アジア・マップ Vol.01 | マレーシア

《総説》
マレーシアという国

森下 明子(立命館大学国際関係学部・准教授)

正式国名 マレーシア
首都 クアラルンプール
国土面積 約33万平方キロメートル (日本の約0.9倍)
マレー半島部の西マレーシアとボルネオ島北部の東マレーシアから構成される。
人口 約3,290万人(2022年11月時点, マレーシア統計局)
政体・政治制度 立憲君主制
連邦制(13州+3連邦直轄区)
議院内閣制(二院制)
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【 社 会 】
民族構成(2022年11月時点, マレーシア統計局)
マレー人約57.8%、マレー人以外の先住民族12.2%、華人22.7%、インド人6.6%、その他0.7%

・華人は主に17世紀以降、インド人は主に19世紀以降に大量に流入してきた移民の子孫たちである。
・マレーシアにおける「マレー人(マレー系)」の定義は、イスラーム教徒(ムスリム)の先住民族の総称である。民族集団(エスニック・グループ)を指すインドネシアの「マレー人(マレー族)」とは異なる。なお、東マレーシア(特にサラワク州)には、ムスリムではあるがマレー人には分類されない民族集団(ムラナウ族)がいる。ちなみに、ムラナウ族にはムスリムのほかにキリスト教徒もいる。
・多様な民族からなるマレーシアでは「複合社会」が形成され、マレー人、華人、インド人、非マレー系先住民族がそれぞれ固有の文化を維持している。
・マレーシア政府は、マレー人とその他の先住民族をブミプトラ(マレー語で「土地の子」を意味する)と分類し、1970年代以降、ブミプトラに対する優遇政策(いわゆるブミプトラ政策)を実施している。目的は、華人・インド人との経済格差の是正やマレー人の経済的地位向上とされる。2000年代以降はブミプトラ政策の見直しが議論・一部実施されているが、政策の廃止や大規模な改革には至っていない。

言語
マレー語(国語・公用語)、英語、中国語、タミル語、その他

宗教(2020年時点, マレーシア統計局)
イスラーム(63.5%)、仏教(18.7%)、キリスト教(9.1%)、ヒンドゥー教(6.1%)、その他(儒教・道教等 0.9%)、無宗教・不明(1.8%)

・憲法ではイスラームが国教(連邦の宗教)に定められると同時に、他の宗教の信仰の自由や宗教活動も保障されている。
・イスラーム教徒は主に、マレー人と一部のインド人から構成される。

【 政 治 】
立憲君主制
現在の国王 (2022年12月時点) アブドゥラ・スルタン・アフマド・シャー第16代国王 (2019年1月就任、パハン州スルタン)

・マレーシアでは、連邦レベルの国王(Yang di-Pertuan Agong)と州レベルの統治者(7州のスルタン、プルリス州のラジャ、ヌグリ・スンビラン州のヤン・ディプルトゥアン・ブサール)が並存する(いわゆる「連邦君主制」)。
・もともとマレー半島部には複数のマレー系王国が存在し、19世紀以降にイギリスの植民地化が進んでも、間接統治下で王権が維持された。今日でもマレーシア13 州のうち9 州に統治者が存在する。また、統治者を持たない4 州(マラッカ、ペナン、サバ、サラワク)には平民の州元首(Yang di-Pertua Negeri)が置かれている。
・国王は統治者会議での互選によって選ばれる。任期は5年である。統治者会議のメンバーは9州の統治者と4州の州元首であるが、州元首は国王候補の資格を持たず、また、議題によっては統治者会議に参加できないため、名目上のメンバーといえる。慣例として、国王は9州の統治者から輪番制で選出されている。
・国王は首相任命権をもち、国会下院の過半数から信任を得ていると判断する下院議員を首相に任命する。連邦の執政権は国王に付与され、国王、内閣、内閣に権限を与えられた大臣によって行使される。ただし国王は、一部の任務を除き、内閣の助言に従って行動することが求められる。
・国王は自州のイスラーム教の長であると同時に、統治者のいない4州および連邦直轄地域(クアラルンプール、ラブアン、プトラジャヤ)のイスラーム教の長でもある。また、国王はブミプトラおよび国民全体の保護者であると規定されている。各種の儀礼や式典などを通じて、マレー人の伝統文化を象徴する役割とともに、国民全体の統合の象徴としての役割も期待される。
・国王は連邦軍の最高司令官でもある。ほかにも、恩赦を与える権限、甚大な非常事態が発生した際 に非常事態宣言を発令する権限などを持つ。

