1.学生証とは
大学に入学すると交付される学生証。学生証は学生であることを証明するものです。
現在の立命館大学の学生証は、以下の場合に必要となり、常に携帯することが求められています。
定期試験の受験、各種証明書の交付、図書館等の本学施設の利用、本学教職員等から提示を求められたとき(『学修要覧(全学部共通編)2018年度用』)。
学生証はこのように定められ交付されていますが、学外においてもJR等交通機関の学割や通学定期券の購入、博物館等の入場料の割引などに利用されることなどがあります。
今回は、立命館大学の学生証の変遷、歴史を紹介します。
【2018年度の学生証(見本)】
現在の学生証は入学を許可されると交付され、在学中使用することになりますが、裏面には1年ごとに在籍確認シールを貼ることになります。転籍・再入学を除き学生証番号は変わりません。
裏面には必要事項を記載するようになっていますが、通学定期の発行控も記載するようになっています。
2.立命館(大学)の学生証の起源
(1) そもそも立命館大学の学生証はいつから発行されたのでしょうか。
学生証の発行は学則に定められていますので、学則を遡ってみます。学生証が学則に初めて現れるのは、昭和4年4月改正施行の立命館大学専門学部学則です。
第36条 学生ハ学生証ヲ携帯スルニ非ザレバ教場ニ入ルヲ得ズ
第37条 学生証ヲ紛失シタルトキハ手数料金1円ヲ添エ再渡ヲ会計課ニ願出スベシ
ただし、同年の立命館大学学則には学生証に関する規定がありません。
(2) 学生証以前は聴講券だった
上記の専門学部学則以前は聴講券が発行されていました。
聴講券は明治33年5月認可、6月開校の京都法政学校から発行されています。
「京都法政学校規則」の生徒心得には、
第32条 生徒ハ聴講券ヲ携帯スルニアラサレハ教場ニ入ルヲ許サス
第33条 聴講券ヲ遺失シタルトキハ手数料トシテ金拾銭ヲ添ヘ其再渡ヲ会計係ニ願出ツヘシ
とあります。
校内生ではありませんが、次の「優待聴講券」が残っています。
【優待聴講券 京都府立京都学・歴彩館所蔵】
この優待聴講券は明治33年12月14日に上野弥一郎に発行されたもので、明治34年11月13日までの11ヵ月間の聴講券です。京都法政学校には校外生制度もあり、随時入学が可能でしたから、創立当初から聴講券が発行されていたことが窺えます。
上野弥一郎ですが、明治15年には京都府会議員、同35年には立憲政友会から衆議院議員にもなりました。上野は明治27年4月に京都大学設立の建議を行っていた人物です。創立者中川小十郎との接点は不明ですが、文部省の書記官であった中川、また立憲政友会との関係から知己であったのではないかと思われます。
それはともかく、京都法政学校以降、京都法政専門学校、京都法政大学、旧制立命館大学と、聴講券は引き継がれていったことが各学校の規則および学則から知ることができます。
3.他大学の学生証の起源
他大学の学生証の起源はどうなっていたのでしょうか。
(1)早稲田大学では、
明治39年9月11日の始業式で高田学監が新入生および学生に対し、学生証の携帯等を訓示し、この訓示が整備されて、明治40年7月の「早稲田大学規則」に学生心得が定められ、その第1条に「学生ハ校ノ内外ヲ問ハズ必ズ学生証ヲ携帯スベシ」とした、としています。(『早稲田大学百年史』第2巻 昭和56年)
(2)法政大学では、
法政大学発行の『法政大学の100年 1880―1980』(昭和55年)に、大正15年度の学生証が掲載されています。
(3)東京大学では、
昭和5年7月発行の『昭和5年度東京帝国大学一覧』に学生証の項があり、「本学学生生徒及聴講生ハ昭和2年3月19日庶第407号通牒ニ依リ一定ノ学生証生徒証及聴講生証ヲ所持スベキモノトス」とあり、それ以前の『東京帝国大学一覧』では確認できないものの、昭和3年4月には農学科農学実科生徒に「生徒証」を発行していたようです。
(4)中央大学では、
『タイムトラベル中大125:1885→2010』第2版(2011年)には、「聴講券から学生証」の記事が掲載され、1931年の学則改正に際し聴講券は学生証と改称された、としています。
このような状況から、「学生証」は必ずしも各大学が同時期に発行しはじめたということではないようです。
なお、JR(旧国鉄)の学割制度との関係を考えてみましたが、学生割引(学生旅客運賃割引制度)は、「明治40年、教育奨励のため、中学以上の職員、生徒、小学校職員に実施した」(『国鉄乗車券類大事典』JTB 平成16年)ようなので、学生証の発行の起源とは直接結びつきません。
なお、現在JRの学割は片道101㎞以上で2割引きですが、昭和35年までは3等車で5割引きでした。昭和35年6月まで3等車があったのです。史資料センターには、発行したものの使用されなかった5割引き最後の「学校学生生徒旅客運賃割引証」が残されています。
4.立命館の学生証の変遷
(1)昭和4年以降の旧制大学時代の学生証
昭和4年4月に改正施行された立命館大学専門学部学則に学生証が定められたことは先に述べた通りです。
昭和3年9月現在の『立命館要覧』には、立命館大学学則中に学生証に関する条文がなく、専門学部学則に聴講証を発行することが定められています。
立命館のその他の学校では、
昭和13年4月に開校した立命館高等工科学校(翌年立命館日満高等工科学校と改称)の学則第38条には、生徒登学ノ際ニハ必ス在学証ヲ携帯スヘシ……。第39条には、在学証ヲ携帯セサル生徒ハ教室ニ入ルヲ許サス とあり、在学証を交付しています。
