アジア・マップ Vol.01 | モンゴル

《総説》
モンゴルという国

宮脇 昇(立命館大学政策科学部・教授)

 世界で一番人口密度の低い国。それがモンゴル国である。日本の約6倍の面積(約156.6㎢)に比して、全人口は約328万人である。人口の約半数の約163万人が首都ウランバートルに住んでいる。首都ウランバートルと全部で21の県(アイマック)からなる。

 いうまでもなくモンゴルは、内陸国である。北はロシアに接し、ブリヤート自治共和国(ソ連初期の1923年に成立したブリヤート・モンゴル自治社会主義共和国が前身)などが位置している。南は中国に接し、その大部分は内モンゴル自治区である。内モンゴル自治区では、縦書きのモンゴル文字が公共の場で漢字とともに用いられている。モンゴル国の前身のモンゴル人民共和国は、社会主義国として建国されソ連との関係を強めた歴史により、モンゴル文字を捨ててラテン文字、1940年前後からはロシア語と同じくキリル文字を用い、現在に至っている。民主化の後、モンゴル文字が徐々に復活しつつある。

 同国で一番標高が低いのは、中国の内モンゴル自治区に面するゴビ砂漠から東部の平原の地帯である。そこは、山がほとんどなく、見渡す限り砂漠と平原が広がる。砂漠といってもほとんどは岩石砂漠、あるいはステップが混じており、サハラ砂漠のような砂砂漠は、南部のモルツォグ砂丘などには存在するが、ラクダに乗るツアーが観光地化している。ウランバートルから北京に列車で向かうと、鉄道は単線非電化である。中国国境のザミンウード駅までほとんど山を見ない。鉄路にそっておかれた鉄条網は、人間が軽々と越えることができる高さである。それは何のためかといえば羊やヤギの侵入を防ぐためである。逆にウランバートルから北へ向かう鉄道も単線非電化であるが、国境を超えるとロシアのウランウデで複線電化のシベリア鉄道に合流する。

 東は低地が多く中国東北部に続く。西は高地が多い。モンゴル最高峰を擁するアルタイ山脈は標高4300mに達する。モンゴル最大の湖であるウヴス湖は北西部にある。北部にいくと次第に森林が広がりロシアとなる。

 モンゴル国の多数派集団は、ハルハ人と呼ばれる人々である。その多くは、その多くは遊牧民の出身であり、20世紀まで羊、牛、ヤギ、馬などの放牧に従事していた。移動式テントのゲルは遊牧に適している。マイナス30度近くとなる厳冬期にも、ゲルの中では石炭ストーブのおかげで暖かい。夏は高原であるため比較的涼しい。西部にはカザフ人などが住んでいる。カザフスタン共和国とモンゴル国とはわずかに国境をしていないが両国の国境の間は40km程度にすぎない。ただしそこは山岳地帯である。カザフスタンとモンゴルは近年直行便が就航し、また長距離バスが運行されている。

 1924年に世界で二番目の社会主義国となったモンゴルは、アジアで二番目に社会主義国となった北朝鮮と当初から国交を結び関係が深い。そして中国革命後の中国とも国交を早く結んだ。1950年代の中ソ蜜月の時代にモンゴルに鉄道が敷かれ、モスクワから北京に直行する国際列車も通りはじめた。1960年代から中ソ対立が深まるとモンゴルはソ連側につき、モンゴル駐留のソ連陸軍は中国と対峙した。中ソ対立が冷め、ソ連崩壊により中国国境に張り付いていたソ連軍は、モンゴルからすべて撤退した。それでも当初は経済的にはロシア依存が強かったが、21世紀に入ってから最大の貿易相手国は中国となっている。その主要輸出品は石炭であり、モンゴル南部の炭田からトラックで、現在は鉄道も用いて輸出されている。内陸国であるため、第三国との貿易は主に中国の港湾と、ロシアのシベリア鉄道を用いてきた。空路の拡大を目指して21世紀に入ってから国際便を増やし、また2021年には日本のODAによりウランバートル郊外に新空港が開かれた。

 安全保障面では、1990年代半ばに「安全保障概念」の文書を採択し、第三国軍隊のプレゼンスを否定し、また経済安全保障の面から第三国企業による投資に制限を設けた。その一方で、モンゴルは国連PKOに部隊を提供し、さらに国内で中国やロシアなどと合同軍事演習を行っている。一国ながら1992年に非核地帯宣言を発して、それは1998年の国連総会で承認され、さらに国連安保理常任理事国(核保有国)によっても認められた。モンゴルの軍事力は脆弱で、特にソ連崩壊後、モンゴルの空軍はきわめて僅かである。この脆弱性がモンゴルをして非核化と協調的安全保障を進めさせる要因となっている。

