アジア・マップ Vol.02 | イラン

《エッセイ》イランの都市
エスファハン

森田 豊子(横浜市立大学 客員研究員)

 イランの首都テヘランから南に450㎞ほど下るとエスファハンがある。一般にイスファハンと呼ばれるこの街は、イランの言語ペルシャ語読みではエスファハンである。首都テヘランとマシュハドに次ぐイラン第三の都市である。イランの地図を見ると、ちょうどイランの中心に位置していることがわかる。首都テヘランから飛行機も電車もあるのだが、やはりよく利用したのは長距離バスだった。夜行バスもあるが、テヘランの喧騒を離れ、何もない広大な大地が延々と続く景色を見たい方には昼間の移動もお勧めである。

イスファハン郊外バスから見える風景

イスファハン郊外バスから見える風景

 観光客のほとんどはこの街を訪れる。初めて会うイラン人に、「へぇ、日本から来たの? イラン国内はどこかに行った? エスファハンに行った?」とまず出てくる地名である。サファヴィー朝の古都であり、美しいモスクや宮殿、バーザールがパッケージされたイマーム広場、王宮からホテルになったアッバース・ホテルなどの見所が街の中にあり、イマーム広場全体が世界遺産だ。広場の中には噴水付きの泉があり、広場を一周する観光客用の馬車が走っている。日本・イラン合作映画『風の絨毯』(カマレ・タブリーズィー監督、2002年)はエスファハンが舞台で、普段は広場の中だけを走っているこの馬車が、映画の中では街中を走りだすのでびっくりするのだが、それは映画の中だけである。

イマーム広場にあるモスク

イマーム広場にあるモスク

 サファヴィー朝期には、「世界の半分」と言われたほどの繁栄を誇った街である。以前、研修で学生を連れてきた時に広場を見て、「世界遺産に座ってお茶を飲んでいる人がいる!」と驚いていた。この広場は、観光客だけではなく、普通に信者がモスクで礼拝したり(礼拝時間には、観光客のモスクへの入場を制限し、信者からは入場料を徴収しない)、演説会場になったり、住民が休みの日に紅茶や果物を持って敷物を敷き、おしゃべりして過ごしている。日本にある世界遺産とはずいぶん異なる景色が広がっている。

 街の真ん中を東西に横切る大きな川が流れている。ザーヤンデ川である。ここには新旧様々な橋が架かっているが、一番有名な橋がシーオセ・ポルである。シーオセというのが数字の33を指し、ポルが橋という意味である。橋の両側の壁にたくさんの穴が開いていて「33というからには」と数えながら橋を渡るのが定番である。しかし、ここしばらくは川を見ても水が流れていない。郊外に農地や工場などが多くあるのだが、そこで使用する水が足りなくなり、街を流れる川に水を流すだけの余裕がないというのが現状なのだそうだ。

 エスファハンの住民は、この川に水が豊富に流れている風景を愛しているので、川の水の話になると一様に表情が曇ってしまう。農地や工場に水が必要なことは理解しているが、やはり子どものころから見ていた風景が変わるのは悲しい。川の水は、イランのお正月(春分の日)や連休などになると一時的に復活する。イマーム広場の泉にも水が満ちる。イラン国内外からの観光客のためである。川の水が復活すると、住民たちはいつもより明るく心躍っているように見える。

水のあるザーヤンデ川

水のあるザーヤンデ川

水のないザーヤンデ川

水のないザーヤンデ川

 テヘランの街は北部に山があり、山のふもとに富裕層の住む近代的な高層マンションが立ち並び、南部には旧市街や古くからの住宅街が存在する。テヘランと異なり、エスファハンは、街の真ん中を東西に川が流れており、川の北部にイマーム広場を始めとするサファヴィー朝期の歴史的建築物が集中している。川の南にアルメニア人が住むジョルファ地区の中にサファヴィー朝期のアルメニア教会があり、ゾロアスター教の神殿なども存在するものの、川の南は比較的新興の住宅地になる。川の南の山のふもとの広い敷地には、エスファハン大学とエスファハン医科大学が存在する。大学内を移動するバスが通るほど広い敷地である。テヘラン大学などは、学部ごとに街の中に点在しているが、エスファハン大学はすべての学部が一つの敷地に存在している。街の北部の観光地の賑やかさとは異なる、静かな環境で学生たちは勉学に励んでいる。地域が誇る学問の中心地としての大学への住民の尊重の気持ちが伝わるようだ。

 エスファハンの人々の話すペルシャ語のイントネーションは外国人の私でもわかる独特の特徴がある。また、ここの住民はイランの中でもそろばん勘定が得意な倹約家が多いことで有名だ。大阪出身の私は大阪を思い浮かべたりするが、多くの日本人は古い歴史を有し、街中を川が流れる「日本の京都」として捉えるようだ。郊外へ少し車を走らせると大きな砂漠があり、伝統的な井戸のカナートや、家を涼しくするために外の風を取り入れるバードギールなども現役で使用されている。また、観光客向けにハンマーム(浴場)や伝統家屋を博物館やレストラン、ホテルに改装しており、ペルシャ語を学び始めた頃に聞いた、イランの特徴的な文化を垣間見ることができる気がする。その点で、多くの人々がイランの都市としてイメージする、ある意味非常にイランらしい都市の一つなのだと思う。

書誌情報
森田豊子「《エッセイ》イランの都市 エスファハン」『《アジア・日本研究 Webマガジン》アジア・マップ』2, IR.4.03 (2024年4月1日掲載)
リンク:https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol02/iran/essay02/