カテゴリーで探す
キーワードで探す
  • ISSUE 21:
  • 脱炭素

リチウムイオン電池、燃料電池を高性能化する新たな反応原理とは?

全固体電池内部を三次元で可視化する

折笠 有基生命科学部 教授

    sdgs07|sdgs09|sdgs11|sdgs13|

脱炭素に向け、カギになるといわれるリチウムイオン電池や燃料電池などの高性能化。折笠有基は、オペランドX線を用い全固体電池の三次元構造解析を行い、次世代高性能電池の開発に寄与する知見を提供している。

オペランドX線を用い、全固体電池内の可視化を試みる

脱炭素に向けた動きが世界で進められている中で、エネルギーの効率利用はその実現に欠かせない課題の一つである。そこで重要な役割を果たすと見なされているのが、リチウムイオン電池をはじめとする二次電池や燃料電池、水電解などの電気化学エネルギー変換デバイスだ。リチウムイオン電池がスマートフォンやパソコン、自動車用電源に使われるなど実用化は進んでいるものの、さらに大型化や高性能化を可能にしていくには、まだ多くの課題を残している。

折笠有基は、こうした次世代の高性能電池の開発に寄与するべく、高性能エネルギー変換デバイスの反応解析や材料設計に取り組んでいる。最近の研究成果の一つとして、全固体電池のシリコン(Si)負極での挙動を三次元構造解析することに成功し、大きな反響を呼んだ。

折笠が電池の内部を解析する手法に用いたのが、オペランドX線を用いた解析法(オペランドX線CT法)である。「電池が放電・充電している時、電池内で起きている電気化学反応は均一ではありません。反応し過ぎるところはエネルギーを使い過ぎて劣化が早まったり、過熱して発火の原因になることもあります。一方反応性が悪いところはエネルギー効率が下がる一因になります。しかし現状では電池の外から化学反応を制御することができないため、課題の克服に至っていません。そこで我々は、まず電池の内部の動きを可視化することを目的に、その方法を探索してきました」と折笠は解析手法開発の背景を説明する。

オペランドX線CT法なら電池を破壊することなく内部をナノスケールで観察することが可能になる。今回、この手法を使って全固体電池内の三次元構造の可視化を試みた。

充放電時のSiの膨張収縮の定量化と三次元解析に成功

「電池は正極と負極の活物質と、その両方に接して電極間のイオンをやり取りする電解質で構成されています。現在は液体の電解質が主流ですが、これをすべて固体にした全固体電池の性能は、電解液を用いた電池を大きく上回ると考えられています」。加えて本研究で折笠が注目したSiは、現在主にリチウムイオン電池の負極材に使われている黒鉛に替わる材料として期待されているという。「Siへのリチウムの吸蔵容量は、理論上黒鉛の10倍にもなります。しかし体積の膨張収縮を制御することが難しく、電解質に亀裂が生じるという課題があります」。だがそれを明確に捉えた研究はこれまでにない。

折笠は、オペランドX線CT法を用いてSiの膨張収縮を三次元構造解析するとともに、それが全固体電池に与える影響を解析した。「解析の結果、充放電測定に伴って体積が膨張収縮すること、さらに1サイクル後の体積は、最初の200%程度に膨張したまま戻らないことがわかりました。体積膨張を定量化したことは、これまでにない成果です」

加えて折笠は、収縮後の形態学的特性も明らかにしている。「放電後、収縮したSi活物質を取り囲むように殻空隙が形成されていることを三次元で捉えました。殻空隙によって固体電解質と電極が離れてしまうと、反応が進まず電気は流れません。実験結果では、電解質は完全には孤立していないものの、部分的にしか電極との接触を維持していない様子が見て取れました。この殻空隙が界面抵抗の大幅な上昇と、充放電の効率低下を招いていることが明確になりました」。こうした知見が今後の全固体電池の開発に生かされていくことになる。

全固体電池内部の構造模式図。すべての材料が固体で構成されているため、接触性を確保するために作製時に高い圧力が加えられているが、それでも隙間が発生することを観測している。
全固体電池のオペランドCT法で明らかになった電池内部でのリチウムイオンの経路。緑の線がリチウムイオンの経路であり、内部では曲がりくねった経路を有する。

フッ化物イオンを用い、新規材料設計に挑戦

また折笠は、「先の長い研究になる」としながらも、新規材料設計にも意欲的に取り組んでいる。その一つとして、陰イオン(アニオン)のフッ化硫化物に着目し、新規のフッ化物イオン固体電解質の開発を目指している。

「アニオンのフッ化物イオンをキャリアとする全固体フッ化物イオン二次電池は、理論上リチウムイオン電池の数倍もの高いエネルギー密度を持つとされ、革新的な二次電池の候補として世界中で開発競争が行われています」と折笠。通常、結晶の骨格を形成するアニオン性のイオンを、キャリアに用いるのはかなり難しい。折笠は、従来の陽イオン(カチオン)をキャリアとする二次電池の設計思想を覆すこれまでにない構造設計によって、新たにアニオンをキャリアとする二次電池の可能性を見出そうとしている。

「しかし現実は、まだ実用化には程遠い状況にあります。最大の課題は、高いイオン伝導率と広い電位窓を持つフッ化物イオン電導体がないことです」。折笠は、代表的なフッ化硫化物の結晶構造とは異なるアニオン秩序の構造を持ったフッ化硫化物を合成し、構造の精密化に成功している。導電率はまだ低いものの、フッ化硫化物のイオン伝導性があることを確かめている。今後は導電率を高めるべくあらゆる可能性を追求していくという。折笠らのあくなき探究が、革新的なエネルギー変換デバイスの創出につながっていく。

折笠 有基ORIKASA Yuki

生命科学部 教授
研究テーマ

固体電気化学をベースにしたリチウムイオン二次電池の反応機構解明と高性能材料の設計

専門分野

物理化学、無機化学、無機工業材料