アジア・マップ Vol.01 | ベトナム

《エッセイ》
ベトナムで考える社会的リンク論

惣田 訓(立命館大学理工学部・教授)

   人間と自然の関係性を"切り身"と"生身"という言葉で例える社会的リンク論が'90年代に環境倫理学の分野で提唱された。生身とは全体性であり、切り身とは部分性を意味する。例えば、私たちはスーパーでパック詰めされた魚の切り身を購入できる。その切り身の元の魚の姿や、それがどのように成長し、どこで獲られ、どのような流通経路で販売され、頭や臓物はどのように廃棄されたのか、全く知らないと言えるほど、私たちはそうしたリンクから分断された状態にある。昔は、自らが道具を作って魚を獲り、料理し、骨を土に埋めていた"生身"の関係にあった。"切り身"化によって自然との関係が希薄となることで生じる環境問題も多く、その解決には、まずは"生身"の関係を知ることや思い出すことが鍵となると言われている。私は、廃水や廃棄物の処理技術の調査のため、ベトナムに訪問しているが、そこでも"切り身"と"生身"のことを考えることがある。

   ベトナムでは、さまざまな果物を楽しめる。20年ほど前に初めてホーチミン市で食べて以来、私のお気に入りは、ドラゴンフルーツ(ピタヤ)である。拳くらいの卵形をしており、鱗のような赤い果皮、乳白色の果肉、胡麻のような種子、断面は美しく、あっさりした甘味をしている(写真1)。2009年頃から、ベトナムから日本にも輸入されているが、追熟しないので、国内で食べると甘味が少なく感じる。私は長い間、このドラゴンフルーツを、マンゴーやキウイのように木になる果物と思い込んでいた。数年前、小学生の息子の夏休みの自由研究の手伝いで、カットフルーツ盛り合わせをスーパーで購入し、各フルーツの輸入先を調べ、その種を蒔いて成長を観察した。アメリカ産のオレンジ、南アフリカ産のグレープフルーツ、ニュージーランド産のキウイから芽が出た。ドラゴンフルーツは、やはりベトナムから輸入されたもので、種を土に蒔いてみると、これもすぐに双葉が出た。数日後、双葉の間から産毛のような棘の生えた本葉が顔を出したとき、これがサボテンであることに気づいた。成長した姿をネットで検索したところ、ビントゥアン省の畑の紐サボテンは、緑色のヤマタノオロチが首を垂らしながら赤い卵を産んでいるようだった。ドラゴンフルーツの元の姿は知ることができたが、栽培方法や収穫時期、どんな肥料や農薬が使われているか、まだまだ知らないことが多い。

  ベトナムの活気のある大衆食堂での食事は楽しいが、エビの殻やドラゴンフルーツの皮など、当然ながらゴミが出る。ナプキンやライムの皮などは、床にそのまま捨てられ、その乱雑さが店が繁盛していることを表している。これらのゴミは、プラスチックゴミと一緒にビニール袋に入れられ、店前の道路脇に置かれる。家庭ゴミも同様である。それを環境公社が町を巡回してゴミを集積場所に運ぶ(写真2)。ベトナム旅行をされた方は、ホテル周辺の通りでその光景を見たことがあるかもしれない。さらに集積場所からゴミを収集車が埋立処分場に運ぶ。金属などの有価物は回収してリサイクルもされているが、ゴミの7~8割は、そのまま埋め立てられている。埋立処分場の場所は、最近では計画的に決められてるが、古くからあるものは、町中の空き地に何となくゴミが集まり、自然とそうなったところもある。ホーチミン市のGo Cat処分場、Phuoc Hiep処分場、ビンズオン省のNam Binh Duong処分場などに訪問したが、そこには、一般の人が立ち入ることはなく、日常とは切り離された別世界のようである。静かで巨大なごみの山の中には、生ゴミやペットボトル、衣類、サンダル、タイヤ、日本のメーカーのインスタント食品の袋や、アニメキャラクターが印刷された玩具もある(写真3)。埋立が終わった処分場の区画には、土が被せられ、雑草が伸び、バッタやトンボが飛び交っている。プラスチックや金属などの安定した物質は、ここに半永久的に埋められる。日本の場合、可燃物は焼却されて灰になってから埋められるが、ベトナムでは、生ゴミの中の有機物は、微生物に分解されて、悪臭の原因となる有機酸となって水に溶け、さらに二酸化炭素やメタンになって大気に戻る。物質社会における「世界の果て」は、ここなのかもしれない。

ベトナム写真

写真1 ベトナムから輸入されたドラゴンフルーツ(筆者撮影)

ベトナム写真

写真2 ホーチミン市でのゴミ回収の様子(2015年7月)(筆者撮影)

ベトナム写真

写真3 ホーチミン市Phoc Hiep処分場(筆者撮影)

書誌情報
惣田訓「《エッセイ》ベトナムと私 ベトナムで考える社会的リンク論」『《アジア・日本研究 Webマガジン》アジア・マップ』1, VN.2.01 (2023年1月10日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol01/vietnam/essay02/