アジア・マップ Vol.01 | トルコ

読書案内

今井 宏平(ジェトロ・アジア経済研究所 海外研究員)

研究書
澤江史子『現代トルコの民主政治とイスラーム』ナカニシヤ出版、2005年
 本書はトルコにおける世俗主義とイスラームの相克、特に親イスラーム主義政党がいかに台頭してきたのかについて、ネジメッティン・エルバカンが率いた福祉党を中心に丹念に検証した書籍である。レジェップ・タイイップ・エルドアンやアブドゥッラー・ギュルを中心に立ち上げられ、現在に至るまで与党の座を維持する公正発展党がどのように権力を掌握したのかを検討するうえでも参考となる一冊である。
今井宏平『中東秩序をめぐる現代トルコ外交』ミネルヴァ書房、2015年
 本書は公正発展党政権、特に2002年から2011年までの時期の中東地域に対する外交に焦点を当て、国際関係論のリアリズムとリベラリズムの枠組みから検証した書籍である。トルコがプラグマティックな利益を追求する外交と地域秩序の安定および国際秩序の安定を目指す理想主義的な外交をどのように展開したかを理解するうえで有益である。加えて、この時期、首相の外交アドバイザーおよび外相を務めたアフメット・ダウトオウルの考えがどのように実践されたかについても検証している。
小笠原弘幸編『トルコ共和国 国民の創成とその変容』九州大学出版会、2019年
 本書はトルコ共和国がこの100年間、どのように国家運営を行ってきたかを歴史学、法学、言語学、考古学、民俗学、社会学、政治学、国際関係論といったさまざまな学問的視点から実証的に読み解いた編著である。大きなテーマとなっているのは、トルコ建国の父であるムスタファ・ケマル(アタテュルク)の再評価とトルコ国民というアイデンティティがどのように形作られてきたかという点である。
中村覚監修・間寧編『トルコ』ミネルヴァ書房、2019年
 本書はトルコの著名な政治・社会学者であるシェリフ・マルディンが提示した「中心・周辺」論を下敷きにしながらトルコの社会、国内政治、外交について実証的に検証したものである。編者である間が終章で論じているように、普通選挙が普及して以降、「周辺」の人々をいかに取り込むかが重要となり、周辺の「中心化」が生じているのが建国から100年目を迎えるトルコと言える。
アフメット・ダウトオウル『文明の交差点の地政学―トルコ革新外交のグランドプラン』書肆心水、2020年
 本書は公正発展党政権下で首相の外交アドバイザー、外相、首相を歴任し、その後公正発展党から離党し、未来党の党首となったダウトオウルが2001年に執筆し、トルコ国内外で大きな反響を得た地政学および歴史からトルコの戦略を検討した著書の邦訳である。サミュエル・ハンチントンの『文明の衝突論』を暗に批判し、トルコがいかに国際政治で中心的な役割を果たすことができるかを論じている。『中東秩序をめぐる現代トルコ外交』と併せて読むと、ダウトオウルの理論と実践がよく理解できる。
鈴木慶孝『〈トルコ国民〉とは何か:民主化の矛盾とナショナル・アイデンティティー』慶応大学出版会、2020年
 本書は、トルコ共和国の第三共和国期と言われる1980年9月12日クーデタ以降のトルコ国民のナショナル・アイデンティティーの形成、特にその統合政策の過程と限界について検証している。イスラーム統合論によるイスラームの「公的イデオロギー化」が起こる一方、アレヴィー教徒やクルド人を統合するうえで多くの困難が伴うことを本書は明らかにしている。小笠原編『トルコ共和国 国民の創成とその変容』と併せて読むことをお勧めする。
一般書
松谷浩尚『イスタンブールを愛した人々』中央公論新社、1998年
 本書はイスタンブールに所縁の深い日本人を含む12名の人物に関するエッセイである。元イスタンブール総領事である著者のイスタンブール愛と造詣の深さを堪能することができる。山田寅次郎や芦田均といった比較的トルコとの関係が知られている人物だけでなく、乃木希典、大谷光瑞、橋本欣五郎を取り上げている点も面白い。『物語 イスタンブールの歴史』と共に、イスタンブール旅行の際にバッグに忍ばせておけばイスタンブール旅行が何倍も楽しくなること必至である。
大村幸弘 (編)、永田雄三 (編集)、内藤正典 (編集)『トルコを知るための53章』明石書店、2012年
 本書はトルコの歴史、文化、宗教、政治について広範に扱ったものである。現代トルコに特定せず、ヒッタイトの時代から多くのトピックについて扱っており、様々な知見を得ることができる。5部構成のうち、現代トルコについては第4部と第5部で扱われており、社会、民族、風俗、文学から政治、経済、国際関係までカバーしている。『トルコ現代史』同様、トルコに触れるうえでは道標となる一冊である。
今井宏平『トルコ現代史』中央公論新社、2017年
 本書はオスマン帝国末期から2015年までのトルコ共和国の歴史を網羅したコンパクトな新書である。トルコ共和国の全体像、特に政治史と外交史の流れをつかむのに便利である。本書を一読したうえで、興味ある時代やトピックについて他の著書で深堀していくのが望ましいと言える。また、新聞などでトルコの現状を理解するうえでの土台となる情報も得ることができる。その意味で、現代トルコを知る上での羅針盤となる一冊と言えよう。
宮下遼『物語 イスタンブールの歴史』中央公論新社、2021年
 本書は、ビザンチン帝国とオスマン帝国の帝都であったイスタンブールの場所に焦点を当て、現代的視点から過去を体験する時間旅行に誘うという特徴を持つ。何より、この試みが新鮮である。松谷の著書が人からイスタンブールを掘り下げるのに対し、本書は場所からイスタンブールを解説していく。オルハン・パムクの作品の翻訳で定評のある著者の溢れ出る博学を堪能することができるのも本書の魅力である。

書誌情報
今井宏平「トルコの読書案内」『《アジア・日本研究 Webマガジン》アジア・マップ』1, TR.5.03(2023年3月28日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol01/turkey/reading/