立命館あの日あの時

<懐かしの立命館>中学生横綱誕生 ~旧制立命館中学校相撲部の歴史から~

  • 2023年12月27日更新
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⑴ 相撲部の創部
 旧制立命館中学校の相撲部は、1916(大正5)年10月、学校創立十周年記念に際して創設されました【注1】。部長は体操教員の佐藤薫之助【注2】が柔道部との兼任で務めていました。大学相撲部は翌年に誕生し、その6月には常設の土俵場を完成させ、嘱託として元力士の二宮慶次郎氏を顧問に迎え人気は一気に上昇したとの記事が見られます【注3】。9月以降から積極的に角力(当時は相撲との両表記)大会に出場し、11月には堺大浜で開催された関西学生角力大会に佐藤教諭引率で参加し、5年生の小野田康雅が3勝して四回戦まで進出しています【注4】。
 当時の中学生が大学生よりも実力が上であったことは、立命館大学相撲部史のなかで次のように紹介されています。
 当時は立命館中学も現在の大学と同じ構内にあったので、一つの土俵を中学と大学とが共同で使用していたのであるが、中学生の方が主であって、大学生はいわば中学の土俵を間借りしているような存在であった。土俵の主催は中学生のものだけあって、当時の立命館中学の相撲部といえば荒削りの猛者ぞろいで、大学選手よりも中学選手の方が強いので、一緒に練習をきらった大学の部員たちは、中学生が練習を引き上げた後に小さくなって練習をやっていたのである。もちろんこの時代の立命館中学は、全国中学相撲のA級中のA級で、1923(大正12)年に全国大会で団体、個人共に栄冠を獲得している記録をみても、いかに強かったかが想像されると思う。【注5】
横綱誕生1
【写真1 新設土俵と相撲部「立命館中学の過去現在及将来」1918年3月発行
写真中央の右が部長の佐藤、左の着物姿が顧問の二宮】

 1920(大正9)年6月、相撲部教授に朝日松仙太郎【注6】を嘱託してからは更に実力をつけて活躍を重ね、同年10月には大阪毎日新聞主催の京津(京都対滋賀)相撲大会で4年生の林英智【注7】が個人優勝を果たしています【注8】。

⑵ 黄金期と中学生横綱誕生
 1921(大正10)年には1月17日から29日まで柔道剣道部と共に寒稽古を行っていて、その時の相撲部は最多の40名が参加しています。参加者が柔道部35名、剣道部38名であったことから、当時の相撲部は最も人気のある部であったと思われます【注9】。
 1923(大正12)年になると相撲部は更に華々しい活躍をしています。6月の近畿中等学校相撲大会(大阪医科大学主催)では五人抜き勝負において児玉龍雄【注10】が勝利。10月に京都府立医科大学で開催の京津中等学校相撲大会では、団体の部で東山中学校の三連覇を阻止して優勝。次いで個人決勝戦には6名中4名が立命館の選手で、優勝した小林潔には京都市長寄贈の日本刀一口が送られています【注11】。次いで11月には堺大浜で開催された全国学生相撲大会(大阪毎日新聞社主催)に出場して団体個人共に優勝、優勝旗と堺市から刀剣が寄贈されました。個人で全勝優勝した小林潔【注12】に対しては吉田司家より横綱の授与がありました【注13】。
 この栄誉に対し、11月27日午後、北大路の新学舎は未完成で3年生までしか移っていなかったため、広小路学舎の校庭で祝勝会が開かれています。そして12月8日には横綱披露の相撲大会を京都府立医科大学校庭で開き、試合の後に優勝三選手による横綱土俵入りが行われました。写真は、その時の優勝を祝して作成された記念郵便はがきと立命館学誌(第67号)です。

横綱誕生2
【写真2 全国大会個人優勝で横綱を授与された小林潔】
【写真1】に写る生徒たちとの体格差は歴然としている。

横綱誕生3
【写真3 団体優勝の三人 右から磯部二郎、小林潔、児玉龍雄 】

横綱誕生4
【写真4】横綱土俵入り 中央が横綱小林、太刀持ち磯部、露払い児玉選手
(立命館学誌 第67号)

