『アジアと日本 ことばの旅』(研究者エッセイ・シリーズ)連載一覧
第13回 コロナ禍で生まれたキャッチフレーズ(インドネシア、インドネシア語)
足立真理(立命館大学衣笠総合研究機構 専門研究員)
2020年、新型コロナウイルスの登場によって、世界はパンデミックに見舞われた。この新しい感染症に対して、有効なワクチンが開発されるまでは、どうやってこの感染症が広まるのかを周知・啓発し、個人の行動変容を促すことが、政府や行政のできる最低限の対策だった。
例えば「ソーシャル・ディスタンス」(社会的距離)や「ステイホーム」(家にいよう)など、人流を抑制するための言葉が、英語圏を中心に啓蒙的に広まり、日本でも新出の外来語として多用された。日本独自の造語としても、「三密(密集、密接、密閉)」というキャッチーなキーワードを作り、それを回避するように政府や行政が国民にお願いしていたのは記憶にあるだろう。これは英語圏に逆輸入され、「密室(closed spaces)」、「密集(crowded places)」、「密接(close-contact settings)」の頭文字をとって”Three Cs”と訳された。
私の研究するインドネシアでも、国民へのわかりやすい啓発活動のため、キャッチフレーズが発明された。インドネシア・ウラマー評議会の議長であり、当時国内最大のイスラーム社会組織ナフダトゥル・ウラマーの最高指導者でもあった副大統領マアルフ・アミンは2020年4月16日、オンラインでの「国家の安全のためのドア(祈禱)とズィクル(アッラーの御名の唱念/連禱)」会において、「イマン(信仰: Iman)、イミュン(免疫: Imun)、アマン(安全: Aman)、アミン(祈り: Amin)」という四つの実践を行うことによりコロナと戦うことができると述べた。この祈禱会の模様は、インドネシアのイスラーム系新聞社では最大手とされる日刊紙『レプブリカ(Repbulika)』などで多く報道され、私も知るところとなった。
オンライン登壇する副大統領マアルフ・アミンの姿を伝える副大統領オフィスのニュース(2020年4月20日付)<https://www.wapresri.go.id/lawan-covid-19-dengan-menerapkan-iman-imun-aman-dan-amin/>
まず「信仰」は、この疫病がうまく退散できると信じること。「免疫」は、健康を維持し、ビタミンを摂取し、定期的な運動を行うこと。「安全」は、人々との社会的な距離を保ち、衛生状態を保ち、混雑した場所に集まらないようにすることだという。そして最後の「祈り」は、それら三つを実践したうえで、後はアッラーに祈りを捧げることだという。日本風に言えば、神頼みというより人事を尽くして天命を待つ、といったところだろうか。副大統領は、これらの政府のアドバイスに従って国民全員が四つの実践を協力しておこなうことによってコロナに対抗することができると強調した。短く覚えやすく、押韻によりリズムを作ることで記憶に残りやすい。この言葉をもってして、コロナ禍における重要事項を分かりやすく啓発しようと試みたのである。
この新しいキャッチーな標語からは、二つの特徴が見て取れる。一つ目は、信仰の重要さである。国是であるパンチャシラの第一項にも「唯一信への信仰(Ketuhanan Yang Maha Esa)」が挙げられるように、この国において神を信じることは重要な原則である。国民の休日にも宗教上の祝祭日が多い――もちろんイスラームだけでなくキリスト教や仏教、ヒンドゥー教なども含む――ことから、この国における信仰の重要さがわかるだろう。
二つ目は、インドネシア語の外来語の借用の多さという特徴である。例えば第一のIman(信仰)に関しては、同じく信仰という意味のイーマーン(īmān)というアラビア語が語源であり、Imun(免疫)に関しては、英語の免疫immunityが語源である。Aman(安全)は安全という意味のアマーン(amān)というアラビア語が語源である。最後のAmin(祈り)に関しても、インドネシア大辞典(KBBI)によると、「受け入れる、認める、そうする(祈りの最中、または最後に締めくくりでいう)」とある。キリスト教英語圏で「アーメン」とお祈りするのと同義である。
外来語の借用の多さについては、インドネシア語の特徴の一つであり、重要な抽象概念や日常語の中にサンスクリット(kata「言葉」、agama「宗教」、negara「国家」、gula「砂糖」、suka「好き」など)やアラビア語(awal<awwal「始まり」、adil<ʻadl「正義」、hadir<ḥaḍara「出席する」など)からの借用語が多く含まれていることがわかる。旧宗主国のオランダ語からは日常語になった単語(koran<krant「新聞」、kantor<kantoor「オフィス」)が多いのも特徴である。近年ではcontribusi<contribution「貢献」やekonomi<economy「経済」など、毎年多くの英語からの新しい借用語も増えている。
これは、インドネシアの歴史が、海を通じて仏教文化、ヒンドゥー文化、イスラーム文化、また植民地支配を受けた時代には宗主国オランダをはじめとする西欧諸国の文化による影響を受け続けたことも一因であるといわれる。総じて、インドネシア語は外来語を取り入れる力が強いといってもいい。
借用語といっても英語の単語がそのまま使われるわけではなく、インドネシア語風に消化されて使われることが多い。例えばアラビア語の長母音は、インドネシア語化されたときに消滅するため、伸ばして読まない。ウラマーはウラマ、イーマーンはイマンとなる。またdiscussionの語末のsionは、siになる。これはオランダ語の影響を受けたインドネシア語の接尾辞である。Significantの語末のtは、インドネシア語になるとsignifikasiとなり消えてしまうが、その理由は語末に子音連続が認められないインドネシア語の特徴によるものである。ちなみに語末でない場合は、struktur(構造)のように外来語の連続子音はそのまま使われることもある。
このように借用語が多いという点では、インドネシア語もまた日本語と変わるところがない。様々な外来語を借りることでインドネシア語の語彙は多くの文化や概念を受け入れ、豊かになっている。「多様性の中の統一(Bhinneka Tunggal Ika)」をスローガンとするインドネシアは、日々新しく変わり続けることばの上でも絶妙なバランス感覚を有しているのだろう。
スラーム団体が運営する孤児院で日本語を教える筆者
足立 真理(あだち・まり)
立命館大学衣笠総合研究機構専門研究員。地域研究博士(京都大学)。専門は地域研究、東南アジア研究、イスラーム経済。最近の著作に『イスラームの慈善の論理と社会福祉:現代インドネシアにおけるザカートの革新と地域の主体』(明石書店、2025年)、「格差是正の処方箋:定めの喜捨ザカートの発展(28章)」(西尾哲夫・東長靖編『中東・イスラーム世界への30の扉』ミネルヴァ書房、2021年)、“Discourses of Institutionalization of Zakat Management System in Contemporary Indonesia: Effect of the Revitalization of Islamic Economics”(International Journal of Zakat, Vol. 3, pp.23-35, 2018)など。