アジア・マップ Vol.01 | ブータン

読書案内

宮本万里(慶應義塾大学商学部・准教授)

一般向け
中尾佐助『秘境ブータン』2011年、岩波書店。
 1958年に特別許可を得て単身ブータン入りした植物学者が、ヒマラヤにひっそり佇むブータンの自然と社会と文化を日本にはじめて紹介したエッセイ。近代化の端緒となるジャワハルラル・ネルーの訪ブが実現し、首都ティンプーの建設が進むなか、筆者の見た当時のブータンの姿を、臨場感あふれる筆致で描いている。初版は1959年に毎日新聞社から出版。当時のブータン社会を知るための歴史資料としても価値がある。
山本けいこ『ブータン』2000年、明石書店。
 長年のブータン訪問によって培われた知識をもとに、ブータン王国の政治・経済、歴史・文化、自然などを網羅的に紹介している。出版当時までの五ヵ年開発計画の概要や各地方の特徴などを、具体的なデータや写真とともに記述している数少ない日本語の概説書の一つ。邦文文献目録も充実している。
今枝由郎『ブータン:変貌するヒマラヤの仏教王国』2013年、大東出版社。
 1981-1990年の間、国立図書館顧問としてブータンに赴任し、文献学者としてその国の政治史・宗教史を研究してきた著者の手による一般向けの概説書。ブータンの地理、歴史、文化、生活から国民気質に至るまでを、幅広く描いている。初版刊行後20年間の変遷を踏まえて加筆された増補版。
西岡京司・西岡里子『ブータン神秘の王国』1998年、NTT出版。
 ブータンが近代開発へ向けて歩み出した1960年代に、コロンボプランを通して農業の専門家として滞在し、パロやシェムガンを拠点に日本米や菜園を導入するなど、ブータンの農業発展のために尽くした日本人夫婦の、生活者としての記録。増補再刊。
専門書
レオ・E・ローズ(著)、山本真弓(監訳)、乾有恒(訳)『ブータンの政治:近代化の中のチベット仏教王国』2001年、明石書店。
 ネパール研究で実績を残す政治学者が、第三代国王の許可を得て1972年から75年までの4年間の間に断続的に実施したブータン国内でのインタビュー調査と資料調査の集大成。当時外部社会にほとんど知られていなかったブータンの歴史、外交、公共政策、国家の政治組織と行政、そして第3代国王による改革の過程を分析している。初版の英語版は1977年にコーネル大学出版会より公刊されている。
今枝由郎『ブータン中世史:ドゥク派政権の成立と変遷』2003年、大東出版社。
 17世紀にチベットのドゥク派(チベット仏教の一派)座主がシャプトゥンとしてブータンを統一し、その下に聖俗二頭統治体制を築いた。しかし、初代シャプトゥン亡き後のドゥク派中央政権は後継者の不在から不安定化し、各地の地方官が力を獲得して群雄割拠の時代となる。本書では、17世紀から20世紀初頭までのドゥク派政権の歴史を、文献学の手法により詳細に解き明かしている。
宮本万里『自然保護をめぐる文化の政治:ブータン牧畜民の生活・信仰・環境政策』2009年、風響社。
 中央ブータンの牧畜村でフィールドワークを行い、政府の環境保護政策と仏教信仰との相克を人類学の視点から捉えた研究書。前半は1950年代以降の国民形成過程を分析し、後半では90年代以降に顕著となった「環境にやさしいブータン」という国家の自画像と環境政策が、森に暮らす牧畜民の生活や信仰に及ぼした影響について考察している。著者の博士論文(2009年・京都大学)から代表的な2章の内容を抽出したブックレット。
杉本均(編)『ブータン王国の教育変容:近代化と「幸福」のゆくえ』2016年、岩波書店。
 1970年以降の急速な近代化は、ブータン社会の教育と若者たちの意識に何をもたらしたのか。信仰が支える伝統と新しい価値観の相克、熾烈な試験競争がもたらすストレス、ドロップアウトする若者たちなど、近代化推進の過程で生じた諸問題を、京都大学による長年の現地調査をもとに、比較教育学の見地から考察している。
ゲンドゥン・リンチェン(編)、今枝由郎(翻訳)『ブータンの瘋狂聖ドゥクパ・クンレー伝』2017年、岩波書店。
 ブータンで必ず耳にする瘋狂聖ドゥクパ・クンレー(1455‐1529)。本来の仏教から堕落し形骸化した教団を痛烈に批判し、奔放な振る舞いとユーモアで民衆に仏教の真理を伝えた。語り継がれる型破りの遍歴や奇行を伝える逸話集。ブータン仏教やその社会を知るための古典作品ともいえる。

書誌情報
宮本万里「ブータンの読書案内」『《アジア・日本研究 Webマガジン》アジア・マップ』1, BT.5.02(2023年9月15日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol01/bhutan/reading/