アジア・マップ Vol.02 | 中国

読書案内

宇野木 洋(立命館大学文学部 教授)

一般向け書籍
宇野木洋・松浦恒雄編『中国20世紀文学を学ぶ人のために』世界思想社、2003年6月
 中国現代文学とは、おおよそ20世紀中国における文学営為・現象を指している。本書は、パート1として「コンパクト・中国20世紀文学史」を配置し、パート2では理論と制度、詩、小説、戯曲という各ジャンルにおける焦点を20世紀前半・後半に分けて論述し、かつパート3として、パート1・2で抜け落ちてしまう領域・話題・テーマなどを長めのコラム風に紹介している。80頁にも及ぶ読書案内・年表・索引も付されていて、中国20世紀文学を丸ごと扱いつつ、でも初心者にも解りやすく提示できているはずだと自負している。是非、手に取ってみてほしい。
木村英樹『中国語はじめの一歩〔新版〕』ちくま学芸文庫、2017年6月(旧版:ちくま新書、1996年4月)
 中国語を学ぶにあたって必要不可欠な視点と知識を、最先端の中国語学研究の成果に基づきながらも極めて平易に語った、中国語初学者のための必携書と言えるのではないか。発音・文字・語彙の特徴を踏まえた文法の説明は、中国語の授業で学生からよく出される質問・疑問に答える際のヒントの宝庫となっており、授業の際の座右の書としても活用している。なお、最終章「中国語のパフォーマンス」は、教科書からは学べない、現場における生きた中国語の特質を紹介しており、実践的コミュニケーションに役立つこと、請け合いである。
佐高信『いま、なぜ魯迅か』集英社新書、2019年10月
 中国現代文学の父と呼ばれる作家・魯迅(1881~1936年)は、「永遠の批判者」と称されるほど数多くの辛辣な言葉を残している。例えば「「フェアプレー」は時期尚早」と主張して、「誠実なる人がしきりに叫んでいる公理にしても、現今の中国にあっては、善人を救助することができないばかりでなく、却って悪人を保護することにさえなっている」と叫ぶ。辛口評論家として知られる佐高信は、魯迅は自己の思想的故郷だと公言した上で、「会社社会・官僚国家」全盛の日本の今にこそ、魯迅の「批判と反抗の哲学」が必要だと説いている。
西村晋『中国共産党 世界最強の組織――1億人の入党・教育から活動まで』星海社新書、2022年4月
 中国共産党といえば、日本では「習近平を頂点とする一糸乱れぬ鉄の規律の独裁政党」との怖いイメージが強いが、党員数は実に9671.2万人(2021年末/中国共産党HP)に上っており、中国の有権者(18歳以上/基層レベルでは国会相当機関の普通選挙も実施)の約1割にも相当する。当然、どこにでもいる普通のオジサン・オバサンも大勢含まれていて、「鉄の規律」とは程遠い、国民政党の側面も存在するのだ。本書は中国共産党の強みを、「草の根=現場の意向の掌握」と「中央集権」の融合と捉えて、その具体的な組織形態と活動を活写している。もしかしたら、中国共産党のイメージが一変するかもしれない一冊だ。
近藤大介『ふしぎな中国』講談社現代新書、2022年10月
 近年における34の新語・流行語・隠語の紹介を通じて、激動する同時代「中国の今」を浮き彫りにしたのが本書である。一例を挙げれば「新能源人」。「能源」はエネルギーの意味なので「新能源車」は電気自動車など新エネルギー車(NEV)の総称だ。その人間版とは何か?中国が「動態清零(ゼロコロナ)」政策を実施していたのはよく知られているが、その要点は週に数回に及ぶ「核酸検測(PCR検査)地獄」だった。電気自動車が頻繁に充電ステーションへ行かねばならないように、PCR検査場に出向く自分たちのことを「新能源人」と皮肉るのが流行ったとのことである。中国の隠語もなかなか洒落ているのではないか。
研究書籍
竹内好『魯迅』講談社文芸文庫、1994年9月(原著:日本評論社、1944年12月)
 戦後日本の中国現代文学研究の第一歩を切り開いた画期的な著作である。ただし、竹内好が脱稿して出版社に渡したのが1943年11月9日で、翌月1日には召集令状が届き戦地=中国大陸へと出征しているのだ。それ故に「竹内魯迅」とも称される竹内の魯迅論は、魯迅ないし同時代中国の思想的営みを参照系としながら、結果としては侵略戦争に行き着いてしまった日本近代を批判的に再審しようとする、一種独特の中国文学研究兼日本文化批評ともなっている。単なる研究書に留まらない、熱情と魅力にも溢れていると言えそうだ。
丸山昇『文化大革命に到る道――思想政策と知識人群像』岩波書店、2001年1月
 中華人民共和国における最大の事件は文化大革命(文革/1966~76年)である。世界第2位の経済大国にまで発展した中国は、文革の影響を如何に克服するかを出発点としていたのだ。――文革とは、毛沢東が発動した「社会主義社会における永続革命運動」が、「死者40万人、被迫害者1億人」を産み出すに到った政治的・社会的動乱だった。だが建国後の中国は、一直線に文革へと向かったのではない。歴史の終着点は文革だったにせよ、民主的で安定的な文化・社会を産み出す可能性を秘めた様々な思想的営為も存在していたのである。翻弄されながらも思索を深めた知識人たちの精神の歴史を、丹念に跡づけた名著である。
宇野木洋『克服・拮抗・模索――文革後中国の文学理論領域』世界思想社、2006年3月
 文革後における文学者・知識人たちの思索を、特に、青年・学生層に大きな影響を与えた文学理論・文化批評的営為を中心に、紹介・考察した論考である。文学作品ではなく、それらを創出した基盤である理論・批評そして言説空間を対象とした研究は、日本ではまだ希少ではないだろうか。大きな流れとしては、文革期の「プレモダン」的現象の根深さとその克服、欧米の「モダン」的動向の受容とその「誤読」の諸相、「ポストモダン」的理論に対する戸惑いと模索という角度から、通時・共時的に状況描写を試みていると言えよう。
濱田麻矢『少女中国――書かれた女学生と書く女学生の百年』岩波書店、2021年11月
 近代以前の中国女性が生きる場は、生家と婚家という2つの「家」しか存在しなかった。20世紀に到って、その中間点にようやく「女学校」というモラトリアム空間が生じていく中で、自分の人生は自分が決めるという従来にはない価値観が内面化されていく。本書は、この新たな存在としての「女学生=少女」が中国文学において如何に描かれたのか、その葛藤に満ちた道筋を、少女たちに寄り添いながら辿ることを目的としている。中国大陸以外の地域にも眼を向けており、新たな中国20世紀文学史が誕生したと言ってよいだろう。
小野寺史郎『戦後日本の中国観――アジアと近代をめぐる葛藤』中央公論新社、2021年11月
 戦後の日本における中国観(歴史学を中心に据えた人文的言説空間における中国認識)を、①中国の問題を特殊なものとみなすか、他領域にも共通する普遍的なものとみなすか、②現在に至る中国の歴史的連続性を強調するか、近代以降の変化をより重視するか、③日本で中国という外国の歴史や現状を研究する意味をどう考えるか、という3つの軸から通時的に整理していく。250名以上の戦後の中国研究者(研究グループの一員としてのみ言及される者も多いが)の中国認識の特徴が示され、中国認識に向けた葛藤の軌跡が看取できる。