名誉総長の末川博先生が1960年2月12日の『京都新聞』に掲載したエッセイ「節分とクリスマス」で、「クリスマスというのは、日本に昔からあったわけではなくて、戦前にはこれほど盛んではなかったのが、今日こんなににぎやかになったのはどうしたことであろうか。」「まことに大きな包容力とずぶとい度胸を持っているのが、日本人の特色とでもいうべきであろうか。」と述べています(末川博『京洛閑話』、『末川博随想全集』第八巻、栗田出版会1972年より)。
ところで日本ではいつ頃「クリスマス」が始まったのでしょうか?「1900年に横浜で創業した「明治屋」がクリスマス飾りや関連商品を販売したから」、「1910年に不二家の創業者である藤井林右衛門がクリスマスケーキを販売したから」等の説があります。正岡子規は1892年に「臘八(ろうはち)のあとにかしましくりすます」(臘八とは12月8日のお釈迦様が悟りを開いて仏となった日)、1896年に「八人の子どもむつましクリスマス」と俳句を読んでいます。1900年にはトナカイではなくロバを連れた「北國の老爺三太九郎」という物語が教文館から発行されています。
1900年といえば、立命館大学の前身、京都法政学校が発足した年ですが、この頃には
クリスマスが認知されつつあったということなのでしょう。ところで立命館大学では2022年12月25日に行った「りつくり2022 ~光のサンタと氷の時計台〜」が、新型コロナウイルス禍の影響で希薄となった学生同士や教職員、地域社会とのつながりの活性化を目的として、衣笠キャンパスを舞台とした初の参加型クリスマスイベントとして、存心館へのプロジェクトマッピングや各種企画が行われて話題になりました。
一切の武力攻撃、暴力、差別、環境破壊の無い世界を願って、メリークリスマス!