アジア・マップ Vol.01 | カタル

《総説》
カタルという国

堀拔 功二(日本エネルギー経済研究所・主任研究員)

1. カタルの成り立ち

 カタル(State of Qatar)はペルシア湾の南側に位置しており、アラビア半島から突き出した小さなカタル半島に位置する君主制の小国である。カタルは産油国・産ガス国として知られており、また2022年にはサッカーFIFAワールドカップ(W杯)カタル大会が開催されたことにより、国際的な知名度を上げた。国土面積は1万1586平方キロメートル(秋田県とほぼ同じ面積)である。周囲をアラブ首長国連邦(UAE)、サウジアラビア、バハレーン、そしてペルシア湾の対岸にあるイランに囲まれている。

 カタルは19世紀中ごろに、現在の支配家系であるサーニー家による統治が始まった。その後、オスマン帝国による支配や英国の保護領期を経て、1971年9月1日に独立した。なお、日本では外務省が「カタール」という表記を用いているが、ここではアラビア語の原音に近いカタルを用いる。

 カタルの人口は2022年10月に300万人を突破しており、2000年以降の増加が著しい。カタル人口のうちカタル国籍を持つ者は30万人ほどと推定されており、残りは短期滞在を前提にカタルで働く外国人である。公用語はアラビア語であり、国教はイスラームである。しかしながら、周辺の湾岸諸国と同様に外国人人口が多いため、英語が事実上の共通語として用いられているし、イスラーム以外の宗教に属する者も少なくない。

2. 政治と社会の仕組み

 カタルの政治体制は2004年に発布された恒久憲法によって規定されている。国の統治は首長家であるサーニー家を中心としており、首長位はサーニー家の中で世襲されている。現在はタミーム・ビン・ハマド・アール・サーニー首長が、2013年6月からカタル首長として国を治めている。首長の下には副首長や皇太子(2022年12月現在空席)、首長府がおかれており、これを支えている。また首長は閣僚会議のトップである首相を任命することができる。首相、国防相、内相、外相などの重要な閣僚ポストにはサーニー家のメンバーが就いており、他の実務経験が豊富な閣僚とともに政治運営が行われている。恒久憲法では三権分立を定めており、後述する諮問評議会には立法権が付与されているものの、首長に事実上の拒否権が与えられている。

 カタルには国政レベルにあたる諮問評議会と地方自治レベルにあたる中央市政評議会という二つの議会がある。諮問評議会については、恒久憲法によって45議席のうち30議席を直接選挙によって議員を選出することが規定されている。しかしながら、選挙の実現までには時間がかかり、第1回諮問評議会選挙は2021年10月にようやく実施された。また中央市政評議会については1999年に第1回選挙が行われており、それ以降4年に一度のペースで普通選挙が実施されている。

 カタル社会では、カタル国籍を有する国民と短期滞在の外国人の間に大きな経済的・社会的な格差が存在する。カタルは世界有数の資源国である一方で、国民の数は少ないため、政府からの一人当たりの経済的配分は非常に大きい。一人当たりGDPは66,838ドル(2021年名目値、世界銀行)と高く、また教育や医療は無料で、個人に対する所得税もない。そのため、国民の大半は現在の政治体制を支持ないしは受容していると言える。他方で、人口の9割を占める外国人は、カタルの社会・経済を支える不可欠な存在である。W杯カタル大会の開催をめぐっては、スタジアムなど関連インフラ建設に従事する建設労働者の多くが死亡したという批判が海外メディアから報じられ、カタルの外国人労働者問題が注目を集めた。

(写真1:タミーム首長[右]とハマド前首長[左]の肖像画)

(写真1:タミーム首長[右]とハマド前首長[左]の肖像画)

3. 対外関係の特徴

 小国であるカタルは周囲をサウジアラビアやイラク、イランという地域大国に囲まれており、国土と体制の安全保障は建国以来の重要な課題である。カタルは湾岸協力会議(GCC)やアラブ連盟、イスラーム協力機構(OIC)の加盟国として、アラブ・イスラーム諸国との友好関係の構築に努めている。また欧米やアジア諸国とも外交・安全保障・経済関係を強化している。

 カタルは国際社会が一般的に「テロ組織」「過激派勢力」と見なすようなアクターとも関係をもっており、有事の際にはそのパイプを活かした外交を展開することもある。これまでカタルは、イエメンやアフガニスタン、シリア等において現地武装勢力によって拘束された外国人を救出するために、解放交渉や仲介を積極的に行ってきた。例えば2018年にシリアで拘束されていた日本人ジャーナリストが解放されているが、カタルとトルコが解放支援を行ったとされている。アフガニスタンのターリバーンとも外交チャンネルを有しており、2021年夏に同国の正統政府が崩壊して多くの在留外国人が出国しようとした際、カタル政府が退避オペレーションを支援した。

 またカタルは仲介外交を展開しており、地域紛争の当事者からの要請を受けて、問題解決に向けた支援を行ってきた。例えばレバノン政治対立、パレスチナのファタハ・ハマース対立、ジブチ・エリトリア国境問題、スーダン・ダールフール紛争、米国・ターリバーンの和平交渉などで仲介役を務めている。このような仲介外交の実績は、カタルの国際的な評判を高めることに役立っている。

