2013年に公開された映画『ゼロ・グラビティ』(原題:Gravity)は、宇宙を舞台にした数ある映画の中でもひと際リアルで臨場感あふれる映像が話題を集めた。「とりわけ『リアリティ』を演出する特殊効果に注目してこの作品を観ると、実におもしろいことがわかってきます」。そう語る大﨑智史は、これまで映画史において「特殊な」ものとして周縁化されてきた特殊効果に焦点を当て、映画というメディアの歴史的な変遷を追っている。
大﨑によると『ゼロ・グラビティ』では、「リアル」な宇宙空間を観客に感じさせるためにいくつもの技術が用いられているという。例えば微小重力空間の映像は、コンピュータグラフィックス(CG)の小道具や背景と、ワイヤーで宙吊りにされた俳優のライヴアクションを合成して作られている。本作ではプログラムやコントローラーを通じてワイヤーを制御する装置が利用されているが、宙吊りにするという方法は必ずしも新しいものではない。「近年ではこうした新しい技術が活用され制作のプロセスが大きく変容していますが、それらは伝統的な技術と全く異なるというわけではありません」。大﨑によれば、本作には「リアプロジェクション」の発展型とも言えるものがあるという。リアプロジェクションとは俳優の背後にスクリーンを配し、背景にあたる映像を投影する特殊効果の手法だ。船外のシーンの映像はほとんど全てがCGだが、登場人物の顔の撮影には、LEDパネルが敷き詰められた壁で俳優を取り囲むライトボックスという装置が利用されている。ライトボックスにCGの背景が映し出されることで、「リアリティ」のある光の当たり方をシミュレートするだけでなく、俳優は自分が物語内でどのような状況に置かれているのかを把握しながら演技をすることができる。「デジタル技術が発達した現代では、すべてCGで作れば精緻な映像を作ることができると安易に考えられがちです。しかし実際にはこうして複数の方法や素材を組み合わせることでより『現実らしさ』が増していく。映画の作り方、ひいては映画というものの捉え方が相対化される。それがおもしろいところです」と大﨑は語る。
興味深いのが、見る者が感じる「現実らしさ」の正体である。実際にはほとんど誰も宇宙に行ったことはなく、観客は過去に見た映像から「リアル」な宇宙を想像しているにすぎない。「それゆえにたとえ視覚的、聴覚的な『違和感』があっても、それさえ『現実らしさ』を感じさせる要素になり得るのです」と言う。
「実写と見紛うCGが精緻にライヴアクションと合成される現代にあってなお、合成とそれによってもたらされるリアリティは単純に一元化できるものではありません」と大﨑。「未熟な」特殊効果を検討することで、映像が本来的に含み持つ齟齬がより際立って見えてくるとして、映画『キング・コング』(原題:King Kong)における特殊効果のリアリティを分析した研究を挙げた。
同作は1933年に公開され、絶大な人気を獲得。設定を変えながら現在まで多くの関連作品が製作されている。これほど幅広い観客から長く支持を集める理由を大﨑は「作品に散りばめられたさまざまな『二項対立』の要素が多様で自由な解釈を誘引するからだ」と分析する。例えば黒人を思わせるコングの描写が「黒人=野蛮」という差別的な見方を可能にする一方で、コングが「白人=文明」を相手に暴れまわる姿はそうした図式を破壊するようにも受け取れるという。大﨑はこれを「接触」のモティーフに注目して詳らかにした。
「本作には二つの水準で接触のモティーフが認められます。一つはヒロインがコングの巨大な手に触れられて恐怖に慄く場面にあるように、物語世界における登場人物とコングの物理的な接触です。そしてもう一つが映画作品を介した西洋と非西洋の接触です。白人と黒人、文明と野蛮、西洋と非西洋、人間と非人間といった二項対立にもとづく『接触』は、物語内容だけでなく、さらに映像素材や特殊効果の水準にも見出されます」と大﨑は指摘する。
それを明らかにするにあたって大﨑はまず「接触」がどのように映像化されているかを説明した。それによると『キング・コング』における特殊効果の中でもしばしば注目されるのが、モデルをコマ撮りするストップモーションの活用である。しかし大﨑はそれにも増して複数の要素を組み合わせる「合成技術」の重要性を指摘する。
本作では、ストップモーションや俳優によるライヴアクションの他、リアプロジェクション、より複雑な合成が可能なトラヴェリング・マット、さらに複数の要素を柔軟に合成できるミニチュア・リアプロジェクションといった多様な合成技術が活用されている。「複数の素材を組み合わせることには空間的、または時間的な首尾一貫性を生み出す効果がありますが、そこで生じる『現実感』は技法によって異なります」と大﨑。リアプロジェクションは「インタラクティヴィティの偽装」という方法で現実感を生じさせるのに対し、トラヴェリング・マットやミニチュア・リアプロジェクションは「合成の痕跡を隠ぺい」するという方法でリアリティを生み出す。こうして複数の映像素材を合成する特殊効果の水準においても二項対立の接触のモティーフが用いられている。「本作では『他者との接触』がそうであるように、特殊効果とそれがもたらすリアリティも齟齬を孕んだまま接触を果たすのです」と大﨑。しかしそれは決してリアリティを失わせるものではなく、むしろさまざまな特殊効果間の齟齬そのものが新たなリアリティを生み出しているという。
古今を問わず映画というメディアがいかに人の感性や認識を変えるのか。大﨑の研究は映画の新たな側面に光を当てる。