アジア・マップ Vol.02 | 日本
《総説》日本という国
現代の日本政治:議会制民主主義と複数政党制の成果、そして問題点
≪もくじ≫
1.日本の民主主義の評価:欠点とともに重要な成果も:2024年衆議院選挙の変動
2 『日本政治ガイドブック:教養の政治学』第3版のご紹介
3.民主主義が崩壊する複数のパターン
4.なぜ民主主義には保守・リベラル政党の競争が必要なのか
5.日本の自民党一党優位:リベラル政党が弱い5つの理由
6.日本での保守系ポピュリズムの台頭と危険:SNS動画の独占という新たな作戦
7.東アジアの民主主義と、大日本帝国の戦争が生み出した社会主義国
参考文献
1.日本の民主主義の評価:欠点とともに重要な成果も:2024年衆議院選挙の変動
たぶん世界的に、しかしとくに日本で、民主主義や議会がマスコミや政治学者に評価されていない。しばしば根拠とされるのは、投票率の低下と、アンケートでの民主主義、国会などを信頼する人の割合の低さだ。
けれども私たちは、このような単純な量的データで他の社会的活動を評価するだろうか。たとえば、「あなたは日本の政治学を信頼するか?」というアンケート調査だけで。少なくとも、この総説でも試みるように、2つの賢明な視点を加えるべきだ。
第一に、低い信頼や投票率の原因は、政治の側の責任かもしれないが、人々の側での政治知識や良い政治家を選ぶ努力の不足かもしれない。たとえば、日本での調査で政府を信頼する人は3~4割にとどまるが、それは高学歴層で高く、階層意識の低い(生活が厳しい?)人で低くなり、政府への不信は、直接的な強いリーダーを求め、ポピュリズムの温床になる(宇野・渡辺・重田2023:6)。第二に、概括的な評価だけでなく、政治や民主主義の複数の目的や側面を分けて、それぞれ調べなければ参考にならない(参照、この論文の図表2,3;日本国際交流センター2022;濱本2022)。
民主主義は、いろいろな機能と必要条件を持っている。自分の講義でも、民主主義がなぜ貴重なのかを説明する方法には悩む。政治哲学のアカデミックな答えは市民の自己統治、参加、自由だろうが、そうした価値は今の多くの若い人たち日本人には分からないかもしれない。私は20世紀のダイナミックな歴史を教えて、民主主義の偉大なメリットを感じてもらおうとする。歴史から分かるように、民主的な人権尊重の社会では、社会状況を少しずつ改善し、人々に困難をもたらす独裁や戦争を防ぎやすい。だが、この説明は、学生に感銘を与えるだろうか。
ともあれ、民主主義の定義と、人々がこの政治の仕組みに期待する機能は多数ある(図表1)。
■図表1 民主主義の一般的な教え方
注:(村上2020a)などをもとに作成。なお、イギリスの政治学教育では、政党の特徴や政治的価値観(政治思想)まで詳しく教える(GOV. UK
2022;フリス/ストーバー2019;吉田・豊島2023)。
古典的な定義としては、1789年のフランス人権宣言や、1863年のリンカーン大統領の演説が有名だ。これらは、民主主義を、主権を持つ人民が参加し人民のために進める政治だと宣言した。しかしながら、全体主義(ソ連の社会主義、日独伊などのファシズム)というひどい経験の後、20世紀後半には、新たに多元主義(複数性)という条件・要素も民主主義に不可欠だと主張されるようになった(宇野2020:189—204:247;キーン2022;吉田・豊島2023:78-79;村上2024:6章とその参考文献)。文部省も戦後間もなくの教科書では、日本の軍国主義を反省し、複数政党制や言論の自由の必要性を力説していた(文部省2018=1948:117、158—162)。この理念を、今の高校までの教育では遠慮がちに「少数意見の尊重」と弱めて教えるのだが、それではあいまいなので、やはり「多元主義」「複数政党制」、さらに保守、リベラル、左派、右派などの「政治的価値観」の意味を教えるべきだろう。
■攻撃を受けながらも明治の自由民権運動で成果を上げた、自由党の板垣退助の像(岐阜公園)。
民主主義には、自由な言論や、複数の政党の競争が不可欠だ。
(出典:(一社)岐阜県観光連盟HP「岐阜の旅ガイド」)
もし異なった複数の政党や団体の競争や自由な相互批判がなければ、人民の参加と投票は独裁政治をも正当化するだろう。さらに近年は、民主主義の第三の必要条件として、しばしば理性と議論(熟議)が提唱される。
しかしながら日本で、高校までの政治系の教育はまず投票率向上を目指す。もし教育が、政治の基礎知識や保守とリベラルの論争を教えることを怠るなら、若い投票者が、SNSで魅力的なイメージと巧みなスローガンを大量宣伝する政治家に票を投じに行って終わるのは当然だろう。
民主主義のメリットはしばしばうまく実現せず、デメリットが人々に失望をもたらす。にもかかわらず民主主義は、デメリットが隠され、不満や失望が表明できない他の政治体制よりはるかにましだ。
