『アジアと日本 アジア伝統医学の旅』(研究者エッセイ・シリーズ)連載一覧
第4回 お菓子か薬か?――日本最古の医書『医心方』に登場する生薬
島山奈緒子(公益財団法人研医会 研究員)
優しい甘さの中国菓子
2年ほど前、北京のお土産で「茯苓餅」をいただいた。儚く薄い白いおせんべいの間に黄色がかったゼリーが挟まったものだった。食べてみると優しい甘さの不思議な味だったが、知らない味ではないと感じた。私が茯苓を単体で味わったのは2回ほど、それも20年近く前なので「茯苓餅」のなかの茯苓の味をはっきり判別できなかったのは残念なことであったが、どうやら茯苓は薄く儚いおせんべいの方に含まれていたらしい。
茯苓(ぶくりょう)とは「アカマツやクロマツを伐採した後,数年を経て枯れた切り株の周囲の土中、深さ10~30cm位の所の根に付着するマツホド(担子菌)の菌糸が菌核を形成したものである 1」。利尿作用や健胃消化、精神安定の作用があり、今でも多くの漢方薬に使用されている。なぜ生薬がお菓子に使われ、あまつさえお菓子の名前を担っているのか?(写真1)
茯苓餅の製法が初めて見られるのは金の著名な医師であった張子和の著した『儒門事親』であり、後に西太后が食欲不振の際に茯苓餅を献上されて回復したことから家臣に好んで下賜したことで広まり、現在は北京の名物らしい2 。
茯苓餅をくださった方が2026年の5月に福建省の福州に行かれるという話を聞いて、あの「茯苓餅」をもう一度買ってきてくださるようにお願いしたところ、写真と動画が送られてきた。そこには「茯苓餅」とは違う「茯苓糕」が写っていたのだ!(写真2、3、4)「茯苓糕」は閩南の名物らしいので福州は本場ではないのかもしれないが、大陸の人は生薬を薬としてではなく食材として身近に扱っていることに感心した。「アップルパイ」のように食材名をお菓子の名前に入れるものも少なくないのだから、「茯苓」を冠するお菓子が散見されるのは全く不思議なことではないのだ。
日本における茯苓
日本でも茯苓は古くから生薬として使用されている。永観2年(984年)に針博士の丹波康頼によって編纂され、円融上皇に献上された日本最古の医学全書とされる『医心方』(三十巻)にも茯苓は186か所も登場する。その中でも巻第一に収められた「諸薬和名第十」という篇は生薬の和名、つまり平安時代の日本語での読み方をまとめたものである。和名がある生薬は日本でも認知されていたと言って差し支えないだろう。ここでは茯苓には「末都保止(まつほど)」という和名があることが記されている。茯苓、つまりマツホドは現在でも中国や日本だけでなく、アメリアやオーストラリアなど世界中に広く分布しているため、当時の日本にも国産の茯苓=「まつほど」があったと考えられる。
『医心方』は主に隋や唐の医書の抜き書きから構成されるが、その抜粋方法には特別な意図が感じられる。同じように過去の医書からの抜き書きで構成された『外台秘要方』(唐・王燾、752年成立)を参考にしながら、当時の日本人の病を治療する上で有益な部分を厳選していると考えられる。そんな臨床に即した『医心方』の中から興味深い処方を二つ紹介したいと思う。
巻第四に「治面皯黽方第十五」という篇があるが、これは「そばかすを治す方法」をまとめたものでる。この中に『小品方』という医書に書かれている「治面皯方」という処方が出てくる。そこには「白蜜和茯苓,塗,滿満之七日便瘥(はちみつと茯苓を混ぜてそばかすに塗り、七日立てば治る)」と、なんともおいしそうな塗り薬が採録されている。今でも桂枝茯苓丸加薏苡仁(けいしぶくりょうがんりょうかよくいにん)という漢方薬は肌のターンオーバーを促進する効果によりシミ対策に用いられたりするが3、中国最古の薬物書である『神農本草経』の茯苓の項目には肌を白くするような効能は謳われていないため、“白”蜜と白っぽい茯苓を使用することでそばかすを白くする効果があると考えられたものだろうか? 4
また、巻第二十六の「延年方第一」という篇に『大清経』という道教の書物から寿命を延ばす薬が引用されている。
「淮南子茯苓散、令人身軽、益気力、髪白更黒、歯落更生、目冥復明、延年益寿、老而更少方。茯苓(四両) 朮(四両) 稻米(八斤)。凡三物、搗末下篩、服方寸匕廿日、日四。復廿日知、三十日身軽、六十日百病愈、八十日髪落更生。有験、百日夜見明、長服延年矣(淮南子茯苓散、身体を軽くし、気力を増し、白髪を黒くし、抜けた歯は再び生え、見えなくなった目は見えるようになり、寿命を延ばし、年をとってもますます若くなる処方。茯苓(4両)、朮(4両)、稲米(8斤)。これらの3つの薬物を搗いて粉末にしてふるいにかけ、方寸匕(薬さじの1種)1杯を20日間、1日4回服用する。さらに20日服用すると効果が現れ、30日服用すると身体が軽くなり、60日服用すると全ての病は治り、80日服用すると抜けた髪が再び生えてくる。大変効果があり、100日服用すると夜なのに昼のように見えるようになり、さらに長く服用すると寿命を延ばす)」とあり、白髪が黒くなり抜けた歯が生えてくるなど夢のような薬ではあるが、これには根拠がある。
先ほど登場した『神農本草経』に、茯苓を長期間服用した際の効能として「延年」という言葉が出てくる。また、中国の歴史書『史記』亀策列伝第六十八に「伏霊」という名前で茯苓が登場し「伏霊者、千歲松根也、食之不死(茯苓は千年の松の根であり、これを食べると不死になる)」という記述がある。茯苓には寿命を延ばす効果があると古くから知られていたので寿命を延ばす処方に配合さているのは当然と言える。
現代の医学からみれば呪術めいたこれらの処方が、天皇に献上された、れっきとした医学全書である『医心方』に採録されたことは、当時の医学の内容を映す鏡のようで本当に興味深い。
砂糖も薬?
