アジア・マップ Vol.01 | サウディアラビア

読書案内

森 伸生(拓殖大学イスラーム研究所・所長)

『王国のサバイバル:アラビア半島300年の歴史』小串敏郎、日本国際問題研究所、1996年.
本書は18世紀から湾岸戦争後までのサウディアラビア王国の歴史を網羅している。現在の王国への発展を中心に、各時代に生起した個々の危機への対応や、その克服の過程などに焦点を当てつつ、取りまとめている。建国までの歴史はアラビア語文献によって詳細に説明がなされており、サウード家の歴史に関する参照資料の一つなりうる。現王国の数々の歴史的事件についても著者の外交官としての知見をもとに説明がなされており、時代検証の重要な素材を与えている。
『サウディ・アラビアの総合的研究』代表・小杉泰、他7名(加藤朗、保坂修司、須藤繁 、中田考、中村覚、松本弘、 森伸生)、日本国際問題研究所、平成13年(2001年)
本書は平成12年度に日本国際問題研究所で行われた委託研究の成果である。サウディ王国研究者8名が執筆し、王国の各方面から分析を行っている。王国は石油収入を財源として、近代化を推進する一方で、二聖地を擁するイスラーム世界の盟主としての地位を持つ国としてイスラーム的正当性を主張する国でもある。その二面性を理解するために、2000年までの資料を基にした研究成果があげられているが、それはその後の王国の情勢を分析するための基本的な判断材料にもなっている。
『サウジアラビア―変わりゆく石油王国 』保坂修司、岩波書店、2005年
本書は2001年9.11事件から2005年ころまでにサウディアラビア王国で表面化してきた様々な社会問題、例えば、石油依存経済と失業問題、ワッハーブ主義と教育問題、王政と民主化問題などがあるが、それらは現れるべきして現れたのものとして捉え、その諸問題の根底にある要因を考察している。それを理解するために、王族の権力、宗教界の保守・革新、民衆の動向などを取り上げて、相互の関係を解説している。その後の王国の方向性を考えることができる重要な一冊である。
『現代サウディアラビアのジェンダーと権力―フーコーの権力論に基づく言説分析』辻上奈美江、福村出版、2011年
本書は、著者がサウディアラビアに滞在した2年間での聞き取り調査と、インターネットを通じて得たデータを基にして、同国におけるジェンダー観の現状を探ったものである。同国における、政治と宗教によるジェンダー秩序の在り方、その変化としてサウディ人知識人男女によるジェンダー秩序の再構築、さらにサウディ女性の挑戦としてサウディ独特の家父長制との交渉などを取り上げている。ミシェル・フーコーの権力論を援用して、ジェンダーに関する権力関係の解明を試みた内容である。
『21世紀のサウジアラビア―政治・外交・経済・エネルギー戦略の成果と挑戦』アンソニー・H・コーデスマン著、中村覚・監修・翻訳、他翻訳者(須藤繁、辻上奈美江)、明石書店、2012年
本書は『Saudi Arabia enters the twenty-first century(2003年)』の抄訳である。8章からなり700頁を超す圧巻である。著者は米国における中東の安全保障問題の第一人者である。サウディアラビアの戦略的位置に関して、同国の社会、外交政策、戦略問題、国内政治、反体制派、経済のトレンドと課題、人口とエネルギーの傾向が分析され、各テーマにそって的確な評価や批判、および提言などが行われている。その後のサウディアラビアの実態を理解していくために貴重な資料となる重要な研究書である。
『サウジアラビアを知るための63章』中村覚編、明石書店、2015年
本書は1章「政治史」、2章「社会」、3章「生きる素顔」、4章「悠久の時間」(自然と歴史)、5章「政治」、6章「経済」、7章「外交」からなっており、一項目が長くても6頁であり、簡潔にまとめている。13名のサウディアラビア専門家による執筆である。本書のコンセプトとして、イスラームに基づく同国の価値体系について各章にて論じるようにしているが、それぞれの執筆者がイスラームだけではない、それぞれの専門の目による同国の姿が映し出されて興味深い内容である。
『サウディアラビア―二聖都の守護者 (イスラームを知る)』森伸生、山川出版社、2014年
二聖都とはマッカとマディーナであり、その守護者とはサウディアラビア王国の国王である。本書では、サウード家の建国史を18世紀から始まる第一次サウード朝、第二次サウード朝、現在の王国を第三次サウード朝としている。現王国を四期に分けて観察し、第六代国王の治世までを扱っている。現王国が第一次サウード朝を規範的歴史としながら、イスラーム国家として採った同国の政策を王族やウラマーの関係から検証し、現代におけるシャリーアの実効性を探っている。
『サウジアラビア、オアシスに生きる女性たちの50年: みられる私よりみる私 』縄田浩志・編集、他執筆者13名、河出書房新社、2019年
本書は文化人類学者・片倉もとこがサウディアラビアのワーディ・ファーティマで半世紀前に収集した標本資料や撮影した写真をもとにして、最新の追跡調査を交えながら、飾面や衣服など個性的な物質文化をとおして同国女性の暮らしの変遷を半世紀にわたってたどった研究成果の解説書である。片倉は女性のベールについて相手からは見えなくてもこちらからは見える感覚を「匿名の開放感」と表現している。編者・執筆者諸氏はその片倉の独特の視点から同国の文化に新たな価値を見いだすことに挑戦している。
『サウジアラビア進出に必要なビジネス法ガイド(第3版)』西 村 あ さ ひ 法 律 事 務 所、https://www.nishimura.com/ja/books/64933.html、2019年
本書は、サウディアラビアにおけるビジネス法の概要の紹介を目的として、2018年11月、Al Tamimi & Companyにより作成された同英文ガイドブック(第3版)を西村あさひ法律事務所が翻訳作成したものである。同書の項目は同国が2016年に公表した「ビジョン2030」の説明から始まり、同国への輸出、事業設立、課税、雇用、金融、不動産、紛争解決などがあげられており、簡潔な説明内容である。法律関係なので、本書に含まれる情報は最新のものではない可能性があることが付記されている。
『サウジアラビア―「イスラーム世界の盟主」の正体』高尾賢一郎、中央公論新社、2021年
本書は、サウディアラビアをイスラーム世界の盟主として、各時代にいかに地位付けしてきたかを明らかにすることによって、サウード家の政治体制、宗教界、民衆との関係などを理解することができるとしている。そこで、サウード家には盟主としての義務が存在し、それはイスラーム法の施行であり、それから逸脱しないイスラーム法的解釈であると強調している。現在進行中の社会の開放政策についても同様の視点で理解することができるとしている。同国の今を知ることのできる一冊である。
『カラー版 メッカ―聖地の素顔』野町和嘉、岩波書店、2002年
本書は写真家の野町氏によるマッカ(メッカ)紹介であるが、内容は野町氏のイスラーム入信記録から始まり、マディーナの預言者モスク訪問、預言者モスクでの断食風景、そしてマッカ巡礼へと向かう姿が素晴らしい写真で紹介されている。聖地での写真撮影がサウディアラビア政府の許可のもと、担当役人も同行する中で行われていたが、それでも聖地での写真撮影に多くのトラブルが発生している。トラブルも含めてすべてのことが人びとの聖地への思いからであることが写真と文章の中から伝わってくる。

書誌情報
森伸生「サウディアラビアの読書案内」『《アジア・日本研究 Webマガジン》アジア・マップ』1, SA.5.02(2023年3月16日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol01/saudi/reading/