たとえば英国『エコノミスト』誌が発表する「民主主義指標(democracy
index)」は、民主主義を5つの要素に分け、世界各国について調べて採点する。日本は合計点で20位あたりだが、政治参加と多元主義の得点が低い(Economist Intelligent Unit 2023;TAIWAN
TODAY 2022)。
ここで、図表2で、15の詳細な指標(民主主義の機能・目的・課題)を設定し、それぞれについて戦後の日本の民主政治を評価してみた。政府の暴走の抑止(例、毎日新聞
2020年5月18日)、紛争の平和的解決などいくつかの機能が幸いに達成されているが、他のいくつかは不十分である(参考、日本国際交流センター2021;池上2018)。ここでの観察の中心は議会制民主主義だが、地方自治や市民参加(直接民主主義)も多くの成果をもたらしてきた。
戦後の日本で、民主主義が存続し、新憲法9条の「戦争放棄」(今は専守防衛は可能と解釈されるので「平和主義」と呼ぶ)により、帝国陸軍・海軍がいったん消滅したこともあってか、軍の政治介入が再発しなかったことは大きな進歩で、感謝したい。かなりの程度「外圧による民主化」だった出発点を考えると、その定着と比較的よい仕事ぶりは注目に値する。ロシアやアフガニスタンは、民主化からおよそ20年で民主主義を失ったのだから。
他方、日本の達成度が低い機能や目的は、市民の参加、男女の平等、ポピュリズムの批判と抑制、財政健全化などだろう。
機能7と8は、コインの表裏だ。リベラル色が濃い日本国憲法には保守右派が強く改正を求め、リベラル派や左派はこれに強く抵抗する(村上2024:9章)ので、どちらにも不満があるが、結果的に憲法は安定している。
私はメディアと一部の学者が、なぜしばしば日本政治を批判するだけで満足するのか不思議だ。批判は重要だが、実際の政治のプラス面も認識され研究されるべきだ。さもなければ、政治家、官僚と市民の努力は忘れられて奨励されず、人々は政治を軽べつし無視するだろう。そして、今の制度は「既得権」だと大改革を訴えるポピュリズムを支持するだろう。この観点から、図表2の4.と10.の機能(政策・制度の改善)に焦点を当てて図表3を作ってみた(読者の方も、「公平な」現代政治史の本を読んで作ってみることをお薦めする)。日本の民主政治のなかでは、保守もリベラルも左派も、官僚制も、住民運動も、壮麗ではないが多くの個別の成果を積み重ねてきた。
図表2、3のようにやや詳しく観察すると、「日本の政治は役に立たない」といったコメントは勉強不足であり、「政党はどれも問題が多く信用できない」というお気軽な評論も、複数の政党が競争・議論する「システム」のメリット、それが弱まった場合のリスクを見る眼力がないわけだ。あるいは、政治は国民の願いをかなえろ、既得権や腐敗を一層せよという素朴な感情かも知れないが、合格点を取らなければ日本の民主主義を見捨てるという思考は、より大きな「マイナス」と、扇動政治家の台頭を招くだろう。
■図表2 日本の民主政治の評価表
注:筆者が観察・経験・文献(村上2024)をもとに作成したが、本来は詳細なデータが必要。記号は、○ほぼ達成 △ある程度達成 -不十分。*は、いわゆる55年体制の下では革新派(護憲派)政党群が国会で3分の1以上の議席を確保し「〇」だったが、2010年代以降、国会の改憲派政党群(自民、維新など)が3分の2に達することがあるので「△」とした。
■図表3 日本の議会制民主主義等が進めた新規政策や「改革」(批判もある)
詳しくは(石川・山口2021;村上2024:図表1-2)など。*は野党としての活動。★の評価はとても複雑で、短い解説は(村上2024:2,8章;村上2025)を参照。
投票率低下の問題についても、責任を政治の機能不全や政治不信に求める言説が多いが、実際にはそれでもベターな政党・候補を選ぼうと投票に行く有権者も多く、彼女・彼らが専制を防ぎ政党システムの変動を生んできた。すなわち、投票率低下の責任は、有権者や「主権者教育」の側にもあると考えるべきだ。
ここで、2024年衆議院選挙での変動の、原因と結果を考えてみよう。
自民党の政治資金報告の不備とマスコミの大批判により、小選挙区では政治改革などを訴えた立憲民主党(リベラル~中道)が、比例代表では原発推進などは語らず低所得層への所得税免除を集中的に訴えた国民民主党(中道~保守?)が議席を増やし、自民・公明の連立与党は衆議院の過半数を失った(詳細、村上2025)。日本の議会制民主主義は、多元主義化した。ここで選挙関連データの、多面的な収集と検討をお勧めしたい。たしかに「政党支持率」だけ見ると自民に比べておもな野党はかなり低いが、野党を合計すると自民の支持率に迫り、さらに3~4割を占める無党派(政党支持なし)層の票が野党に流れれば、比例代表得票率で分かるように与野党は逆転しうるという、多面的な構造である。ただし、与党が過半数割れしても、野党間の政策距離が大きく小選挙区での協力に限界があるので政権交代には至らない、という中間的な変動ではある(同趣旨、日本経済新聞2024年10月30日)。
