カテゴリーで探す
キーワードで探す
  • ISSUE 12:
  • 環境

縄文時代から現代の人口問題を見つめ直す

縄文時代の人口を推計する新しい計算法を開発。

国宝 合掌土偶 (レプリカ):[出土遺跡]八戸市風張1遺跡出土、[時期・年代]縄文時代後期後半・約3500年前

中村 大立命館グローバル・イノベーション研究機構 助教

    sdgs11|

日本列島の人類史のなかで、約15000から2500年前までを縄文時代という。採集・漁労・狩猟のほか栽培も行うなど多角的な生業経済を基盤とし、多様な地域文化が育まれていた。統計解析などの定量的な分析手法を用いた考古学・歴史学研究を専門とする中村大は「最近は火炎土器や土偶など造形の魅力で話題になることが多いですが、小規模社会システムの研究対象としても縄文時代は興味深いものです」と語る。

「自然環境や社会環境に適応しながら生きているという点では現代社会と縄文時代にも共通するところがあります」と中村。とりわけ中村が過去の人間の営みや社会環境を知る上で最も重要な指標の一つとして注目するのが「人口」である。「人間集団の規模つまり人口の増減は、生存に必要な経済システムに影響を与えます。また、社会システムにおける組織のあり方や成員間の関係性に変化をもたらし、人びとに心理的な影響をおよぼします。それが、社会意識や価値観を変化させる『ゆらぎ』となるのです」と中村。こうして人口研究の重要性に気付き、約40年間ぶりとなる縄文時代の人口推計の更新にとりかかった。そのために開発した新しい手法は、学術界で注目を集めている。

人口を明らかにする最も確かな方法は、人数を数えることだ。「しかしこれが可能なのは全国人口調査が始まった18世紀前半以降です。奈良時代の戸籍は残念ながら断片的にしか残っていません」と中村。それ以前の人口を知るには人数と関連するデータを使って推測する間接的な推計しかない。例えば、総田地面積と単位面積当たりの収量で養える人数から人口を推計する方法は歴史人口学でよく使われる。中村はこうした方法を「乗算法」と名付け、縄文時代の人口推計に応用しようと考えた。

縄文時代の人口に関係ある有力なデータは、竪穴建物(住居)数である。もし縄文時代の総住居数がわかれば、それに1軒当たりの居住者数を掛けることで人口を導き出せる。「しかし問題は、これまでに発見された竪穴建物跡が当時の建物のすべてではないことです」。そこでまず中村は、現在発見されている縄文期の竪穴建物数が当時の総建物数の何%にあたるかを推計する方法を考え出した。

目を付けたのは、同時代の文献資料と竪穴建物の考古資料の両方が揃う東北地方だ。「『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』という古文書に記された田地面積にもとづく人口推計の先行研究から、10世紀前半の青森県と岩手・秋田県両県の北部にまたがる北辺地域の人口を約32万人と推定します。一方、同時期の建物跡の発見数はおよそ4,800軒。1軒の居住者を4人とすると、当時北辺地域には約8万の竪穴建物があったと推計できます」。これらの数字から現在の竪穴建物跡の発見率を導き出せる。さらに発見率の逆数に対象地域で発見された竪穴建物跡数、および1軒当たりの居住人数を掛ければ、地域人口を推計できることになる[式A]。

加えて「もう一つ考慮すべきなのが『時間』です」と続けた中村。竪穴建物跡数の推移には出土した土器の型式とその放射性炭素年代を用いる。土器は一定速度で変化するわけではないため、縄文前期から晩期(約7000から2500年前)までの各型式の時間幅は80年~350年もの幅がある。中村はこれを25年幅に換算し直し、推定人口値を計算。この計算法をもとに青森県八戸市域や秋田県北秋田市域の縄文時代の土器型式別人口を推計した[式B]。

次いで中村は、人口の推移と地域の考古資料の関連性を調べ、興味深い指摘を行っている。その一つが約4000年前の縄文後期に東北北部に出現した環状列石と人口との関連だ。環状列石は数千個の石を直径30~40mの円状に並べた巨大なモニュメントで祭祀に使われたと考えられている。中村は環状列石の作られた時期と人口推移を照らし合わせ、人口が増加した時期に多くの環状列石が出現することを見出した。「人口が増加すると食料などが不足し、資源環境が悪化します。加えて人間関係や社会が複雑化し、情緒的な問題も起こりやすくなります。そうした社会環境問題を解決し、成員間のコミュニケーションを円滑にする装置として環状列石の祭祀が生み出されたのではないでしょうか」と中村は分析する。人口集中地域と環状列石の分布がよく一致することもこの仮説を裏付けるという。

それとともに、せっかく作られた環状列石がなぜ廃棄されたのか、ということにも目を向ける。「約3800年以降は人口が減少し、環状列石は利用されなくなりますが、それに代わり新しいスタイルの土偶祭祀が出現します。人口減少に伴い生じた社会環境の変化に新たな祭祀を生み出すことで対応したと考えられます」と中村。さらに、「現代は個人主義とグローバル化のはざまで地域社会など少数システムの存在意義を見失いがちではないかと感じます。そこに縄文時代の小規模社会研究の現代的意義があるのでは」と語る。

人口の増減に対し、いにしえの人々はどのように適応したのか。近代文明社会は本格的な人口減少期を経験しておらず、過去を紐解くことが現代の人口問題を考える上で重要な手掛かりになると中村は指摘する。過去の文化や社会を理解することで現代を見つめ直す新たな視点を獲得する。それこそが考古学研究の醍醐味だと中村は結んだ。

中村 大NAKAMURA Oki

立命館グローバル・イノベーション研究機構 助教
研究テーマ

縄文時代における人口変動と社会変化に関する定量的研究、近世・近代における地理情報システムを活用した食文化研究、考古学と現代アートの協働による考古学の文化資源化

専門分野

考古学、食生活学、文化財科学・博物館学、統計科学