 アジアにおけるモンゴルの特徴は、1990年ごろの民主化革命の後、民主主義が発展している点である。大統領と議会(一院制 定員76)が直接選挙で選ばれる。主要政党としては人民党、民主党がある。ウランバートルでは諸派が強い。政治的な抗議活動も頻繁にみられ、コロナ禍では政府の政策への批判により首相が交代することとなった(ただしその首相は翌年の大統領選挙に出馬し、当選した)。モンゴルは、ユーラシアにおける「民主主義の島」と呼ばれる。モンゴルから一番近い民主主義の国は、韓国、次いでインド、日本である。

 こうした民主主義の観点もあって、モンゴルは、ロシア、中国に次ぐ「第三の隣国」政策を外交の基本方針に掲げてきた。実際には国境を接しないが、日本、韓国、アメリカ、EUなどの諸国、そして国際機構との関係を重視することにより、外交の選択肢を増やし、それを梃として中ロとの関係を切り盛りしようとしている。2015年には初めてのEPAを日本と締結した。

 国際機構の会議を誘致しモンゴルのプレゼンスを高めようとすることも大事な外交である。2012年には、57番目の正式加盟国としてOSCE(欧州安保協力機構)に参加するようになった。OSCEはもともと「欧州」の会議・機構であるが旧ソ連の中央アジア諸国は独立時から参加している。モンゴルはロシアに接するという地理的状況もあり参加が認められることとなった。また2014年からは、「第二のヘルシンキプロセス」を標榜してUBD(北東アジアの安全保障のためのウランバートル対話)が開催され、北朝鮮も参加することがある。2016年にはASEMの首脳会議が開催された。

 21世紀のモンゴルの大きな課題は、他国同様に教育、福祉、環境、交通である。合計特殊出生率は2.84%(2021年)と、低下傾向にあるものの依然として高い。子供の数が多いため首都の学校は午前・午後の2部制にすることが多い。それでも学力水準は高く、数学オリンピックなどに出場する生徒もいる。都市部では減少傾向にあるものの大家族制がかなり残っており老齢の家族の面倒は家族が担うことが多い。しかし医療水準や福祉制度が充実しているとはいえず、平均寿命は以前に比べて高くなったとはいえ男性66.5歳、女性75.7歳(2021年の調査)である。そのため40代になると仕事から「引退」する人も少なくない。なおモンゴルでは、仕事の転職率が高く、同じ職場に長く務める人は比較的少ない。

 環境問題のなかで最も喫緊の課題は、盆地であるウランバートルの冬の大気汚染である。集合住宅では石炭をエネルギー源とする温熱暖房を用いているが、郊外の「ゲル地区」では石炭ストーブを用い、その排煙は盆地に滞留しPM2.5の濃度が高くなる。行政はこの問題の解決のために豆炭利用を推奨し制度化しているが、抜本的な解決にはいたっていない。ウランバートルの発電量のほとんどは4基ある石炭火力発電所で、ソ連が造り、日本が改修した。発電は飽和状態にあり、新しい発送電施設が必要となっている。2010年代に風力発電が稼働しはじめたが発電量は僅かである。同国が「脱石炭」を実際に進めるのは容易なことではない。ロシアからモンゴル経由で中国に延びる天然ガスパイプライン「シベリアの力2」の計画があり、モンゴルでは期待を寄せている人が多い。またモンゴルはウラン埋蔵量が豊富であり原発建設計画が取り沙汰されたこともあったが、環境保護運動の高まりにより計画は頓挫した。

 最後の交通の問題は、首都の市民を毎日悩ませている。車の渋滞は激しい。ナンバープレート規制があるものの抜本的な対策としては微力である。構造的問題として鉄道が通勤・通学にほとんど利用できないことがある。長距離用の鉄道(駅)しかないためである。冬の積雪対策も兼ねて地下鉄建設の計画が長年あるものの、机上から進んでいない。ウランバートルの新空港は、ウランバートルの中心部から車で2時間程度の場所にあるが、数時間に一本しかないバス以外に公共交通機関のアクセスはない。つまり車社会である。日本からの中古車、とりわけ右ハンドルのプリウスが目立って多く、EPAはそれを促進した(ただし車は右側通行)。地方の遊牧生活でさえも、バイクで羊を追い、トラックでゲルを運ぶ時代に代わりつつある。しかしウクライナ侵攻後にガソリン価格が高騰し、移動好きな市民を直撃している。

 ASEMの宿泊施設にもなった色とりどりのゲル(2017年)

ASEMの宿泊施設にもなった色とりどりの観光用ゲル(2017年)

モンゴル北部スフバートル駅で待つウランウデ行の列車(2017年)

モンゴル北部スフバートル駅で待つウランウデ行の列車(2017年)

 見渡す限りの草原に続く未舗装の道(2017年)

見渡す限りの草原に続く未舗装の道(2017年)

ウランバートル市内で建設中の高層マンションと高騰するガソリン価格(2022年)

ウランバートル市内で建設中の高層マンションと高騰するガソリン価格(2022年)

書誌情報
宮脇昇「《総説》モンゴルという国」『《アジア・日本研究 Webマガジン》アジア・マップ』1, MN.1.01 (2023年1月10日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol01/mongol/country/