野党の分立への対策は、ムリな統合は困難かつ有害なので、野党間の部分的協力および有権者による主導的政党の選択しかないだろう。それでも、2024年選挙で一党優位制や自民・維新の保守2大政党制による権威主義(一方的な改憲、原発推進など)が弱まったのは、日本の(多元的な)民主主義にとってはプラスだった。首相や閣僚も、緊張感が増して良い仕事をするかもしれない。マスコミや一部の学者が繰り返す「政権交代できない野党には存在価値がない」という言説は、大きな誤りだ。とはいえ、これが自民党の大型不祥事による一時的なものなのか、政権のリーダーシップを弱めないか、どんな新たな意見や改革を政策過程に導入するかに、注目していきたい。
2. 『日本政治ガイドブック:教養の政治学』第3版のご紹介
ここで、この論説の基礎となっている私の教養書・教科書を紹介させていただきたい。
『日本政治ガイドブック:教養の政治学』(全訂第3版、京都:法律文化社、2024年)
今回、2014/18年版を全面的に改訂し、民主主義の多面性・重要性とその不安定化、ポピュリズム、日本の選挙と政党の動向、投票率の低下、憲法改正(改憲)などについても最新情報を盛り込んだ。
日本政治の評論は多くても、政治学者による概説書・教科書は少ない状況だ。日本政治の詳しい解説に加えて、本書は、冒頭に50ページ弱の「政治学入門」を設け、政治の理論と自国の現状を結び付けて学べる本になるよう工夫した。練習問題とその答え、映像鑑賞などのページも収めている。
分かりやすくバランスの取れた教養書として、市民、有権者、若い世代に、広く読んでいただければと思っている。
【目次】
第1部 政治学入門:キーワードと考え方
第2部 日本政治の基礎知識(政府と国会;政党・選挙と政治参加;内閣と行政;地方自治;政治の理念と対抗軸)
第3部 民主主義とポピュリズム(民主主義:なぜ、多数決だけではダメなのか;ポピュリズム:なぜ、単純化と攻撃性で集票できるのか;日本の選挙と政党システム:なぜ、リベラルは保守より弱いのか)
第4部 憲法と統治機構をめぐる議論(改憲(憲法改正)、議会の縮小論、首相公選論―賛否の主張と、検討するための参考情報)
★詳しくは、出版社のウェブサイトを見ていただきたい。
https://www.hou-bun.com/cgi-bin/search/detail.cgi?c=ISBN978-4-589-04337-5
3.民主主義が崩壊する複数のパターン
民主主義はしばしば不十分と批判されるだけではなく、ときに不安定で脆い(宇野2020:序)。この政治体制は(権威主義的な)他国からの侵略や、内部の軍事クーデターによって破壊されうる。けれども民主主義が独裁に転換されるもう1つのパターンが、ポピュリズム的な扇動と「強い」リーダーによって勝ち取られた選挙だ(東島2023)(図表4)。典型的な例が、1930年代、ドイツのワイマール共和国の比例代表制で3割強を獲得し、(対抗勢力である社民党、共産党が協力しなかったので)政権を握ったヒトラーのナチス党、あるいは、ロシアの民主化(1991年の社会主義体制の崩壊)から約20年後に進行した大統領と与党の強大化だ。
日本の軍国主義体制も、1930年代に、軍人たちの政治家へのテロや攻撃によって、また、それに先立つ大正デモクラシー期の1925年に国会(保守2大政党)が可決した治安維持法(中澤2012)にもとづく言論の自由と社会運動の抑圧によって、強化されていった。
■図表4 現代の民主主義におけるリスク(筆者作成)
よく考えると、大統領などのリーダーが専制政治を行う場合でも、それは本人が備える体力や能力のゆえではなく、政治的な正統性にもとづいて、国家・国民が生み出した資源(政府機構、経済力、技術)を利用できるからだ。そういう意味では、経済成長は一般に資源の拡散をつうじて民主化を促すのではあるが、資源豊かな「経済大国」が専制化したならその支配は強大で恐ろしいものになる。逆に独裁者の正統性が、選挙の敗北、戦争の敗北、国民の不服従や抵抗などによって揺らぎ、もろくも崩れることもありうるが。
世界の民主主義の状況(村上2024:6章など)は、最近はマスコミでも話題になる。たとえば、(TOKYO MX
2024年4月26日)のニュースが、民主主義指標の世界地図という有名なデータを見せるので、お勧めしたい。