連邦制
・マレーシアは13州と3つの連邦直轄区から構成される。マレー半島部の西マレーシアには11州(プルリス州、クダ州、ペナン州、ペラ州、スランゴール州、ヌグリ・スンビラン州、マラッカ州、クランタン州、トレンガヌ州、パハン州、ジョホール州)と 2つの連邦直轄区(クアラルンプール、プトラジャヤ)、ボルネオ島北部の東マレーシアには2州(サバ州、サラワク州)と1つの連邦直轄区(ラブアン)がある(※行政区名の日本語訳はアジア経済研究所の表記に準拠)。
・半島部の11州は旧マラヤ連邦(1957年にイギリスから独立)の構成地域であり、1963年にシンガポールと東マレーシアのサバ州・サラワク州とともに、新たな連邦マレーシアを結成した。なお、シンガポールは1965 年にマレーシアから分離独立した。
・各州には独自の州憲法があり、州の管轄分野については州法を制定することができる。
・実際の連邦-州関係は、特に半島部11州において集権的であり、州政府の権限は限定的といえる。しかしイスラームに関する立法・行政・司法については州の管轄である。サバ州とサラワク州に関しては、1963年の連邦加入の際に半島部11州よりも高度な自治権が認められた。

写真2

議院内閣制
国会(二院制)
上院:70議席(国王任命44名、州議会指名26名), 任期3年
下院:222議席, 任期5年, 直接選挙(小選挙区制)

・下院は上院に優越する。首相は下院議員から選ばれ、また、下院は過半数の賛成によって内閣不信任案を可決できる。
・首相は下院議員の中からその過半数の信任を得て いると判断する人物を、国王が任命する。また大臣は、首相の助言に基づいて上・下院議員から国王が任命する。
・立法過程:法案は国会の上下両院での審議を経て、国王の裁可を経て、法律となる。
・内閣は国会に対して連帯して責任を負う。首相が下院議員の過半数から信任を得られなくなった場合には、下院解散か内閣総辞職をしなければならない。

選挙制度
・小選挙区制。2019年までは選挙権・被選挙権年齢が21歳以上であったが、2019 年の連邦憲法改正により、いずれも18 歳以上に引き下げられた(2021年12月施行)。

マレーシア政治の流れと主要政党・政党連合
・マレーシアでは独立から2008年まで、与党連合による一党連合優位制が長く続いた。民族基盤の主要政党(統一マレー人国民組織UMNO、マレーシア華人協会MCA、マレーシア・インド人会議MIC)が中心となって政党連合を結成し、2008年まで国会下院の 3 分の 2 以上(1969年総選挙のみ過半数)の議席を確保し続けた。政党連合は1973年まで連盟党(Alliance Party)、1974年からは野党やサバ州とサラワク州の諸政党が加わり国民戦線(Barisan Nasional: BN)となった。与党連合では、常にマレー人政党UMNOが支配的な地位を占め、2018年の政権交代まで、UMNOが首相や副首相などの要職を占めてきた。なお、BNの中核政党UMNO、MCA、MICを除き、構成政党は変化し続けている。2022年総選挙時のBN構成党はUMNO、MCA、MIC、サバ人民統一党(PBRS)である。

2018年の政権交代までの歴代首相・副首相(*全てUMNO所属)

首相任期 首相 副首相
1957-1970 トゥンク・アブドゥル・ラーマン アブドゥル・ラザク・フセイン
1970₋1976 アブドゥル・ラザク・フセイン イスマイル・アブドゥル・ラフマン(1970₋1973)
フセイン・オン (1973₋1976)
1976-1981 フセイン・オン マハティール・ビン・モハマド
1981₋2003 マハティール・ビン・モハマド ムサ・ヒタム (1981₋1986)
アブドゥル・ガファル・ババ (1986-1993)
アンワル・イブラヒム(1993₋1998)
アブドゥラ・アフマド・バダウィ (1999-2003)
2003₋2009 アブドゥラ・アフマド・バダウィ ナジブ・ラザク (2004-2009)
2009-2018 ナジブ・ラザク ムヒディン・ヤシン (2009-2015)
アフマド・ザヒド・ハミディ (2015-2018)<

・1998年、マハティール首相と対立していたアンワル副首相が解任され、UMNOを除名された。解任以前、アンワルには同性愛と汚職のスキャンダルが報じられていたが、アンワルは政治的陰謀だと主張した。副首相解任後、アンワルとその支持者らは権威主義的な政治体制に対して改革(レフォルマシ)を求める運動を開始し、大規模な反政府集会を開催したが、国内治安法に基づいて逮捕された。アンワルはさらに汚職と同性愛の罪で起訴され、1999年には汚職罪で有罪判決(禁固6年)、2000年には同性愛で有罪判決(禁固5年)を受けた(しかし同性愛罪については2004年に連邦裁判所にて有罪判決が棄却された)。アンワルの支持者らは1999年に国民公正党を結成し(後の人民公正党PKR)、党総裁にはアンワルの妻ワン・アジザが就任した。

・2008年の総選挙において、与党連合BNの下院議席は1969年以来初めて3分の2を割り込んだ。この選挙では野党3党(PKR、イスラーム政党の汎マレーシア・イスラーム党PAS、華人を主な支持基盤とする民主行動党DAP)が躍進し、選挙後に野党連合・人民連盟(Pakatan Rakyat: PR)を結成した。これ以降、マレーシアの政党システムは一党連合優位性から二大政党連合制に移行した。

