現在の研究テーマと、その研究を始めたきっかけを教えてください。
Variya:人口統計『Housing and Living Census』を使用し、ベトナムの二人っ子政策が女性や少数民族の人々に与えた影響を調査しています。二人っ子政策はベトナムの人口全体の85%を占めるキン族の人々、なかでも公務員を対象として、子どもの数を二人までとすることを推奨した政策です。人口の急激な拡大を抑えることを目的に1989年に導入されました。
私はもともと東南アジアの国々が抱える様々な不平等に興味をもってきました。例えば私の母国タイでは労働者同士の所得格差が深刻です。私自身今のテーマと出会う以前に、1995年のWTO加盟後にタイで起こった貿易自由化改革以降、熟練労働者と非熟練労働者の間の所得格差がどのように変化したのかを調査したことがあります。
立命館大学に異動してベトナムをテーマとするチームに加えていただいたとき、社会主義国家であるベトナムでは経済格差はそれほど問題にならない一方で、タイではあまりみられなかったジェンダー間の格差が大きいことに気づきました。そして特に女性の社会参加に影響を与える要因の一つとして、政府による人口コントロールに興味を持つようになったのです。
二人っ子政策はジェンダー格差にどのような影響を及ぼしたのでしょうか?
Variya:子どもが一人増えると母親の労働参加率は大幅に低下しますが、父親の就業率には特に変化はみられません。二人っ子政策では世帯当たりの子どもの数が減るため、母親が仕事に復帰する機会が増えます。言い換えれば子どもが減ったことで家事が減り、母親が外で働くことができる時間が増えるのです。またこの政策では、子どもが二人以下の家庭は学費の無料化や住宅の購入支援、所得税の減税など様々な経済的恩恵を受けることができます。
更に政府は政策の推進のために国民に対する家族計画の普及に注力してきました。このことが妊娠・出産に対する女性自らの意思決定を後押しした可能性もあります。
政策に積極的に従っているのはどういった人々なのでしょうか?
Variya:調査を始めた段階では、政策の影響を強く受けるのは多数派であるキン族の人々だと予想していました。政策の主な対象者でもあり、政府の目が行き届きやすい都市部に住んでいる割合も高いためです。しかし実際には、政策の対象ではないにもかかわらず、少数民族の人々も大きな影響を受けていました。政策と子どもの数の間には、どちらのグループについても明らかな負の相関がみられたのです。私たちはこの理由を、政策に関する広報が全国的に展開され、民族によらずすべての国民が「家族を増やし過ぎないこと」のメリットをより詳しく知ったためではないかと考えています。政策に従う義務のなかった人々が、政策によって得られる様々なメリットを知って自らの意思で家族計画に参画することを選んだのです。
意外だったのは、政府の監視の対象でもあり、より重いペナルティを課されてもいたはずの公務員に対する政策の影響が、一般の人々に対するものと比べて小さかったことでした。国家機関の職員や軍人などに対する産児制限はより早い時期から行われており、三人以上の子を持った場合には罰金や左遷、最悪解雇といった罰則もあったため、1989年の二人っ子政策は彼らにとっては「いまさら」のものだったのかもしれません。
経済的なメリットがバースコントロールの浸透に寄与したということでしょうか?
Variya:そのように考えています。私たちの調査の特徴のひとつは、キン族を対象としたこの政策が他の少数民族に及ぼした影響、つまり政策の効果の浸み出し(spillover effect)を初めて明らかにしたことです。政策の対象外とされた人々が、対象者と同じ広報に触れて経済的なメリットを知り、政策に従ったのだろうと推定できました。
このように二人っ子政策はベトナム人全体の家族計画に対する態度や社会的規範、ひいてはベトナムの文化を変えたともいえます。政策の策定や実施にあたっては、対象となる人々だけでなく国全体の社会的・経済的・文化的な要因の相互の関連性を考慮することが重要であることを示せたと考えています。
今回の成果をうけて、今後取り組みたいことを教えてください。
Variya:これまでの調査で2本の論文を書くことができ、ベトナムについては一段落ついたと考えています。次に取り組みたいのはベトナムと同様ジェンダー格差の大きいカンボジアです。カンボジアでは1970年代後半のポル=ポト政権による虐殺の影響が今も残っており、虐殺を生き延びた女性の体験がその子どもたちの健康や教育に影響を及ぼしているらしいデータがあるのですが、このグループを対象とした研究自体が少ないため統計的に有意な因果関係はまだ示せていません。母子関係や健康問題を扱ったCambodian Demographic Health Surveyを使って、何本か論文を書きたいと考えています。