ただし、このニュースを含めて(ときには学者も)、民主主義を縮小・否定する権威主義の国の増加だけに注目し、それが「現代のトレンド」だと誤解するなら、単純すぎる。次のような事実も、しっかり認識しておきたい。
①経済力のある先進国(西洋文化圏だけでなくアジアなども)は、大部分が多元的な民主主義を守っている。
②民主主義国は権威主義国に比べて、自由と人権の尊重、政策や政治についての議論や批判、戦争を起こしにくい傾向など、多くのメリットがある。
③権威主義政治は多くの場合、国民が望んだ結果だとは言えない。つまり、社会主義国は最初から特定政党が支配し、自由な選挙を行わない。また他の権威主義国でも、国民の民主化運動が盛り上がることが多いが、政府が厳しく弾圧する。
④「日本政治はダメだ」とカッコよく批判だけする人もいるが、日本は適切な制度と関係者の努力で世界の民主主義ランキング10位~20位に入り、客観的に見ればベストではないがベターな状況だ。プライドと専制への警戒心を持ちつつ育てていく方が、私たちみんなの利益になるだろう。
4.なぜ、民主主義には保守・リベラル政党の競争が必要なのか
民主主義下での「多数派による圧制」の大きなリスクを防ぐのは、何といっても多元主義(pluralism)、つまり影響力の分散である。次に問われる問題は、どんな要因がこの多元主義を保証するかに関わる。いくつかの国で見られるように、複数の民族あるいは宗教と世俗主義の対抗が、多元性に貢献する。日本の学校で教えられる答えは、「三権分立」だろう。けれども、他のもっと実質的な保証は、社会組織、人々の政治的な価値観、政党が複数あって競い合う状況だ。市民社会、つまり政府や企業とは別のしばしば自発性を持つ各種の諸団体にも、政治参加、サービス供給、市民の育成などの機能が期待される(坂本・田村・山本ほか2017:12‐16)。
この多元主義は、とくに、社会全体への拘束力ある決定権限を持つ議会において重要であり、しばしば保守派とリベラル派―あるいは中道右派と中道左派―の政党、団体、有権者のバランス・競争という形で機能する(例、EU MAG 2024;American Center Japan 2024)。政党システムとして現れる場合は、二大政党制(米、オーストラリア、台湾など)が有名だが、二大政党を中心とする多党制(英、ドイツ、スウェーデン、カナダなど)でも条件を満たす。日本の傾向である保守の一党優位制は、バランスを欠き政権交代が起こらないが、野党がリベラル系など保守と一線を画する立場を取るなら、与党の暴走を抑え監視するという点では、十分に機能する。
先進国では政治学の教科書でも実際の政治でも、多くの政策意見や議論が、経済的な対抗軸(大きな政府か小さい政府か)、および文化的な対抗軸(多元主義か秩序・権威か)に沿って発生する。図表5のように、これらの2つの軸が合わさって、多元的な民主主義と政治的な議論のために有益な、保守・リベラルの対抗軸を構成する(例、濱本2022:4章1;村上2024:5章と参考文献)。たとえばリベラル派は、労働条件の改善、格差是正、累進課税(大きな政府)、あるいは市民の人権や多様性の保障(多元主義)を主張することが多いが、その逆方向の保守派の主張が適切な場合もある。また、欧米のリベラル派は、平和を志向するが、人権や民主主義を守るウクライナ等の防衛戦争への支援には熱心だ。
ただし、libertyが日常語でない日本では、「保守・リベラル」を欧米と違う意味で理解することもあり、議論が分かりにくくなり(例、西田2024)、教えにくくなる。さらに、後で述べるように、ポピュリズムは、今ある制度つまり「既得権」 対 自分たちの「改革」という対抗軸で宣伝する。とはいえ、「改革」の中身や政治的方向性を検討しないで飛びつく(毎日新聞2023年10月16日)のは、危ない。改革=リベラルという理解は、「気温が変われば、春だ」というのと同じく、愚かだ。
日本では、「教育の中立性」原則を拡大解釈するためか、政党についての教育をためらう傾向もあるようだ。政党を具体的に説明する教養書(例、西田2024;村上2024:2,8章)や、欧米の明快な情報提供を、参考にしたい。
【クリックで読めるデータ・資料】
政党の特徴や違いに触れない解説と、それを説明する解説
杉田敦「民主主義と政治参加」、『NHK高校講座』、2024年(https://www.nhk.or.jp/kokokoza/koukyou/assets/memo/memo_0000000926.pdf)
東京法令「公民Navi:最新データ集[政治編]」、『とうほう』、2024年(https://toho.tokyo-horei.co.jp/kominnavi/seiji_newdata.php)
明るい選挙推進協会『Voters』2023年8月号(特集:政党を知ろう!)