 ただし、このような外交政策は周辺国からの反発を招きやすく、対立の原因にもなってきた。カタルは2017年6月にサウジアラビア、UAE、バハレーン、エジプトなどから外交関係を断絶され、経済封鎖を受けることになった。カタルは周辺国が脅威として考えるムスリム同胞団やイラン、トルコと協力関係にあったり、同国の衛星放送「アル=ジャズィーラ」の放送内容をめぐり反発を受けていた。カタル危機と呼ばれる外交対立は3年半にわたって繰り広げられ、米国とクウェートの仲介によって2021年1月に終結した。

(写真2:カタル危機の際にはタミーム首長の肖像画が周辺国に対する「抵抗」のシンボルになった)

(写真2:カタル危機の際にはタミーム首長の肖像画が周辺国に対する「抵抗」のシンボルになった)

4. 経済とエネルギー

 カタル経済は石油・天然ガスによって支えられており、GDPの約4割、国家歳入の約7割がエネルギー部門によるものである。長らく非エネルギー部門の成長にも力を入れてきており、建設や製造、サービス部門なども拡大を続けている。特に2022年に開催されたW杯に向けて、カタルでは大規模な開発が行われており、関連事業が経済成長に寄与した。カタルのGDPは、2000年に337億ドルであったのが、2021年には1640億ドルにまで約5倍の規模にまで成長した(実質2015年基準、世界銀行統計)。

 エネルギー部門を見ると、特に天然ガスの埋蔵・生産量と液化天然ガス(LNG)の輸出量は世界有数の規模を誇っている。BP統計(2022年版)によると、天然ガスの埋蔵量は24.7兆立方メートル(世界第3位)、生産量は1770億立方メートル(世界第5位)、LNGの輸出量は1068億立方メートル(世界第3位)である。2022年のロシアによるウクライナ侵攻を契機に、欧州ではロシアからの天然ガス輸入量が大きく落ち込んでおり、カタル産LNGの引き合いが強まった。また石油について見ると、埋蔵量は252億バレル(世界第14位)、生産量は日量175万バレル(世界第14位)である。なお、カタルは2019年に石油輸出国機構(OPEC)を脱退しており、生産調整などの制約を受けない立場にある。

 他の資源国と同様に、カタル経済は石油・天然ガス収入に依存しており、国際市況の変動に対して脆弱である。そのため、カタル政府は2008年に「カタル国家ビジョン2030」を立ち上げ、持続的な経済成長を目指すための経済政策を打ち出した。サッカーW杯をはじめ、世界的なスポーツイベントや国際会議を誘致するなど、訪問客の増加に取り組んでいる。ただし、隣国UAEをはじめ、湾岸諸国間の経済競争は厳しくなっている。そのため、カタルは他国との差別化を図りながら、競争力を強化する必要がある。

(写真3:2022年にはサッカーW杯を開催し、100万人を超える観客がカタルを訪問した)

(写真3:2022年にはサッカーW杯を開催し、100万人を超える観客がカタルを訪問した)

5. 日本との関係

 日本とカタルはエネルギー、外交、経済交流を通じて良好な二国間関係を維持している。日本はカタルが独立した1971年9月に国家承認し、翌1972年5月に国交を樹立した。1973年1月にカタルが東京に大使館を設置し、翌1974年5月に日本はドーハに大使館を設置した。要人往来(首脳級)としては、福田赳夫首相が1978年に日本の総理大臣として初めてカタルを訪問し、それ以降は安倍晋三首相が2007年と2013年に訪問を果たしている。またカタル側からは、ハリーファ首長が1984年に訪日し、続いてハマド首長が1999年と2005年に訪日、そしてタミーム首長が2015年、2019年1月、同10月(即位礼)、2022年(安倍晋三元首相の国葬儀)に訪日している。

 エネルギー分野における二国間関係は特に深い。日本は長年にわたりカタルから原油・コンデンセートを輸入してきた。2020年度の日本の原油の総輸入量に占めるカタルの割合は8.3%であり、サウジアラビア、UAE、クウェートに次ぐ第4位の位置である。また1997年からLNGを輸入しており、2020年のLNG総輸入量に占めるカタルの割合は11.9%で、オーストラリア、マレーシアに次ぐ第3位の位置である。なお、カタルのLNG産業は日本の商社やプラントメーカー、電力、海運業界が1980年代から積極的な投資を行っており、その立ち上げや発展に大きく貢献した。

 エネルギー・経済分野の交流が増えたことにより、カタルにおける在留邦人数も増加している。1973年にはわずか4名の日本人しか住んでいなかったのが、2010年には1200人を超えた。2022年10月現在、557人の日本人が同地に住んでおり、ドーハには日本人学校や日本食レストランもある。このほか、両国の間では文化交流や観光を通じた相互訪問も増えており、将来的な二国間関係の多様な発展が期待される。

書誌情報
堀拔功二「《総説》カタルという国」『《アジア・日本研究 Webマガジン》アジア・マップ』1, QA.1.02(2023年3月22日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol01/qatar/country/