『アジアと日本 食と味覚の旅』(研究者エッセイ・シリーズ)連載一覧

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第14回 東ジャワの牛文化——バッソと牛乳カフェ(インドネシア)

足立真理先生のお写真

足立真理(立命館大学衣笠総合研究機構 専門研究員)

牛肉団子

 私が1年間住んでいたインドネシア、東ジャワの町マランの名物料理といえば、バッソ (bakso; バクソ)とラウォン(rawon: 牛スープ)であった。バッソは、肉団子のことである。インドネシア国内では国民食といってもいいほど、スーパーやフードコートでもよく見られるが、日本ではほとんどお目にかからない。

バッソ(2017年4月26日)

バッソ(2017年4月26日)

揚げバッソ。豆腐など好きな具材を選んでスープ別添えで食べることも(2017年1月10日)

揚げバッソ。豆腐など好きな具材を選んでスープ別添えで食べることも(2017年1月10日)

 日本でも有名なインドネシア料理といえば、たいてい甘辛味で脂っこい。ナシゴレン(焼きめし)やミーゴレン(焼きそば)、サテ・アヤム(焼き鳥)、ルンダン・サピ(牛肉のココナッツスパイス煮込み)など、赤茶色のビジュアルでスパイスの風味が豊かである。

 そんな世界的にも有名になったインドネシア料理たちとは打って変わって、バッソこと肉団子スープは、透明でほとんど香辛料を使用せず、スープの味わいは淡白と言ってもいい。辛い物やスパイス料理も大好きな私だが、胃がつかれたときは好んでこのバッソを食べていた。おでんを感じさせるような優しいだしの味わいは、どこか東アジアらしさを感じてホッとするお味だった。

バッソ屋台:バッソ(肉団子)やワンタン揚げ、春雨や麺、豆腐などを何個入れるか指定し、お会計をする。バッソは肉だけのプレーンなもの、内臓や軟骨入りの歯ごたえのあるものなど選べる(2017年4月26日)。

バッソ屋台:バッソ(肉団子)やワンタン揚げ、春雨や麺、豆腐などを何個入れるか指定し、お会計をする。バッソは肉だけのプレーンなもの、内臓や軟骨入りの歯ごたえのあるものなど選べる(2017年4月26日)。

 マランの名物バッソとラウォン。両者の共通点は、牛肉を使っているところである。東ジャワは国内最大の牛肉畜産地であるから、食文化にもそれが表れているのだろう。私が調査をしていたザカート(イスラームの定めの喜捨)団体でも、バッソ工場を支援するビジネスモデルがあったり、ボランティアの支部長がバッソ屋さんをしたりしていた。

インスタント・バッソ:左下にザカート管理庁マラン支部お墨付きのマークがある(2017年4月26日)

インスタント・バッソ:左下にザカート管理庁マラン支部お墨付きのマークがある(2017年4月26日)

ザカート管理庁マラン支部のボランティアマネージャー手作りバッソ(2017年9月24日)

ザカート管理庁マラン支部のボランティアマネージャー手作りバッソ(2017年9月24日)

流行りの牛乳カフェ

もうひとつ、私がマランにいた2017年当時、若者の間で流行っていたのが牛乳カフェ(warung susu、略してワルスー)である。よくわからないまま友人に連れていってもらうと、メニューには本当に牛乳しかないものだから驚いた(イチゴやチョコなどのフレイバーを付けたり、コーヒー牛乳なども提供される)。しかも、大抵がこじゃれたカフェで若者たちの集まる憩いの場となっていた。

ワルスーの新鮮牛乳(ホット)と焼きとうもろこし(2017年5月22日)

ワルスーの新鮮牛乳(ホット)と焼きとうもろこし(2017年5月22日)

 日本で生乳が身近にある生活が当たり前だった私は「なぜ若者に流行りなのが牛乳屋さん?」と謎であったが、暮らすうちに理由がわかってきた。まずインドネシアの市場やスーパー、コンビニではあまり生乳が売っていない。広く展開している牛乳置き場は、基本冷蔵ではない棚である。つまり長期で常温保存できる UHT(Ultra High Temperature processing) Milk、いわゆるロングライフミルクが広く普及している。これは冷蔵設備の整っていない屋台などでも取り扱うことができる。高級スーパーなどでは冷蔵の生乳(susu segar)も売られるが、お高いため取り扱いは限られていた。調べてみると、乳牛は暑さに弱いらしく、熱帯気候のインドネシアでは生産地が限られているということだった。加えて冷蔵流通のコストもかかるとなると、国産の生乳がどれほど貴重かわかるだろう。

インドネシア全図とマランの位置(筆者作成)

インドネシア全図とマランの位置(筆者作成)

マランは畜産や酪農が盛んな東ジャワにあり、しかも高地で涼しいため、新鮮な牛乳を楽しめる。もしマランや近隣の観光地バトゥにお越しの方がいれば、ぜひ優しい味わいのバッソや、新鮮な国産ミルクなど牛の食文化を楽しんでほしい。インドネシアの多様な文化の一面が垣間見られることと思う。

(2026年2月3日)
〈プロフィール〉
足立 真理(あだち・まり)
立命館大学衣笠総合研究機構専門研究員。地域研究博士(京都大学)。専門は地域研究、東南アジア研究、イスラーム経済。最近の著作に『イスラームの慈善の論理と社会福祉:現代インドネシアにおけるザカートの革新と地域の主体』(明石書店、2025年)、「格差是正の処方箋:定めの喜捨ザカートの発展(28章)」(西尾哲夫・東長靖編『中東・イスラーム世界への30の扉』ミネルヴァ書房、2021年)、“Discourses of Institutionalization of Zakat Management System in Contemporary Indonesia: Effect of the Revitalization of Islamic Economics”(International Journal of Zakat, Vol. 3, 2018)など。