(https://www.akaruisenkyo.or.jp/wp/wp-content/uploads/2023/10/Voters75.pdf)
東京新聞2022年6月28日「物価高の対策どうする? 憲法改正の考え方は? 参院選・各党の公約比べてみた」
(https://static.tokyo-np.co.jp/tokyo-np/pages/image/sanin_kouyaku.jpg)
日本経済新聞「衆議院選挙2024 各党の政策」2024年10月
(https://www.nikkei.com/special/election/manifesto)
朝日新聞デジタル「2024衆院選 朝日・東大調査」>政党比較 2024年
(https://www.asahi.com/senkyo/shuinsen/2024/asahitodai/#at_Seito)
EU MAG (https://eumag.jp/article/feature0724a/)
American Center Japan(https://americancenterjapan.com/aboutusa/govt/1270/)
在日オーストラリア大使館「オーストラリアの政治制度」、2024年(https://japan.embassy.gov.au/files/tkyo/AAF2008_government_j.pdf)
■図表5 保守・リベラルの2次元モデル
5.日本の自民党一党優位:リベラル政党が弱い5つの理由
5.と6.で、日本での、この多元的民主主義を壊しうる2種類のメカニズムを説明する。7.では、東アジアの民主主義のリスクに言及したい。
一党優位の政党システムが、例外的に日本、シンガポール、ロシアなどに存在する。ロシアとその大統領は2010年代に、権威主義体制に変容してきた。そこでは複数の政党がまだ残るが、弱体でかつ政府を批判すれば弾圧される。
日本の自民党は1955年の結党から今日まで、議席、支持率で優越してきた。けれども、実は自民党の国政選挙での得票率(比例代表)は、1993年の衆議院選挙制度改革のあと低下して、今は30~40%だ。この数字は堅固な優位でなく、しかも無党派層などの有権者の動向によって上下する(図表6)。実際、2024年の衆議院選挙では、自民党の得票率は26.7%に急落し、連立政権を作る公明党と合わせても過半数に達しない結果になった(詳細は、村上2025)。なお、この制度改革(「政治改革」と呼ばれた)は、自民党の候補者どうしが精力的に派閥の支援を受けて競争していた「中選挙区」を廃止し、政党本位の「小選挙区比例代表並立制」に変えたものだ。
■図表6 おもな政党の比例代表選挙得票率の推移(%)
出典:(村上2024:図表8—1)
自民党の議席数と得票率のギャップは大きいのに、議席数だけが報道され、有権者の印象を形作り、それが自民党の優位をいっそう支えてきたのは、問題だ。とはいえ最大の研究テーマは、この自民党の(議席に関する)「一強」が、1955年から現在まで(2回の短い政権交代以外は)なぜ続いてきたかだ。マスコミや政治学の説明は多様だが、5種類に整理できるだろう(村上2024:8章;2025)。
(1)自民党(保守)は第2党の民主党・立憲民主党(リベラル~中道)より、支持基盤が広い。自民党の優位は、政治家の能力(評価軸ははっきりしないが)、企業からの豊富な政治資金、地方議員の分厚さ、行政官僚を使える与党としての長い経験、幅広く現実的な政策、あるいは日本人の保守的な価値観によって説明される。
(2)選挙区では、自民党の得票は、連立政権を組む公明党の協力で上乗せされる。
(3)逆に、自民党への批判票は、立憲民主党だけではなく、他の野党によってもかなり吸収される。維新の会(保守系ポピュリズム)、国民民主党(中道)、日本共産党(中道左派~左派)などだ。この「野党の分立」は比例代表制をとる多くの国で起こるが、日本でとくに目立つ理由は、考えてみたい。私見では、一部の民間企業労組の保守志向、共産党の原則主義と地方議員レベルでの強さが原因だろう。それ以上に、2010年以降の維新の会の参入が重要なファクターで、保守なのに「改革」を訴えて、非自民やリベラル(革新)層有権者から集票し、民主党・立憲民主党を弱めてきた(村上2016A:図表5;参考:大井2021)。立憲民主党は良い人材を集め、保守寄りメンバーが国民民主党として分離したことにより、民主党時代の内部対立も静まったが、地方議員不足、政治宣伝の技術の低さ(村上2024:8章)などの弱点がある。意見の違いが比較的小さい政党間で、選挙協力が試行・模索されている。
(4)以上による自民党と立憲民主党(および他の中小の政党)の得票率の差は、大政党に有利な小選挙区制を通じて、議席数のより大きな差に増幅される。
