『アジアと日本 食と味覚の旅』(研究者エッセイ・シリーズ)連載一覧

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第11回 韓国料理? それとも朝鮮族料理?(中国)

李娜先生のお写真

李娜(立命館アジア太平洋大学言語教育センター 嘱託講師)

多民族の共居が形づくった延辺

 延辺朝鮮族自治州(以下、延辺)は、中国東北部に位置し、ロシアや北朝鮮、日本海にも近い東北アジアの国境地域である。同時にここは、中国で唯一、朝鮮族を主体とする自治州でもある。延辺に暮らす朝鮮族の多くは、19世紀半ばから1940年代にかけて、朝鮮半島からこの地へと移り住んできた人びとの子孫である。彼らは、言語や文字、生活習慣といった文化を携え、新たな土地で暮らしを築いてきた。

 その後、延辺では百年以上にわたり、漢族や満族をはじめとするさまざまな民族が共に生活し、土地を切り開いてきた。朝鮮族の人びとは、自らの文化を大切にしながらも、周囲との交流を通じて影響を受け合い、この地域ならではの生活文化を少しずつ形づくっていったのである。

 こうした長い共居と相互作用の積み重ねによって、延辺は多民族の文化が幾重にも重なり合う、独特の生活空間となっている。その多様性は、街を歩けば自然と感じ取ることができる。朝鮮語と中国語が並ぶ看板や、さまざまな民族の食文化が共存する飲食店の風景は、延辺という場所がもつ多層的な文化のあり方を、日常の中で静かに映し出している。

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朝鮮語、中国語が並ぶ看板(中国延辺朝鮮族自治州延吉市、2018年7月23日)

朝鮮族料理は「韓国料理」なのか

 こうした背景をもつ延辺では、朝鮮族をはじめとする多様な食の体験に出会うことができる。そのなかでも、とりわけ強い存在感を放っているのが、朝鮮族の料理である。延辺を訪れる理由として朝鮮族の食を挙げる人も多く、コロナ禍で海外渡航が難しかった時期には、中国国内で「韓国に行けないなら延辺を楽しもう!」という動きが広がったこともあった。

 一方、中国において朝鮮族の食文化は、しばしば「韓国料理の流れをくむもの」として、単線的に理解されがちである。しかし、実際の食卓はそれほど単純ではない。朝鮮半島からの移住の歴史、中国東北部の厳しい自然環境や生活条件、漢族や満族をはじめとする他民族との日常的な交流、さらには時代とともに変化する嗜好やライフスタイル──こうした多様な要素が重なり合うなかで、朝鮮族の食文化そのものも、少しずつ形を変えてきたのである。

延辺冷麺

 その代表的な例としてよく挙げられるのが、冷麺である。観光案内では「朝鮮族の伝統料理」として紹介されることが多いが、延辺の冷麺は、20世紀以降、この地域の生活条件のなかで独自に育ってきた料理だ。いわば、延辺という土地で暮らす朝鮮族たちの日常の中から生まれ、磨かれてきた味である。

 延辺冷麺の特徴を語るうえで欠かせないのが、スープに使われる「延辺黄牛」だ。濃厚でコクがありながら、どこかスッとした喉ごしのスープは、この牛の存在によって支えられている。延辺は延辺黄牛の原産地である。清代以降、朝鮮半島・咸鏡北道の東海岸地域から導入された朝鮮牛が、長い年月をかけて飼育・改良され、地域の自然環境に適応した肉牛として定着してきた。その歴史が、冷麺の一杯のスープの中にも息づいているのである。

 また、麺に使われるドングリ粉も、延辺の自然環境と深く結びついた素材である。さらに、スープを煮込む際に用いられる陳皮や桂皮、八角といった香辛料は、中国では一般的だが、朝鮮半島の冷麺ではほとんど見られないものだ。こうした調味の選択ひとつをとっても、延辺冷麺が単に「持ち込まれた民族料理」ではなく、暮らしの中で組み替えられ、再構築されてきた地域の料理であることがわかる。

