アジア・マップ Vol.02 | インドネシア

インドネシアの薬草を用いた伝統医薬「ジャムウ」

西澤 幹雄(立命館大学生命科学部 教授)

インドネシアの伝統医薬Jamuとは?

Jamuとは古代ジャワ語由来の言葉で、「ジャムウ」、「ジャムゥ」、「ジャムー」と呼ばれるインドネシアの伝統医薬のことを意味する。日本ではあまり聞きなれないものかもしれないが、インドネシアでは人々の生活に根付いているものであり、誰でもジャムウを飲む。たとえばホテルの飲み物コーナーには、コーヒーと並んで、ジャムウの入った瓶が置いてある。これらのジャムウは、たいてい滋養強壮のための健康ドリンクタイプのジャムウで、薬草の苦味を消すためにヤシ砂糖やハチミツが入っている。

写真1
写真2

ホテルの朝食で出てくるジャムウ。健康ドリンクとして飲まれるタイプのジャムウ。カゴに入っているのはウコン(西澤幹雄 撮影)

ジャムウには健康ドリンクや病気を治すための飲むタイプの薬が多いが、皮膚に塗って擦りこむタイプの薬もある。ジャムウには、インドネシアで採れる薬草(薬用植物)が入っている。薬草をブレンドしてジャムウを作るので、ジャムウは日本の漢方薬によく似ている。

ジャムウはいつ始まった?

インドネシアでは、ジャワ島の中部(スマランとスラカルタ)がジャムウ発祥の地と考えられている。8世紀後半に建設されたといわれている仏教寺院のボロブドゥール遺跡には、臼(うす)と杵(きね)で薬草をすりつぶしてジャムウを作っているレリーフ(浮き彫り)が存在している。ジャムウは、古代インドのアーユルベーダに大きく影響を受け、ジャワの王家で伝えられきた。また、庶民は薬草を用いた民間薬を使っていた。

ボロブドゥール寺院の遺跡(Kartika Sari Henry撮影)
出典:https://commons.wikimedia.org/wiki/User:22Kartika
アジア・日本研究推進プロジェクト(プロジェクトリーダー:田中 覚 教授)では、インドネシア歴史文化遺産としてボロブドゥール遺跡のデジタルアーカイビングと高精細4次元可視化コンテンツの開発を行った。
https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/research/kyousou/07.html/

イスラム教がジャワ島に進出したため、ヒンドゥー・仏教文化は衰退し、一部のジャワ人はバリ島に逃れた。その際、ジャムウに関する多くの文書が古代ジャワ語(Kawi)で書かれ、それらがバリ島に移された。おそらく千種類を超えるジャムウのレシピ(調合法と処方)が伝えられたものの、ジャムウによる治療の理論と体系は失われてしまった。一方、日本の漢方薬では、古代中国(唐)から伝来した治療理論と体系が継承され、江戸時代に日本人に適した配合法と治療法が確立した。

その後、ジャワ島がイスラーム化されたあとも、生薬のレシピは王室に伝えられていた。王室ではこれをJampi(Djampi oesodoともいわれる)という名前で呼んでいた。第二次世界大戦後にインドネシアが独立すると、王室のJampiと庶民の民間薬を合わせて「インドネシア本来の薬」としてJamuと呼ばれるようになった。これに対して、アスピリンなどの西洋由来の薬はObatと呼ばれ、Jamuとは区別されている。

ジャムウはどのように作られるのか?

ジャムウに使われる材料の大部分が植物で、樹皮や根、葉、果実、種子などさまざまな部位が使われる。ブラジルに次いで、インドネシアは世界第2位の生物多様性(biodiversity)を誇るため、インドネシアに生育する多数の薬草がジャムウに使われているのが特徴である。とりわけショウガ科の薬草の根茎が多く使われている。それ以外には動物性の成分(ハチミツ、鶏卵)、食塩、石灰などが使われる。

写真4
写真5

ジャムウに使われる薬草。食用にもされる(阿良田麻里子 撮影)

ジャムウを調合する場合には、新鮮な生の植物が用いられることが多く、臼と杵を使って植物を砕く。さらに細かくすりつぶしたものに甘味料や水を加えて溶かし、煮沸してから冷ましてジュースとするのが一般的である。薬草の種類によっては漢方薬のように煎じることもある。

今でも道端でジャムウを売る行商人(Jamu gendong)を見かけることがある。このジャムウ行商人はたいてい女性で、薬草で作ったジュースの瓶を何本もかごに詰めて、バティック(ろうけつ染め)の長い布を使って背中にかついで売り歩く。行商人は、どの薬草ジュースをどのくらいの割合で混ぜるか、伝統のレシピを記憶している。お客からジャムウをほしいと言われたら、希望や症状に合わせたレシピを選び、複数の薬草ジュースをその場で混ぜる。客はそれを飲み、お金を払う。ジャムウ行商人は医者ではないので、診察をすることはない。薬草の配合のレシピは一子相伝として口伝で伝えられており、経験的にどのような症状にどのくらいの量を配合するのかも決まっている。

ジャムウは何に効くのか?