(5)中小の政党の存続と参入が、国レベルでの比例代表制と、地方議会選挙での中選挙区、大選挙区によって可能になっている。他方で、衆議院の小選挙区や参議院の選挙区は、集票力が大きく有力な候補が多い自民、(および立憲?)への注目を高める効果があり、「(2または1の)大政党を中心とする多党制」への傾向を生み出す。とはいえ、日本の政治学では、この制度的原因(小選挙区と比例代表などの混在による作用)だけによって野党の分立と弱さを説明する解説が多いが、それは1つの論理的な因果関係ではあっても、(1)~(3)の政党間競争の作用を見逃してはならない。制度的原因だけに視野を限るなら、野党は決して強くなれないという宿命論に陥ってしまうだろう。
日本人に保守支持がやや多いことは、保守の自由競争経済や秩序重視、ナショナリズムへの支持だけでなく、日本人の強い者への同調性、あるいは社会問題への消極性や無関心から生じるのかもしれず、政治学や社会学の研究テーマとして重要でかつ面白い(参考、小林2015;荒牧・村田・吉澤2019;朝日新聞2019年7月19日;村上2015)。政治的価値観に関する調査は、インターネットで見つかる。質問文を工夫すべきであり、筆者の政治学入門講義(立命館大学各学部、教養課程)を受講する学生へのアンケートで、「日本で好ましい政党政治」を質問すると、「保守優位」および「保守2党の競争」がそれぞれ約1割、「保守・リベラルの競争」が4割弱、「リベラル優位」が1割弱、「分からない」が4割弱になる。
なお、以前は自ら経営者であったり企業献金を受けたりする(保守系に多い)政治家が、資金面で強かったが、政党国庫助成や議員の待遇改善でこの優位は弱まった。しかし、一見美しい、ボランティア議員論、ならびに維新の会の「身を切る改革」(議員定数・報酬の削減」)は、議会から富裕でない一般市民、ならびに少数意見を排除するだろう(村上2024:4、9章)。
6.日本での保守系ポピュリズムの台頭と危険:SNS動画の独占という新たな作戦
ポピュリズムの有力な定義は「反エリートかつ反多元主義」であり、それは扇動政治つまり「人々の感情に訴え、扇動を通して支持を集める政治」でもある。そうであるなら、ポピュリズムは政治に単純化、扇動、攻撃のリスクをもたらし、極端な政策や独裁にさえ導くことができる。事例が多い「右派ポピュリズム」は、図表4のような結果を生み、図表5の二次元グラフの右下に位置づけらきる。扇動が得意な政治家(大統領、知事・市長など)が単純な夢を繰り返し、違う意見の人々を激しく攻撃した場合、人々やマスコミ記者の反応は、①考えずにその「強さ」を支持する、②従順にして利益を得ようとする、③恐れて沈黙する、④危機感や嫌悪を抱き批判する、の4種類に分かれるだろう。それらの割合は、国や時代によって違ってくる。アメリカや西ヨーロッパでは①、④がともに多いが、日本ではどうだろうか。アメリカ国民の保守層は、共和党のトランプ氏を、極端な言動と攻撃性にもかかわらず(あるいはそのゆえに)大統領に2度選んだ(参考、 辻2024;村上2025)。他方で、対抗するリベラル派(民主党)も、大統領選挙で接戦に持ち込み、大統領の強い権限を抑える可能性を持つ国会では約半数の議席を維持している。(2024年大統領選挙は、獲得選挙人数では差がついたが、有権者票の得票率で見るとトランプ氏50.4%、ハリス氏47.9%。)
第2のやや好意的な定義(人民主義)は、「エリートの既得権に反対する、普通の人々のための政治」だ。けれども反エリート主義は、しばしば平等指向の政策のためにではなく、反多元主義や政治行政制度の縮小廃止(したがって保守右派である)、討議や専門性を排除する非合理的な意思決定のためにも利用されてしまう(村上2024:7章;フィナンシャル・タイムズ2016)。またポピュリズムを反エリート主義によって定義すると、普通の外国人や移民を排斥・攻撃する政治運動は含まれなくなるが、それでよいのか。
(なお「左派ポピュリズム」は、極端な反米(アメリカ合衆国への敵対)を訴える場合は多元主義を損ない、日本等で給付金や減税をばらまく場合は財政を損なう。)
人民主義モデルは、ポピュリズムの危険性から目をそらすだけではなく、研究の方法論としても難点がある。あるパワフルな政治家、人々のためにと称して既存のエリートを攻撃し、選挙で大統領や知事になって特権を得て、他方その攻撃的で単純な政策が失敗し人々に不利益になった場合、これを「人民主義」と呼ぶべきか否か。もちろん扇動政治モデルであれば、この政治家は、攻撃性と無責任な政策によって、ポピュリズムと認定されるし、またその認定にはファクトチェックの効果がある。
ポピュリズムが民主主義を傷つけるにもかかわらず、次の諸条件が現代社会で広がるならば、この戦術は成功しやすい(図表4)。雄弁な扇動者、SNS のような「囲い込み型」のメディア、感情的な扇動に弱い人々、そして(とくに日本の場合)扇動型の宣伝をチェックし批判することを控えるメディアと学者。さらに、背景にあるのが伝統的な政党の衰退だ。日本の若い世代のかなりは、政策論争、政党の違い、「リベラル・保守」の違いや両者のバランスを気にかけない。その結果、「改革」の方向やそれが虚偽かあるいは破壊的かなどは考えず、強いリーダーの「改革」と既得権の戦いとして(東京新聞2022年7月19日)、あるいは単なる娯楽として政治をとらえる(毎日新聞2024年8月31日)。