 味わいをさらに特徴づけているのが、鶏肉団子の存在である。加えて、冷麺は鍋包肉(ゴーボーロー、中国東北地方に由来する甘酢味の豚肉料理)と一緒に食べられることも多い。甘酸っぱい豚肉のコクが、冷麺のさっぱりとした清涼感を引き立て、互いの味を引き出し合う。こうした異なる料理体系の組み合わせは、延辺の食文化が長年の生活の中で育んできた柔軟さと包容力をよく表している。

 住民の語りのなかで、延辺冷麺はしばしば「韓国とも北朝鮮とも違う、延辺ならではの味」と表現される。それは単なる好みの問題ではなく、この土地で生きてきた人びとの歴史や経験が、味覚として共有されているからだろう。食が地域の記憶と結びつき、民族の枠を超ええて共有されていく――そのプロセスが、一杯の冷麺の中に凝縮されている。

 こうした独自性を前面に押し出すかたちで、観光が本格的に進展し始めた2015年以降、「延辺冷麺」という呼び名が積極的に使われるようになった。現在では、韓国や日本でも、冷麺の一つのスタイルとして徐々に知られる存在になりつつある。

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延辺の店の冷麺。鍋包肉とセットで食べるのが定番(中国延辺朝鮮族自治州延吉市、2017年8月11日)

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東京新大久保の延辺料理店の冷麺。麺の色が延辺現地のより薄い以外、ほぼ完璧に再現されている(東京、2025年11月24日)

変わり続ける伝統としての朝鮮族料理

 朝鮮族の食文化を見ていくと、家庭で食べる食事と、外で食べる食事とでは、はっきりと異なる様相が見えてくる。家庭の食卓では、キムチやチゲを中心とした料理が今も日常的で、昔ながらの食習慣が比較的よく受け継がれている一方、外食の場では、炒め物を中心とした大皿料理を囲む、中国東北部らしい食卓スタイルもごく自然なものとして定着している。

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春節(旧正月)における朝鮮族家庭の食卓(中国延辺朝鮮族自治州延吉市、2016年2月7日)

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延辺における外食の会食場面の食卓(中国延辺朝鮮族⾃治州延吉市、2019年8⽉21⽇)

 こうした二つの顔は、都市部のレストランの風景にもよく表れている。「伝統的な朝鮮族料理」を掲げる店に加え、タッカルビなどの現代的な韓国風の店、中国料理を前面に出した店が、同じ通りに並んで存在していることも珍しくない。日本において延辺冷麺を提供する延辺料理店が、「延辺特色料理」に加えて「東北料理」や「四川料理」を併せて提供しているのは、こうした延辺の食のあり方をそのまま映し出しているといえる。

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2001年から営業する東京新大久保の延辺料理店、2010年は御徒町店も開店(東京、左2021年12月30日・右2025年11月24日)

 このように、朝鮮族の料理は、固定された「伝統料理」として存在しているわけではない。厳しい寒冷地で生き抜くための工夫、移住者たちが受け継いできた味の記憶、他民族との日常的な交流、そして時代ごとに変化する価値観――それらが重なり合うなかで、朝鮮族の食文化は常に姿を変え続けてきた。変わり続けてきたからこそ、この料理は今もなお、延辺という地域を代表する食として、人びとの暮らしの中に根を張り続けているのである。

(2026年1月13日)
〈プロフィール〉
李娜(り・な)
立命館アジア太平洋大学言語教育センター嘱託講師。観光学博士(立教大学)。専門は観光学、食文化研究、言語教育。最近は、観光や食を通じて、言語教育を現地での経験や実践的な学びと結びつける研究を行っている。中国語教育を中心に、グローバル・ラーニングの視点から教材開発や教育実践に取り組んでいる。『APU 中国語Ⅳ(A)(B)コースパック教材(中級中国語教材・グローバルラーニング)』(立命館アジア太平洋大学、2024)の部分執筆。日本語から中国語への訳書に、『餐桌搭配的美学设计(テーブルコーディネートの発想と技法)』(浜裕子著、軽工業出版社、2025)などがある。