 その後も相撲部の活躍は続き、1927(昭和2)年10月には全国中等学校学生相撲大会に小林宗次、仲田謹治、奥村雄三のメンバーで団体戦に出場。小林は個人戦でも気を吐いたという記事が残されています【注14】。また、1931(昭和6)年10月には中等学校相撲大会(日本学体育会主催)を立命館大学の前庭に急造した土俵で15校参加のもとで開催しています。立命館中学校は団体3位となっています【注15】。

 戦前にこれだけ順調であった中学校相撲部でしたが、創立者中川小十郎が2度目の校長に就任した頃から学校の方針が変わり、1935(昭和10)年には野球や庭球、陸上、柔道などと共に相撲は学校として認められない運動になってしまいました。中川校長が保護者に説明した理由は次のようなものでした。

 この学校では運動といふものを、全然認めないのである。野球も、庭球も、陸上運動も一切やらない。何人かのものは運動を楽しみ、後の大多数のものが、応援団などといって騒ぎまはるのはくだらぬことではないか。この学校では運動はやらないが武道をやる。武道は精神の鍛練にもなるからである。武道の内剣道をやる。柔道はやらない。柔道は武士道鍛練の正規の課業になっていないからだ。相撲もこの点、疑はしいからやらない。ただ弓は盛にやっている。【注16】
 
 
 こうして全国各地から生徒が集まり、中学生横綱まで輩出して全国に名を轟かせた立命館中学校相撲部は、時勢をみた校長の独断ともいえる決定によって消えていくことになったのでした。
2023年12月27日 調査研究員 西田俊博


注1;「立命館中学の過去現在及将来」(1918年3月発行)
注2;佐藤薫之助(1887年生) 
  岡山県出身で東京体育会体操学校を卒業。1907年に入営し1909年に退営。1915(大正4)年9月に立命館中学校へ勤め、1918年3月退職。
注3;立命館学誌第11号(1917年7月発行)
これによれば、二宮氏は四股名を関の戸と名乗っていて、この時の出場生徒(部員)は50名に達したと記されている。
注4;立命館学誌第13号(1917年12月発行)
注5;立命館大学体育会「体育会の歩み」第1集、相撲部の歴史
注6;朝日松仙太郎(1880年生)香川県出身。東京で田子ノ浦部屋に入門し、柴山という名で三段目まで進出したが、体調を崩し廃業。地方相撲で朝日松と改名して巡業を続け活躍。引退後、京都に移り住み、1916年から第三高等学校相撲教授に嘱託。
注7;林 英智(1921年3月卒)
  長崎県立長崎中学校3学年を修了、立命館中学校の補欠試験に合格し1919年4月、
  第4学年に入学。入学時17歳。在学中柔道初段。早大工科へ進学。
注8;立命館学誌第34号(1920年11月発行) 
注9;立命館学誌第37号(1921年2月発行) 
注10;児玉龍雄(1925年4月中退)
  和歌山県海草郡の高等小学校第1学年修業、立命館中学校の補欠試験に合格し1922年4月第3学年入学。入学時18歳。
注11;立命館学誌第66号(1923年11月発行)
注12;小林 潔(大正13年3月卒)
  和歌山県立商業学校第5学年修業、立命館中学校の補欠試験に合格し1922年9月第4学年入学。入学時19歳。大阪大学医科へ進学。
注13;立命館学誌第67号(1923年12月発行)
  吉田司家は、相撲行司の家元で、横綱免許の証状を与えていた。1951年まで力士・行司を全国的に支配していた。 
注14;立命館学誌第109号(1927年12月発行)
注15;立命館学誌第148号(1931年12月発行)「日本学体育会主催」は原文のママ
注16;立命館禁衛隊 第63号(1936年4月発行)
  新入学父兄に対する中川校長の挨拶

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