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感謝の向社会的機能のさらなる解明に向けて

小國 龍治OGUNI Ryuji

総合心理学部 助教
研究テーマ

ヒトの社会性とその発達について

専門分野

社会心理学、発達心理学

研究テーマをお教えください。

小國:「感謝の向社会的機能」に関する研究を行っています。例えば、困っている時に助けてもらったり、プレゼントをもらったりした時など、人は誰しも感謝の気持ちを感じたことがあると思います。心理学では、「感謝」は他者の善意によって利益を得た時に生じるポジティブな感情反応と定義されています。こうした感謝の感情は困っている人を助けたり、人に資源を分け与えたりといった他者に利益をもたらす自発的な行動、すなわち向社会的行動を促進することが知られていますが、その心理過程についてはほとんどわかっていません。私は実験的検討を通じて、それを解明しようとしています。例えば、過去に行った研究では感謝が向社会的行動のレパートリー(他者に利益を提供するための選択肢)を増加させることで、向社会的行動の生起頻度を高めることを示しました (Oguni & Otake, 2020)。これは感謝が向社会的行動を促進する認知過程に着目した研究になります。

最近の研究成果をお聞かせください。

小國:感謝が向社会的行動を促進する心理過程を多面的に捉えるために、認知過程だけでなく、動機づけ過程にも着目した研究を行っています。向社会的行動の指標の1つである他者への資源分配は公平性と寛大さという2つの動機づけのいずれかにより駆動されます。公平性への動機づけとは自分にも他者にも均等に資源を配分したいという欲求のことで、寛大さへの動機づけとは自分よりも他者により多くの資源を配分したいという欲求のことです。

最近の研究では、小学生と大学生を対象に、感謝が向社会的行動を促進する効果が公平性と寛大さのどちらの動機づけによって駆動されているのか、そしてその動機づけ過程が発達段階によって異なるのか検討しました。まず、大学生を対象とした研究を行いました。大学生を感謝した経験を思い出してもらう「感謝群」と起床後に行っているルーティンを思い出してもらう「中性群」のいずれかに割り当て、感謝感情を実験的に操作しました。その後、他者とどのように資源を分配するか判断させる課題を実施しました。この課題では他者とどのように資源を分配するかによって、その行動が公平性への動機づけと寛大さへの動機づけのどちらによって駆動されているのか区別できます。その結果、感謝が向社会的行動を促進する効果は寛大さの動機づけによって駆動されていることが示されました。続いて、小学6年生を対象に、大学生と同じ手続きを用いた研究を実施したところ、感謝が向社会的行動を促進する効果は公平性への動機づけによって駆動されていることが示されました。これらの研究から、感謝が向社会的行動を促進する動機づけ過程には発達的差異が存在し、児童期には公平性への動機づけが、成人期には寛大さへの動機づけが向社会的行動における感謝の促進効果を駆動することが明らかになりました (Oguni & Otake, 2022)。さらに、これらの研究から、感謝が向社会的行動を促進する効果が単一ではなく複数の心理過程-認知過程及び動機づけ過程-に支えられていることが示されました。

その他に取り組んだ研究はありますか。

小國:次に疑問を抱いたのは、不確実性の高い状況でも、感謝は向社会的行動を促進するのかということです。感謝の向社会的機能を扱った研究は困っている人を助けたり、他者に資源を分け与えたりと、自分の行動によって、他者に直接利益を提供できる状況を用いてきました。しかし、現実の社会では、良かれと思って取った行動が無駄だった、あるいはそれが相手の求めているものではなかったといった状況も起こり得ます。こうした状況では、支払ったコストが無駄になる可能性が高いので、他者のために向社会的に振る舞うことを躊躇いやすくなります。

最近の研究では、他者に利益を提供できるかどうか不確実な状況でも感謝は向社会的行動を促進するのか検討しました。まず、先ほどお話した研究と同様に、大学生を「感謝群」と「中性群」のいずれかに割り当て、感謝感情を実験的に操作しました。その後、他者に利益を提供できるかどうか不確実な状況で他者のために向社会的に振る舞うかどうか判断させる課題を実施しました。その結果、感謝群の参加者は中性群の参加者よりも向社会的に振る舞うことが示され、不確実性の高い状況でさえ感謝の向社会的機能は発揮されることが明らかになりました (Oguni & Ishii, 2024)。

今後の展望をお聞かせください。

小國:感謝の向社会的機能の解明に向けたさらなる検討を行っていきたいです。今後の研究では、例えば、感謝の向社会的機能がさまざまな状況で発揮されるということだけでなく、どのような状況では発揮されないのかということを検討し、感謝の向社会的機能が発揮される境界条件を明らかにしたいです。

ヒトは太古の昔から他者と関わり、協力することで生き延びてきました。向社会的行動を享受し、提供することはヒトの生存可能性を高めます。感謝の向社会的機能を解き明かすことで、ヒトの大規模協力社会がどのように形成され、維持されているのかを理解するための知見を提供できるかもしれないと考え、研究を続けています。

References
  • Oguni, R. & Ishii, C. (2024). Gratitude promotes prosocial behavior even in uncertain situation. Scientific Reports, 14, 14379. https://doi.org/10.1038/s41598-024-65460-z
  • Oguni, R. & Otake, K. (2020). Prosocial repertoire mediates the effects of gratitude on prosocial behavior. Letters on Evolutionary Behavioral Science, 11(2), 37-40. https://doi.org/10.5178/lebs.2020.79
  • Oguni, R. & Otake, K. (2022). How does gratitude promote prosocial behavior? Developmental differences in the underlying motivation. Japanese Psychological Research, Advance online publication. https://doi.org/10.1111/jpr.12432