けれども、ポピュリズムの台頭は抑えることができる。ヨーロッパとアメリカで、中道左派、リベラル派と穏健保守による多くの実践例(しかし失敗例も)がある。日本でも、維新の会が、大阪市と大阪府の二重行政を廃止すれば東京に追いつけるという「大阪都」の夢を、大阪市廃止は説明せずに(村上2024:図表4‐2)訴えて支持を集めたが、都市自治の否定であると他の政党、研究者、市民に批判され、2度の住民投票で否決された(村上2020b)。 もし維新の会に上記の人民主義モデルを当てはめるなら、対策は人々の現状への不満を弱めるしかないが、維新への対抗勢力は「大阪都」を扇動政治モデルで理解したので、扇動やウソを点検・批判して人々の認識を変えて、抑制するのに成功したのだった。同じように、アメリカやアルゼンチン(高原2024)などで、ポピュリズム的に政権を取った攻撃的な大統領を、複数政党制の議会がある程度抑えている。2020年に、アメリカ民主党のバイデン氏がトランプ政権を4年間中断させたのは、たぶん民主主義にも公共政策にもプラスだったのだろう。(仮にトランプ大統領が続いていたら、国内の専制が進み、ウクライナ支援が弱く、ロシアの侵攻の完全な勝利で「戦争を終わらせた」かもしれない。)他方で、ロシアでは国民の人気を集めたプーチン大統領が連続当選し、各種の術策で国会でも完ぺきな一党優位制を築いたので、ウクライナに侵攻し、国内の言論統制を強めることが可能になったと、客観的には説明できよう。
ここで、前に述べた、議会制民主主義を構成する保守、リベラルなどの主要政党が、適度の距離を持って協力、相互批判、改革をおこない、その様子を有権者に知ってもらえるならば、有権者に議会への信頼と選択肢を与えられるだろう。逆に、主要政党の主張が近づきすぎるか、対立抗争に明け暮れるならば、ポピュリズムはそうした「既存政党」や議会の無能を批判し、自らそれに代わる「新たな選択肢」を演じて有権者を引き付けるだろう。
ところが、2024年の東京知事選挙で、小都市の市長であった石丸候補が、立憲民主党の有名な国会議員よりも多くの得票を得た。彼の戦略はYouTubeで、厳しく市会議員を叱る自分の動画を拡散し、また他の専門家に「切り取り再投稿」させることだった。再投稿の視聴回数が増えれば、収入が得られる(朝日新聞2024年5月3日;参考、NHK2024年7月13日;産経新聞2024年7月8日)。
石丸氏への投票は、政党支持層からは少なく、無党派の若い有権者から集まった。それが、新聞等でバランスよく情報を得るのではなく、YouTube(と演説会)で石丸氏ばかり見る有権者だったという状況は、下の調査データから明らかになる。
2024年秋の兵庫県知事選挙でも、職員へのパワハラ疑惑で議会の不信任を受け辞任した斎藤知事が、支持を急に拡大して当選した。世論(出口)調査によれば当初の支持は低く、また新聞やテレビで情報を得る層では対立候補が優勢だった。したがって斎藤氏の実績が評価されたというよりも、YouTubeへの動画の大量投稿と演説会を組み合わせる戦術で、YouTubeを好む層の票を掘り起こしたという説明になる。しかもYouTubeは斎藤陣営の動画でほぼ独占されており、この「強い」勢力への優遇メカニズムは、選挙運動の公平性の観点から改善が必要だ(詳細、村上2025)。さらにこの選挙では、別に立候補した立花氏とその支持者が反対派を猛烈に攻撃し、ときには沈黙させて(日刊ゲンダイDIGITAL2025年2月6日)、紳士的にふるまう役柄の斎藤氏を助けた「二面性」を、批判を含めて記憶したい。
【クリックで読めるデータ】
NHK「都知事選 現職の小池氏が3回目の当選 石丸氏 蓮舫氏らを抑える」、2024年7月8日
(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240707/k10014502181000.html)
*終わりにある出口調査結果が参考になる。
JX通信社(米重克洋)「石丸現象とは何か ―石丸伸二氏「165万票」の中身を独自データで分析する」2024年7月8日>YAHOO JAPANニュース、ウェブサイト
(https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/3445aa21db852501d2b183d327408c69f5046910)
*都知事選での投票先は、よく利用するメディアの種類によって左右された、という衝撃的な分析。新聞を読む層では小池氏と蓮舫氏が互角だったが、YouTube層では石丸氏が圧倒した。ちなみに、YouTubeがもっとも偏りかつ単純化された画像を伝達しうる。
背景は、若い世代の読み書き能力(リテラシー)にもあるようだ。調査によれば、携帯電話を見るのに忙しいので、新聞も本も読まないという人が多数派になってきた(毎日新聞2024年9月17日)。