よく飲まれているのは、女性のスタイルアップや妊婦向けのジャムウ、健康増進のためのドリンク剤のようなジャムウである。そのほか、幼児や子供の病気(発熱、せき、ウイルス感染症、寄生虫病など)、消化器系の症状(下痢、腹痛、便秘など)、あるいは糖尿病に対するジャムウなど、さまざまな症状や病気に対してそれぞれ効くとされているジャムウがある。

ジャムウに関する研究はどこまで進んでいるのか?

ジャムウのレシピの一部は王族の秘薬として伝承されていた。イスラーム王国の進出に伴い、ジャムウによる治療の理論体系に関する文書はほとんど失われてしまったので、現在では、薬草の配合根拠は明らかではない。また、ジャムウのレシピは口伝として伝えられているため、ジャムウ行商人ごとに多くのレシピが異なっている。つまり、巷間に流通しているジャムウは特定の行商人のレシピであり、そのすべてが必ずしも一般的なレシピであるとはいえない。

現在では、インドネシアの製薬会社からもジャムウが販売されている。粉末のジャムウの素も普及しており、水に溶かすだけでジャムウを作ることもできる。しかし、ジャムウの配合レシピの多くが非公開で、成分が分析されているとは限らない。さらに、有効成分がよくわかっていないこともあり、インドネシアでは「多く飲んだ方が効くのではないか」と思って多く飲み過ぎてしまい、腎障害を起こす例も見られる。

一方、漢方薬は日本薬局方により、漢方薬に用いる植物(生薬)の種とその同定法、漢方薬に多く含まれている成分(主成分)とその含有量、さらには投与量などの基準が厳密に決められている。植物に特徴的な成分を検出する方法も書かれている。その中でも、主成分は植物由来の生薬の品質管理をする際に基準となるため、主成分の検出と含有量の測定は重要なポイントになる。

これからのジャムウ研究

ジャムウに関する研究はやっと緒についたところである。まず、ジャムウに用いる薬草のどの部位に、どのような成分が含まれているかを調べることが重要である。このような成分分析をするためには、高速液体クロマトグラフ(HPLC)や質量分析計を使う必要がある。漢方薬の成分研究ではこのような技術はかなり進んでいるし、中国伝統医薬(漢方薬の元祖で、中医学と呼ぶ)では国家プロジェクトとして成分分析を進めている。

次のステップでは、薬草に含まれる有効成分が、ヒトや動物にどのような効果(薬理作用という)を与えるかを詳しく調べる必要がある。日本の漢方薬については、このような薬理作用を調べる研究が積極的に行われているが、ジャムウについては、十分に実施されているわけではない。そのため、インドネシア政府はジャムウの薬理作用を調べる研究をもっと推進していこうとしている。

アジア・日本研究所(AJI)では、プロジェクトリーダーである西澤(生命科学部・教授)のもと、今まで2つの研究推進プロジェクトを実施している。
「インドネシアと日本の薬用植物研究による健康寿命の増進」(2017〜2019)
https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/research/kyousou/06.html/
「アジアの伝統医薬と食材探索を用いた糖尿病予防の研究」(2021〜2023)
https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/research/kyousou/08.html/

これらのプロジェクトでは、インドネシアの大学(ブラウィジャヤ大学、ボゴール農科大学など)と連携を図り、互いに若手研究者を受け入れたり、国際会議を開いたりと、研究交流を進めている。また、共同研究を実施し、漢方薬の研究を手本としてジャムウの研究を進めている。インドネシアでは現在、肥満や糖尿病が増加しているため、これらの予防や治療を目的とした本プロジェクトのようなジャムウ研究は、今後さらに、社会から求められると考えられる。

2023年9月にインドネシアのブラウィジャヤ大学で開催されたジャムウ学会に関する記事
出典:https://kanal24.co.id/ub-dan-dewan-jamu-indonesia-sinkronkan-ekosistem-jamu-indonesia/(2024年2月25日閲覧)

参考文献:高橋澄子 著. 「ジャムゥ インドネシアの伝統的治療薬 歴史と処方の解釈」平河出版社. 1988年

書誌情報
西澤幹雄「《総説》インドネシアの伝統医薬 ジャムウ」『《アジア・日本研究 Webマガジン》アジア・マップ』2, ID.1.01 (2024年4月9日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol02/indonesia/country/