・2008年当時、PKRの実質的指導者であったアンワル元副首相は、1999年4月に汚職罪で禁固6年、刑期満了後5年の政治活動停止の判決を受けていたため、総選挙には出馬できなかった。しかし2008年4月に被選挙権を回復し、8月の下院補選に当選して政界に復帰した。

・2015年、野党連合PRはPASとDAPの衝突により瓦解した。その後、PASの離党組が結成した国民信託党(Amanah)とPKR、DAPにより、新たな野党連合・希望連盟(Pakatan Harapan: PH)が結成された。また2015年には、アンワルが再び同性愛の有罪判決(禁固5年)を受けて収監され、被選挙権を剥奪された。

・2017年、汚職問題などに問われるナジブ首相への批判を強めたマハティール元首相がUMNOを離党し、ムヒディン元副首相(首相批判によりUMNO除名)とともに新党・マレーシア統一プリブミ党(BersatuもしくはPPBM)を結成した。Bersatuは野党連合PHに加わり、マハティールがPH代表に就任した。

・2018年の総選挙において、野党連合PHが下院議席の過半数を獲得し、マレーシア史上初の政権交代が実現した。首相にはマハティールが就任し、副首相にはPKR総裁のワン・アジザ(アンワルの妻)が就任した。アンワルは国王の恩赦を受けて釈放され、補選で下院議員に当選して政界復帰を果たし、PKR総裁に就任した。

・政権交代後のマレーシアでは、二大政党連合制が安定しなかった。2020年には与党連合PHからBersatuなどの一部政党と議員が離反し、PHは国会下院の過半数から信任を得ることができなくなった。マハティール首相は辞任し、内閣は総辞職となった。PHを離反したBersatuのムヒディン総裁はPASやBNなど主要野党・野党連合と組み、下院の過半数の信任を得たと主張した。最終的には国王が全ての国会下院議員と面会し、ムヒディンを新首相に任命した。

・2021 年にもムヒディン政権下で与党陣営の一部議員が離反した。国会下院の過半数の信任を得られなくなったムヒディン首相は内閣総辞職を余儀なくされた。新たな首相には、国王が国会下院議員からの意見聴取を経て、イスマイル・サブリ前副首相(UMNO副総裁)を任命した。

・2022年に総選挙が実施され、いずれの主要政党連合も国会下院の過半数を獲得することができなかった。連立交渉と国王による調停の末、アンワルPKR総裁率いる政党連合PHを軸に、BNやサバ州とサラワク州の政党連合等が加わった大連立政権が誕生し、アンワルが首相に就任した。

2018年の政権交代以降の首相、副首相、与党連合

首相任期 首相(所属政党) 副首相(所属政党) 与党陣営の政党・政党連合
2018-2020 マハティール・ビン・モハマド(Bersatu) ワン・アジザ・ワン・ イスマイル(PKR) 希望連盟PH (PKR, DAP, Amanah, Bersatu)
2020-2021 ムヒディン・ヤシン(Bersatu) イスマイル・サブリ・ ヤコブ(UMNO) 国民連盟PN (Bersatu, PAS, サバ州の政党 等) ;
国民戦線BN (UMNO, MCA, MIC 等);
サラワク政党連合GPS (PBB, PRS, SUPP, PDP);
サバ団結党PBS  等
2021-2022 イスマイル・サブリ・ヤコブ(UMNO) 指名せず 同上
2022-現在 アンワル・イブラヒム(PKR) アフマド・ザヒド・ハミディ(UMNO)
ファディラ・ユスフ(サラワク統一ブミプトラ党PBB)
PH (PKR, DAP, Amanah等), BN, GPS, サバ人民連合GRS (Bersatuサバ州支部, PBS, STAR, SAPP) 等
*PN (Bersatu, PAS, Gerakan)以外の政党連合は連立政権に参加。

【参考文献】
河野元子. 2010.「マレーシアにおける地方行政と地方政府」永井史男・船津鶴代編『東南アジアにおける自治体ガバナンスの比較研究』調査研究報告書. 86-109頁. アジア経済研究所.
左右田直規. 2022. 「マレーシアの君主制と政党政治―首相と州首相の任命に関する一考察―(1)」『東京外大 東南アジア学』27: 1-33.
中村正志. 2018.「 「選挙による民主化」を実現したマレーシア」『国際問題』676: 35-46.
萩原宜之. 1989. 『マレーシア政治論―複合社会の政治力学』弘文堂.
増原綾子他. 2018. 『はじめての東南アジア政治』有斐閣.
日本貿易振興機構JETRO. 「マレーシア概況・基本統計」( 2022年12月21日閲覧) https://www.jetro.go.jp/world/asia/my/basic_01.html

書誌情報
森下明子「《総説》マレーシアという国」『《アジア・日本研究 Webマガジン》アジア・マップ』1, MY.1.01(2023年4月26日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol01/malaysia/country/