『アジアと日本 食と味覚の旅』(研究者エッセイ・シリーズ)連載一覧
第9回 「インドといえばカレー」?(インド)
「インドといえばカレー」?
「インドといえばカレー」というのは、日本では実によく知られた表現だろう。だが、「カレー」(curry)という言葉はそもそも英語であり、日本で流通しているいわゆる小麦粉でとろみをつけた
スパイス
インド料理は、多種多様なスパイスが決め手であり、それこそが最大の特徴であろう。スパイスは、数あるインドの言語のひとつであるヒンディー語で「マサラ」と呼ばれる。一般家庭の台所であればどこに行っても、必ず様々なマサラが常備されている。これらは毎度の食事だけでなく、「アチャール」というピクルスを漬けるのにも欠かせないし、ほっと一息つく際の紅茶に入れることもある。だから、もし私たちがスパイスをふんだんに使った料理を「カレー」と呼び、インド人の食生活にスパイスは必需品であるという意味で「インド人は毎日カレーを食べている」というのなら、たしかに論理的におかしくはないかもしれない(むろん語弊がある可能性は否定できないが)。
クミン(cumin)、アジュワーイーン(ajwain)、ターメリック(turmeric)、コリアンダー(coriander)、クローブ(clove)、カルダモン(caldamon)、シナモン(cinammon)、マスタードシード(mastard seed)、ガラムマサラ(garam masala)……。これらは日々の料理を「インド」風味にする役者たちのごく一部である。日本でもなじみがあるのは、ターメリック(ウコン)やコリアンダー、シナモンあたりだろう。コリアンダーの葉は日本で「パクチー」として売られているのを見かけるが、インドでは葉と種子の両方を使用するのが一般的である。ガラムマサラは様々なスパイスを調合した、いわばマサラのミックスである。
食事の用意以外にも、カルダモンやシナモンは紅茶(チャイ)を作るのに、ターメリックは風邪の際に牛乳に混ぜて飲むのに使われる。日本では「アジョワン」と知られるアジュワーイーンは、クミンよりもかなり小さく、ほんのり苦みのあるスパイスである。今はめっきり減ったとされるが、熱した布に包んで風邪を引いた子どもの胸に押し付けるという伝統療法においては重宝されてきた。
ヴェジ(菜食)とノンヴェジ(非菜食)
インドで一般の人びとが普段口にする料理の一つに、ダール(Dal)がある。これは、挽いたレンズ豆をターメリックやコリアンダーなどを入れて煮立てたスープのようなものであり、ご飯やローティー(平べったいパン)とともに食べる。ただし、インドの料理は地域ごとに非常に大きく異なり、それはダールについても同様である。写真1は、南インドのレストランで提供されている朝食である。米と豆から作られたドーサと呼ばれるものに、白、赤、緑と色とりどりのペーストを付けながら食べる。一般的に、白はココナッツ、赤は赤唐辛子、緑は青唐辛子あるいはミント、コリアンダーから成る。
写真1 ドーサと各種ペースト。ドーサの上に見えるのはサンバルというスープ状の一品(2012年、南インド)
インドはまた宗教色豊かな国であり、ヒンドゥー教徒(以下ヒンドゥー)、イスラーム教徒(以下ムスリム)、ジャイナ教徒、キリスト教徒、仏教徒、スィク教徒などが共生する。宗教の差異は料理にも反映され、たとえば一部のヒンドゥーのなかには、肉や魚はもちろん時には卵も一切口にしない菜食主義者(ヴェジタリアン)と呼ばれる人びとがおり、彼らの食事は基本的に豆や野菜、乳製品から作られる。日本人からすれば、肉や魚なしではメニューが変わり映えがしないのではと思われるかもしれないが、実のところ、スパイスを駆使することで野菜だけでも十分にヴァラエティ豊かで美味しい一品が仕上がる。写真2は原料を大豆とする、ソーヤ・チャープというヴェジタリアン料理である。一般家庭ではなく、外食の機会にレストランなどで口にすることができる。
写真2 ソーヤ・チャープ。ぱらぱらと振りかけられた緑の葉はコリアンダーである(2024年、マディヤ・プラデーシュ州)
「だけじゃない」インド料理
一方で、ヒンドゥーの人びととは異なり、ムスリムのほとんどは肉や魚を日常的に摂取するが、肉についてはイスラーム法(シャリーア)の規定に従い屠畜されたものに限られる。肉として食されるのは主に、水牛、鶏、山羊、羊、牛であるが、牛はインドの人口の多くを擁するヒンドゥー教で禁忌とみなされているため、現在では一部の地域を除き入手が難しいとされる。また特定の地域では、以前はラクダも食されていた。写真3は、北西インドでの調査でお世話になったNGO(民間組織)の職員(ムスリム)が用意してくれた食事である。右上が鶏肉、その付近がダール、左上が野菜を使った料理である。
写真3 ゲスト用にこしらえられた食事。半月型にたたまれたローティー、ダール、鶏肉料理、野菜料理、生野菜等から成る(2019年、ラージャスターン州)
さらに、日本のインド料理屋ではあまり見かけないが、インドには中華料理の影響を受けた「インド中華」なるメニューが、特にレストランで豊富にある。チャーハンはもとより、チョウミン(炒麺)、ジャガイモに唐辛子を加えて炒めたチリ・ポテト、モモという名の小籠包などは、日本人にもどこか馴染みのある味かと思われる。
このように、インド料理はスパイスを軸として、その絶妙な組み合わせを通じて食べる者の舌をとらえる。どのスパイスをどのように使うか、そしてどんな食材に使用するかは、地域や宗教、その他多様な文化的・歴史的背景によりこれまた様々である。インド料理を口にすることで、インドならではの豊かな文脈に少しでも想いを馳せることができるのではないだろうか。
【謝辞】
本エッセイに使用したプロフィール写真、写真2と3については、次の科研費の助成を得て行った調査を通じたものです:JSPS科研費 JP19K13459、JP23KJ0232。
心より感謝申し上げます。
増木優衣(ますき・ゆい)
京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科特任助教。専門は文化人類学、南アジア地域研究。主な著作に、『ヴァールミーキはどこへ行けばよいのか:現代インドの清掃人カースト差別と公衆衛生の民族誌』(春風社、2023年)、「サニテーション労働とカースト・インドの事例から」(中尾世治・牛島健編『社会・文化からみたサニテーション』北海道大学出版会、2023年)、“Ideas and Practices for Restoring the Humanity of Sanitation Workers in India" (T. Yamauchi, S. Nakao, and H. Harada eds., The Sanitation Triangle: Socio-Culture, Health and Materials, Springer Singapore, 2022)など。