砂糖は甘いお菓子には欠かすことのできない調味料だが、これも薬の一つであった。正倉院宝物の中に『種々薬帳』という薬物の目録があり、その中には「﨟蜜(ミツロウ)」と並び「蔗糖(砂糖)」も薬物の一種として含まれている。『医心方』巻第一にも「沙糖」として採録され、『新修本草』(唐・蘇敬、659年選)を出典としている。『新修本草』では沙糖(砂糖)の効能に体内の熱により胸腹部が脹ったり、口が乾燥して喉が渇く症状に効果があると書かれている。これは沙糖(砂糖)の性質が「寒」であり体を冷やす効果があるとされているからである。さらに、食べ過ぎると下痢をすると注意書きまで書かれている。
『医心方』には「沙糖」は甘蔗(サトウキビ)の汁から作る、とある(巻第三十)が、『新修本草』には石蜜(はちみつ)も沙糖(砂糖)の原料として書かれており、『医心方』編纂時の薬物に対する厳密な態度が読み取れる。ただ、『医心方』には沙糖(砂糖)の効能については詳しい記載がなく、異物を誤飲した際に大量の砂糖を食べることによって(上か下かはわからないが……)異物が排出される治療法が五カ所登場するのみである。平安時代の砂糖は高級品であったため、貴族のための医学書である『医心方』でさえ、易々と処方に登場させることが、難しかったのかもしれない。このように、砂糖、特に白砂糖は日本でも古くは薬として、鎌倉時代に入ると菓子の原料として広く用いられるようになったが、輸入に頼っており、本格的に国産の白砂糖の事業化がなされたのは徳川吉宗の頃である5。
お菓子の材料として使用されている生薬は他にもたくさんある。棗、甘草(西洋ではリコリス)などはお菓子としてよく見かける生薬である。砂糖は、今は薬ではないが、甘いお菓子を誰かと食べれば会話が弾み、一人で食べても心を緩ませる。科学的な薬効の有無にかかわらず、それは薬なのかもしれない。
主な参考文献
1 日本漢方生薬製剤協会「ブクリョウ(茯苓)」(https://www.nikkankyo.org/seihin/shouyaku/20.htm)2026年7月18日閲覧。
2 北京茯苓夾餅_BaiduWiki(https://baike.baidu.com/ja/item/%E5%8C%97%E4%BA%AC%E8%8C%AF%E8%8B%93%E5%A4%BE%E9%A4%85/434176)2026年7月17日閲覧。
3クラシエの漢方「漢方の知識で体質からのシミ対策。「桂枝茯苓丸料加薏苡仁」でシミを改善!」(https://www.kracie.co.jp/kampo/kampofullife/beauty/?p=2622)2027年7月26日閲覧。
4 島山奈緒子(2016)「『医心方』からみた美容」王財源(編)『鍼灸美容学』明石書店.
5今井秀(2026)「白砂糖の国産化に貢献した本草家・飛鳥子静:細井平洲および永富独嘯庵との交流」『日本医史学雑誌』第72巻第1号,3–23頁.
島山奈緒子(しまやま・なおこ)
公益財団法人研医会研究員・立命館大学衣笠総合研究機構白川静記念東洋文字文化研究所客員研究員・関西医療大学東洋医学研究センター研究員。専門は東洋医学、医学史。主な著作に、「『千金翼方』にみられる鬼の病因論」(大形徹ほか編『鬼系の病因論』臨川書店、2026年)、「日本中世社会における針灸治療の実態」(大形徹ほか編『東アジア伝統医療文化の多角的考察』臨川書店、2024年)、The History of Acupuncture in Japan Part 3: Kamakura and Muromachi Periods(North American Journal of Oriental Medicine 27(82), 2021)、「《醫心方》中治療日的禁忌」(『西域與東瀛』中古時代經典寫本國際學術研討會、2015年)など。