つの条件を満たす単一組織は、欧州にも東アジアにも存在しない。②欧州の効果的に作動する原子力安全ガバナンスは、一つの完璧な組織ではなく異なる機能を持つ原子力安全組織間の統合かつ補完的な関係によって確立・強化されたと述べました。また、③逆に、東アジアは、原子力安全組織間の関係の断絶により、効果的な原子力安全ガバナンスを形成する上で制度的な面で妨害要素が存在し、著しい進展が見られない要因となっているとした上で、政策提言として、①東アジアにおける効果的な原子力安全ガバナンスを構築するには、現在の断絶した組織間の関係を結び、原子力安全組織の相互作用を強化する必要があり、②共通化された原子力安全基準を提示できる組織が必要であると述べました。

●パネルディスカッション

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・座長:藤川清史 愛知学院大学教授
・パネリスト:鈴木達治郎 長崎大学教授、趙容成 高麗大学教授、
尹順眞 ソウル大学教授、周瑋生 立命館大学教授、李秀澈 名城大学教授

各発表については次の提言をいただきました。

・鈴木達治郎 長崎大学教授(オンライン参加)

 北東アジア原子力安全ガバナンスの向上にむけては、社会的信頼向上が不可欠であり、社会的信頼を回復させるためには、次の3つの施策は必要であると述べました。①透明性向上と完全な情報公開(必要な情報へのアクセス)、②意思決定過程における住民参加と、③規制機関や行政府に対する「独立した監視」機関が必要があるとのです。 そして、北東アジア原子力安全ガバナンス向上に向けて、①国際・地域協力は以上の条件を満たせれば信頼性向上に貢献できますし、また貢献すべきであると同時に、②原子力の賛成・反対の立場をとらない「原子力安全性地域フォーラム」(仮称)のような地域での情報共有、対話、信頼醸成の場が必要政府規制機関、学会、NGO、地域住民等が安全問題について率直に語り合う場を設けることであると述べました。

・趙容成 高麗大学教授(オンライン参加)

 趙容成先生は、福島原発処理水の放流に対する韓国政府の対応事例について紹介した上で、示唆点として、次の福島原発処理水放流は今後の数十年間続けるはずであり、これによる直間接的影響による韓・中との葛藤はいつでも発生することができるのと述べました。 また、今後、発生可能な状況に対して予防的な対応措置を積極的に把握・推進しなければならないと述べました。

・尹順眞 ソウル大学教授(オンライン参加)

 尹順眞先生からは次のコメントをいただきました。発表者が述べたように、東アジアは世界でも有数の原発密集地域で、この地域で原発を安全に運転することは、東アジア地域の平和はもとより、世界平和にもつながります。原発の安全な運転と管理は、原発に対する賛成・反対の有無に関係なく、すべての人々の安全な生活のためには必ず維持する必要があると述べました。また、何よりも重要なことは、情報の透明な公開と共有、相互検証の機会の提供、十分な安全措置の確認であると述べました。そして、世界中で再生可能エネルギーが急速に拡大し、IEAによれば、2050年には発電量の90%が再生可能エネルギーから来ると予想されますので、このような状況下で、技術的特性の異なる原発と再生可能エネルギー発電からの電力によって引き起こされる送電網の運用の問題は、3カ国が共通に直面する問題でもあり、お互いに送電網の運用ノウハウを共有することも協力可能な分野になると述べました。

 パネルディスカッションが終わった後、本出版記念のシンポジウム開催に協力いただいた方々と会場に参加した皆様と記念写真を撮りました。また、本著書の共同執筆者の李態妍教授(龍谷大学)と羅星仁教授(広島修道大学)も参加されました。

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立命館低炭素戦略研究会事務局 千 暻娥、李 游