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  • ISSUE 9:
  • 世界とつながる

現代社会における憑依と除霊

憑き物落としのお祓いとエクソシストの悪魔祓いを比較する。

アンドレア・デ・アントーニ国際関係学部 准教授

    sdgs03|

神社でお祓いをしてもらったら、まるで憑き物が落ちたように長患いが治った。
こうした逸話は伝承や昔話の中だけにあるのではない。21世紀の現代にあっても幽霊や憑依に関わる場所やエピソードは全国各地に数多くある。

「憑依と除霊いわゆる宗教医療は世界中で太古から見られますが、身体に起こる事象には現代科学でも解明しきれないことが数多くあり、文化人類学では今も議論の絶えないテーマの一つです」。そう語るアンドレア・ デ・ アントーニはこれまで日本各地にある魔界や死の世界につながるとされる場所を訪れ、人間と人ならざる者(非人間的アクター)との間の関係やそれにまつわる言説が、どのように現実のものとして認識・体験されるのかを研究してきた。現在は日本からイタリア、オーストリアにまでフィールドを広げ、後期資本主義社会における憑依と除霊について各地の事例を比較研究している。

デ・ アントーニの研究の特徴は、憑依された当事者に焦点を当てるところにある。医学的治療の効果がないにもかかわらず、除霊という宗教的治療で治癒した患者に着目し、その治療過程を参与観察するとともに当人へのインタビューを実施。「『当事者にとって何が起きているか』を捉えることで、西洋医学が制度化された後期資本主義社会においていかに宗教医療は存在感を維持し、効果を及ぼすのかを明らかにしたい」と狙いを語る。

まず調査したのが、犬神憑きを落とす日本随一の神社として全国に知られる徳島県の賢見神社だ。険しい山々に囲まれた不便な場所にありながら、神社を訪れる人は後を絶たない。デ・ アントーニは何年にもわたって神社に足を運び、延べ150人を超える参拝者の祈祷の様子を観察し、聞き取り調査を行ってきた。「病状・症状は」「なぜここに来たのか」「病院へは行ったか」「診断された病名は」「受けた治療は」、さらに「祈祷の間、特別な感覚はあったか」「あったとしたらどのような感覚か」など細部に及ぶ調査結果を分析し、いくつか興味深い点を挙げている。

一つには参拝者の多くが頭痛、胃痛、腰痛・肩が重い、咳などさまざまな身体的苦痛を訴えていること、そしてそのほとんどが病院では病名も治療法もわからなかったということだ。「いわば現代医療の枠組みから外れた人たちが藁をもすがる思いで神社に詣でる実態が見えてきます」とデ・ アントーニ。これは後述するイタリアの事例と異なる点でもあった。

何よりデ・ アントーニを驚かせたのが、「お祓いを受けに来た人のほとんどが犬神などの霊的な存在を信じていない」ということだ。「賢見神社が憑き物を落とす神社だと認識していても、自身が犬神憑きかどうかに関心を寄せた人はほとんどいませんでした。それにも関わらず、多くの人がお祓いの後、『症状が楽になった』という実感を得ていたことも不思議でした」。

険しい山々に囲まれた不便な場所にありながら、訪れる人は後を絶たない。(徳島県 賢見神社)

一方カトリック教の考え方が根付いたイタリアのある地域では、エクソシスト、いわゆる「悪魔祓い」について調査している。イタリアでも「憑依」という事象は知られているが、日本のそれとは違いが見られるという。一つには、賢見神社の参拝者が多様な症状を抱えていたのとは対照的に、イタリアで悪魔祓いを受ける人にはある固定化された症状があることだ。「これはカトリック教においてエクソシストの役割が厳密に制度化されていることに起因する」とデ・ アントーニは説明する。すなわち特定の症状を示す人だけが「悪魔憑き」としてエクソシストの治療の対象となっているということだ。

また悪魔憑きになった人の反応が劇的であることも日本とは異なる特徴だ。デ・ アントーニが観察した悪魔憑きの若い女性は本人とは思えない唸り声をあげ、男性5人がかりでも抑えられないほどの力で暴れ回るという。デ・ アントーニはこれを、儀礼中に起こる感覚に注目して分析する。即ち、①儀礼中、本人に起こる様々な感覚、②周囲の人が認知する様々な現象(本人とは思えない唸り声や力)、③「悪魔祓い」を受けた結果、楽になる。悪魔や憑依のリアリティは、こうした現象の結果、経験的に成り立っているものだという。「『注意』の向け方によって知覚と身体技能のパフォーマンスが変わることは既存研究でも明らかにされています。ただし、『注意』のみならず、身体全体の有様は個人が文化や枠組みの中で身に付ける『技術』や『能力』です。つまり、身体が文化の中で一定のあり方に方向づけられているといえるのです」とデ・ アントーニは言う。

その他にも日本におけるお祓いとイタリアの悪魔祓いには、宮司・エクソシストと患者の関係や患者の身体反応、治癒過程などに興味深い違いがあるというデ・ アントーニ。比較分析にはさらに時間を要するが、当初の疑問には一つの答えを導き出している。「現代人のほとんどは憑依を信じていない。ただ『治る』から、すなわち儀礼そのものに現実的な効果があるからこそ、逆説的にグローバル化した現代社会においてなお憑き物は生き続けているのでしょう」。

今後も「宗教」や「霊的なもの」と「科学」との境界で、精神医療や物理療法に寄与し得る知見を得るべく研究を続ける。

「現代医療の枠組みから外れた人」が藁をもすがる思いで詣でるという。(徳島県 賢見神社)

アンドレア・デ・アントーニAndrea De Antoni

国際関係学部 准教授
研究テーマ

宗教と科学の間における医療体験―現代日本・イタリア・オーストリアにおける憑依と除霊の文化人類学的研究

専門分野

文化人類学・民俗学、宗教学、地域研究