アジア・マップ Vol.02 | ブータン

《エッセイ》研究の現場から
ブータンと日本の学術・社会協働

坂本龍太 (京都大学東南アジア地域研究研究所 准教授)

 現在の京都大学東南アジア地域研究研究所の前身である京都大学東南アジア研究センターが1963年に設置された当初の趣意書には、「東南アジアとは何か」という問いに明確な答えを出すこと、民族・文化・宗教・教育・政治・経済など各領域の専門研究者が相寄って、地域をそれぞれの立場から調査・研究し、その地域への「総合的理解」に役立てることに重きが置かれていたことが記載されていた。そこから60年以上の時が経った今、「ブータンとは何か」という問いに対して、改めて明確な答えを出せるかというと、自分自身が何者かすらわからない自分に答えを出すことはできないし、その答えを知りたいとも思っていない。ブータンという地域は無限の側面、奥深さを有し、絶えず変化するものではないだろうか。むしろ、地域研究には、地域の持つ多様性を理解し、短絡的な答えやその地域に対する一面的で偏った知見に対し、警鐘を鳴らすという役割もあるのではないか。そして、日本人研究者が一方的にブータンを研究し理解するのではなく、ブータンの方々にも日本人のことを理解していただくという、相互理解を深めることが重要なのではないだろうか。ブータンで暮らす学術界を超えた様々な方々と互いに課題を共有し、それを乗り越えるべく、知的想像力を働かせて一緒に行動することも大切な地域研究といえるのではないかと私は考えている。

 日本人である私がブータンに滞在をしながら高齢者ケア計画を行う提案をして交渉が滞った際に、カルチュン・ワンチュク氏から、「ドクター、俺とお前はもう友人だ。友人としてお前にブータン人との付き合い方を教える。お前がブータンに滞在する前に保健省側を日本に招待したいという申し出をするべきだ。そうすればきっと話が前に進む」という助言を受け、それに従った。

 結局、私の滞在前のブータンからの招聘の申し出をしたが、先方の事情で私の滞在が先になり、2011年8月に約束通り、保健省のドルジ・ワンチュク氏、ナワン・ドルジ氏、タシガン県知事ルンテン・ドルジ氏、同県保健局長ツェワン・ドルジ氏、カリン診療所のケサン・ラドン氏を日本に招いた。以降、ブータンの保健スタッフだけで50名を超える方を日本に招聘してきた。これらの活動には、所属先であった総合地球環境学研究所や京都大学白眉センターの予算の他に、京都大学で始まったブータン友好プログラムの支援をいただいた。同プログラムは私がブータンに滞在中に私の恩師である松林公蔵氏とその朋友・松沢哲郎氏の主導で開始された。このプログラムを通じて多くの京都大学教員がブータンに派遣され、それを契機に、仏教学、防災学、生態学、医学を含む様々な分野から研究が生まれていった。

 2012年9月には当時ブータン王立大学総長であったペマ・ティンレイ氏ら4名を京都大学に招いて国際シンポジウムを開催、2013年8月1日には両大学間で学術交流協定が締結、2016年7月にもブータン王立大学総長ニドゥップ・ドルジ氏ら11名を京都大学に招き国際シンポジウムが行われた。2017年10月には京都大学ブータン友好60周年記念行事として、ブータン法科大学院名誉総裁でもあるソナム・デチェン・ワンチュク王女をお招きし、王女はその際、皇后陛下や当時の皇太子御一家、秋篠宮御一家とも会談され、京都大学が皇室外交の一端を担う形となった。私は、これらのブータン側に対する京都大学側の窓口役を務めるとともに旅行に帯同する機会をいただいた。2018年11月22日には、当時の京都大学総長山極壽一氏と松沢哲郎氏らと共に、就任したばかりのロティ・ツェリン首相を表敬し、その後、ドルジ・ワンモ第四代王妃とソナム・デチェン・ワンチュク王女から楽しい夕食にお招きいただいた。そして、翌23日にはジグメ・シンゲ・ワンチュク第四代国王に拝謁する機会をいただいた。これら一つ一つの機会がかけがえのない思い出である。

 次世代への継承という観点では、2013年1月、2014年2月、同年9月、2015年9月、2016年9月、2017年3月、同年9月、同年12月、2019年2月、同年9月と京都大学の学生だけで延べ60名を超える学生をブータンに引率してきた。2014年9月以降は、京都大学東南アジア地域研究研究所の安藤和雄氏と共に京都大学の中に全学部全学科の学生選択可能な国際交流科目を立ち上げ、その中からブータン研究を志す若者が複数現れている。コロナ禍以降、国際交流科目は休止しているが、後述のJICA草の根技術協力事業の代表を務めている。プロジェクトでは、赤松芳郎氏、アビ・チャンドラ氏、ペマ・チョデン氏を中心に、生駒忠大氏、石内良季氏、安井里緒氏、平山貴一氏、菊川翔太氏、森下航平氏ら大学院生が主力となってタシガン県で活動すると共に、土佐町、白川町、宮津市などの関係者をブータンにお連れし、ブータン側のメンバーを日本に招いている。

 JICA草の根技術協力事業「東部タシガン県における大学―社会連携による地域づくりに関する人材育成開発支援」では、今まで我々が構築してきた交流を活かし、次の3つを目指している。1.農家・地域住民の生活向上。2.地域の保健医療体制の向上。3.地域資源(文化・自然)の保全と活用。1.については、主に有機農業の技術支援、2.については、主にバイタルサインに関わる教育支援、3.については、主に民俗資料館の整備を進めている。これらの課題は、宮津市の日置地区の有機農業の取組みを見た農業従事者の声、ブータンのバルション地区での往診の道中のVillage Health Workerの声、美山民俗資料館に入館した教員の声など、我々自身が時間と場所を共有する中で直接聞いたブータンの方の声に基づいたものである。プロジェクトの予定実施期間は3年半と限られた中ではあるが、これを契機に、大学と地域社会が連携したカリキュラムが編成され、ブータンにおいてその時代、場所に合わせた目的と方法を用いた地域密着型の研究教育活動が活性化することができれば幸いである。

カリンにおいて血圧計を使うVillage Health Worker

カリンにおいて血圧計を使うVillage Health Worker

ブータン王立大学からの招聘

ブータン王立大学からの招聘

国際交流科目

国際交流科目

書誌情報
坂本龍太《エッセイ》「研究の現場から ブータンと日本の学術・社会協働」『アジア・マップ:アジア・日本研究Webマガジン』Vol.2, BT.8.02(2024年7月22日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol02/bhutan/essay02/