戦時中の昭和19年4月1日、立命館は専門学校を設置しましたが、立命館専門学校学則では、第28条に、授業料等ヲ納付シタル時ハ所定ノ生徒証ヲ交付ス 生徒証ヲ所持セザルモノハ教室内ニ入ルコトヲ得ズ となっています。
戦後ではありますが、昭和21年4月1日に施行された旧制の立命館大学学則第30条には、専門学校と同じ条文で生徒証の部分を学生証としています。
(2)新制大学の学生証
昭和23年4月新制大学が設置されました。立命館大学学則第24条に、授業料その他学生の負担すべき金員およびその納付方法は、別にこれを定める。前項の金員を納付したものには学生証を交付する、と定められました。
(3)立命館大学教学事務取扱規則(昭和28年12月4日)
そして昭和28年に教学事務取扱規則が定められ、その第10条から第16条まで学生証について定めています。
第10条 学生は、学生証の交付を受け、これを携帯するものとする。
第11条 学生証の交付を受けようとするときは、無帽半身正面画像の写真1枚を当該学部に提出するものとする。
第12条 学生証を携帯しないときは、教室、図書館その他本学の施設を使用することができない。
第13条~第15条 略
第16条 学生証は、卒業、退学その他本学学生の身分を離れたときは直ちにこれを返納するものとする。
ここに学生証に関する細則が定められ、この各条文は概ねその後の学生証規程に引き継がれます。
(4)立命館大学学生証規程(昭和34年10月9日)
そして、昭和34年10月に学生証に関する規程が定められ、若干の条文の改定がありますが、8条からなる規程は現在に至っています。
5.新制大学以降の学生証の様式の変遷
以下は資料として保存されている学生証のうち様式の変遷がわかるものです。
(1)昭和29年度【写真1】
大学院に定時制があった年度の学生證で、研究科長名で発行しています。
表裏各3面で学生證兼身分証明書となっています。利用上の注意のほか学費納付欄、写真貼付欄があります。
(2)昭和35年度
昭和29年度の学生証にはなかった図案化された「大學」の文字が入っています。また顔写真に立命館のマークを浮き出しにしたエンボス加工(注1)が施されています。昭和30年度から34年度までの学生証が残っていないため、いずれも何年度から採用されたのかは不明ですが。学生証所持規定、学費納付欄、学割発行控欄があります。学生証表紙は左面です。国鉄3等の5割引きが適用された最後の年度のものです。
(3)昭和39年度【写真2】
それまで学部長・研究科長が発行していましたが、前年度の昭和38年度から学長が発行者となりました。そして昭和39年度から地紋が立マーク(通称亀の子マーク)となりました。立マークは昭和35年の創立60周年記念事業の際に、正式な校章ではありませんが、公募により選定・採用されたものです。立マークの地紋が入った学生証は1993年度まで使用され、1994年度より新たな校章(Ritsマーク)となりました。
(4)昭和43年度
学生証表面が左側から右側に変わります。アルバイト登録欄、学割発行控欄があります。
(5)昭和54年度 【写真3 但し同じ様式の55年度】
横長の用紙サイズになります。学生証(兼身分証明書)の面が左側になります。通学定期乗車券発行欄があります。健康診断受診の欄もあります。
(6)1982年度
和暦(元号)から西暦に変更になりました。1981年11月に学園の諸文書を西暦表記とすると定められたことによります。発行者の住所が前年の衣笠一拠点完成により北区等持院北町となっています。その外は昭和55年度と同じ様式です。
(7)1986年度
学費納付欄が無くなります。1985年12月16日の教務・教対会議で学費の領収印を廃止することを決定。他大学では既に廃止されていました。所持規定が注意事項に変わります。
(8)1988年度 【写真4】
これまで紙の学生証であったものにラミネート加工(注2)が施されました。このことによりエンボス加工が無くなりました。
(9)1994年度 【写真5】
プラスチック製カードになり、前年度までは学年毎に発行していましたが、入学時に1度発行し、次年度以降は裏面にその年度のシールを貼付することとなりました。この様式が現在まで続いています。
以上が史資料センターで保存している学生証をもとにした様式の変遷です。学生証とともに学生証番号の設定も変遷していますが、本稿では略しました。
(注1) エンボス加工…学生証の写真欄に校章の凹凸模様をつけた押し型(エンボス加工機)を手で強圧し、浮き出し模様を作る。糊付けの写真が剥がれないようにし、また偽造を困難にするため作成する。
(注2) ラミネート加工…学生証をフィルムで挟みコーティングする。学生証用紙の保護とともに偽造防止をする。
〔お断り〕本稿では和暦・西暦の表記を、立命館において1981年11月に西暦表記とすると定めたこと、また当該学生証の年度表記と関り、1982年度以降を西暦表記とし、それ以前は和暦表記としました。ただし、他大学等の発行物等についてはその表記に従いました。
また、掲載の写真は実物のサイズとは異なります。
【写真1~5一覧】
【写真1】
【写真2】
【写真3】
【写真4】
【写真5】
2018年9月19日 立命館 史資料センター 調査研究員 久保田謙次