アジア・マップ Vol.01 | パキスタン

読書案内

山根聡(大阪大学大学院人文学研究科・教授)

概説書
小西正捷編『もっと知りたいパキスタン』弘文堂 1987年
 現代パキスタンの歴史や文化に関して、専門的な内容を含めつつ紹介した初めての概説書。特に生活文化に関する記述が豊富で、パキスタンの諸相を詳しく解説している。パキスタンの建国理念であるイスラームと国家の関係性や、言語事情や文学に関する解説、女性の暮らしを含むパキスタンの家庭生活の有様などはパキスタン社会を理解する上で欠かせない情報に富んでいる。
加賀谷寛・浜口恒夫『南アジア現代史Ⅱ パキスタン・バングラデシュ』山川出版社 1977年
 イギリス植民地期のインド・ムスリムの政治・社会運動がいかにしてパキスタン建国へと至り、その後の国体をめぐっていかなる議論が起こったか、またバングラデシュがいかにして独立したかまでの現代史を詳述した歴史書。国家体制におけるイスラームのあり方をムスリム思想史の面から解き明かすなど、重要な指摘に溢れている。刊行後時間を経ているが、パキスタンの歴史の理解には必読の書。
広瀬崇子・小田直也・山根聡編『パキスタンを知るための60章』明石書店 2003年
 パキスタンの基本的な知識60項目について、それぞれの専門家がエッセイ風に書いた入門書で、パキスタンの全般にわたる理解を深めるうえで役立つ。パキスタンの地理や歴史、宗教、社会、文化、パキスタン各地の様子、政治、外交、経済日本との関係など、大きなテーマごとに複数のエッセイが収載されており、春を祝う凧あげ、マドラサと近代的な教育機関、音楽事情、財閥の形成、アフガニスタン難民問題、NGO活動など、さまざまな話題が提供されている。
専門書
黒崎卓・子島進・山根聡共編『現代パキスタン分析』岩波書店2004年
 同世代のパキスタン研究者が集まって現代パキスタンにおける国家と民族のせめぎあいを描いた専門書。国家とイスラームの関係性や、言語問題、各地の民族やキリスト教徒などマイノリティの政府との緊張関係やそれぞれの動態、あるいはイスラーム文化の表象に関する動きなど、現代パキスタンが抱える多様な課題を論じることで、政府と対峙するはずの民族などの存在を、可能性を秘めた存在として捉えている。
アーイシャ・ジャラール(井上あえか訳)『南アジア/現代への軌跡Ⅲ パキスタン独立』勁草書房、1999年
  長くインド現代史を支配してきた国民会議派史観に基づいたパキスタンド独立の経緯を、歴史修正主義者の著者が再検討した著作。インド・パキスタン独立当時の政治指導者の誰も望まなかった分離独立を、ネルーを中心とした全インド国民会議派指導部の中央集権的な意思とこれを許したイギリスの逃げ腰の植民地政策が招いたと結論づけた。歴史修正主義を代表する著作。
須永恵美子『現代パキスタンの形成と変容-イスラーム復興とウルドゥー語文化』ナカニシヤ出版 2014年
 ウルドゥー語は特定の宗教に基づいて生まれた言語ではなく、宗教を問わず用いられていたが、パキスタン独立前の19世紀後半からイスラームとの連関性を強め、インド・イスラーム文化の象徴的存在として、ムスリムの言語と認識されるようになった。本書では特に、19世紀末以降盛んとなったウルドゥー語文献の出版活動がイスラーム化に与えた影響を、教科書や、ムスリム思想家でイスラーム復興運動を牽引したアブル・アアラー・マウドゥーディーの著作などを分析することで明らかにしている。
中野勝一『パキスタン政治史-民主国家への苦難の道』明石書店2014年
 元外交官だった著者が、自らの経験と共にパキスタンの現代史を詳述した著作で、類書に含まれていない現代の情勢まで描かれている。1977年のクーデターで成立したズィヤーウル・ハク政権以降2012年までの政治史に関する詳細な情報を提供している。人名や人間関係などが複雑であるが、現代パキスタン政治史を理解する上では、政治家らの関係を理解する上で大変役立つ。
押川文子 南出和余著 『「学校化」に向かう南アジア―教育と社会変容』昭和堂 2016年
 南アジアにおける教育の現状と課題を論じた論文集で、南アジア諸国の教育の実情や課題を検討した専門書。本書に収載された、黒崎卓「パキスタンの教育制度の特徴と課題」は、パキスタンの教育に関する基本的なデータだけでなく、課題や問題点などについて丁寧な分析を行っている。現代パキスタンの教育事情に関してまとまった情報を得る上では必読の書である。
工藤正子『越境の人類学』東京大学出版会 2008年
 1980年代、パキスタンの隣国アフガニスタンでの対ソ連戦争時に日本はパキスタンに対する最大の援助国となり、この時期、査証免除制度によって多くのパキスタン人が訪日し、日本で就労しながら、日本人女性と結婚する人があった。本書は、彼ら在日パキスタン人と結婚した日本人女性の意識を調査することで、彼女たちのムスリム女性としてのアイデンティティに対する認識などを聞き取り調査によってまとめたもの。日本社会におけるパキスタン人コミュニティに関して初めての研究書。
山下里香『在日パキスタン人児童の多言語使用』ひつじ書房2016年
 在日パキスタン人の配偶者の宗教的アイデンティティに対し、その子供たちの言語生活に関する状況を調査、分析した書で、日本語、ウルドゥー語、英語など多言語を用いる生活環境について、著者によるきめ細やかなフィールド調査をもとに、日本において展開されていながら、関心が寄せられているとは言えない児童の言語状況について明らかにした良書。
福田友子『トランスナショナルなパキスタン移民の社会的世界』福村出版 2012年
 在外パキスタン人の生活空間について、彼らの移動性や社会に対する認識を移民の流れなど歴史的経緯とともに、送り出すパキスタンと日本やアラブ首長国連邦などでの宗教団体の形成過程を明らかにしたうえで、日本やアラブ首長国連邦での中古車産業での活動について、そのネットワーク形成に着目して分析したもので、ジェンダー問題に関する分析も行われている。在外パキスタン人の逞しいネットワークの一面が読み取れる。

書誌情報
山根聡「パキスタンの読書案内」『《アジア・日本研究 Webマガジン》アジア・マップ』1, PK.5.02(2023年1月10日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol01/pakistan/reading/