2024年、少数派を議会から排除し民主主義を弱める議員数削減を「身を切る改革」(藤崎2023;村上2023)と大宣伝し伸びてきた維新の会の支持率が下がった。2022年選挙でこの政党の議席回復を「躍進」と礼賛した(例、毎日新聞2023年10月16日)マスコミの誤報の影響が薄れ、カジノ誘致のために広大な埋立島で開く大阪万博2025の事業費膨張が問題になった。けれども、「強いリーダーによる改革」に誘惑される有権者の脆弱(ぜいじゃく)性は続く。石丸候補のケースは「ポピュリズムの技術的効率化」かもしれない。なぜなら、彼は魅力的な改革構想さえ作らず(東京都選挙管理委員会2024)、YouTube動画で「議員を叱りつける」など刺激的な短いドラマを放映し、(収入が得られる)その再投稿も増えて支持を広げたから。このYouTube戦術は違法ではないようだが、選挙での公平な宣伝と、協力者への報酬支払い制限の理念に反する。
当面の改革案としては、選挙管理委員会による候補者と政党の「選挙公報」を、SNS上の動画でも提供するべきだ。また、閲覧履歴をもとに関連する動画をユーザーに勧めるYouTubeのアルゴリズムは、大量の動画を投稿した勢力を優遇して紹介するが、候補者間の公平性に配慮するべきだ(詳細、村上2025:図表7)。
7.東アジアの民主主義と、大日本帝国の戦争が生み出した社会主義国
私はアジア政治の専門ではないが、教養科目とその教科書では、基本的な知識を提供しなければならない。
19世紀後半、日本はヨーロッパに追いつく明治維新の大きな努力をした。日本は主権者である天皇のもとで憲法を制定し帝国議会を設け、議会の政党化は大正時代に部分的な民主化さえ実現した。富国強兵の政策によって、日本は植民地化されず、しかし、独立国の長い歴史を誇る朝鮮と、中国から獲得した台湾を植民地にした。さらに日本は、軍部の増大する影響の下で、満州(1931年)、中国(1937年)に侵略し、フランスの植民地だったベトナム等(1940-41年)に進駐した。アメリカ合衆国などは中国を支援し、石油の輸出停止など厳しい経済制裁によって日本に中国とベトナムからの撤退を求めた。日本の軍国主義政府は譲歩せず、1941年12月、大胆にアメリカ、英国などに宣戦布告し、第二次世界大戦の一部としての太平洋戦争を開始した。
【クリックで読めるデータ・資料】
*歴史学研究の多くや、事実を重視し伝えようとするマスコミ、日本政府の公式見解(1995年の村山首相による戦後70年談話)は、上の1930年ごろ以降の経緯を、日本の軍国主義、侵略戦争、誤った戦争などととらえ、反省と平和への希求を込めて後世に伝えようとしている。
NHK戦争証言アーカイブズhttps://www.nhk.or.jp/archives/sensou/)
立命館大学国際平和ミュージアムhttps://rwp-museum.jp/study/history/%E5%8D%81%E4%BA%94%E5%B9%B4%E6%88%A6%E4%BA%89/)
他方、当時の日本政府・軍を擁護する解説が、保守右派などから主張される。「アメリカなどが日本への石油輸出を停止し脅してきたので、日本はやむを得ず開戦に踏み切った」という、きわめて単純化した解説まである。それに遠慮してか、アメリカ軍等の反撃による日本の甚大な被害・犠牲を中心に伝えるミュージアムもあるが、それも現代戦の悲惨さの記憶を後の世代に継承する役割は果たすだろう。
ピースおおさかhttps://www.peace-osaka.or.jp/museum/exhibition_2/)
1945年8月の大日本帝国の敗北は、連合国による占領と多くの人々の希望のもとで日本の急速な民主化を引き起こしたが、同時に、東アジアに「想定外の」政治変動をもたらした。日本が軍事的に非常に劣勢でも自爆攻撃(特攻、玉砕)まで用いて戦争を続け、降伏勧告であるポツダム宣言も無視したので、1945年5月にドイツに勝って余力が生まれた社会主義のソ連(ロシア)は、8月に満州と北朝鮮(そして千島列島など)を占領した。その結果、北朝鮮と大陸中国が社会主義化した。この「革命」はおそらく予想を超えたもので、以前は中国共産党軍への(しかし選挙によってではない)民衆の支持による国民党軍の敗北として解説されていた。けれども最近の研究によれば、日本の長い侵略が国民党軍を弱めたメカニズム、ソ連が中国共産党に満州で兵器と基地を提供したメカニズムも重要だ(北岡2007;久保・土田・高田・井上2008;麻田2024)。つまり、もし日本が中国との戦争を全面拡大しなかった(その場合、太平洋戦争も起こらなかっただろう)か、あるいはもっと早く連合国に降状していたなら、おそらく今、東アジアにこれら2つの社会主義国は存在しない。
冷戦の期間に、韓国と台湾(国民党が「移転」して政府を作った)は軍あるいは権威主義的な政府によって統治された。この専制は、社会主義に対する防衛として正当化された。けれども1980年代に2つの国は、経済発展による社会運動、多元主義化、資源の増大に促されて、穏やかな民主化に成功した。同じ頃、中国も自由経済(資本主義)を導入する「改革開放」に転換し、部分的に政治的な自由も許すように思われた。世界は、「経済成長が民主主義を促す」という有名なモデルに期待した。しかし近年、残念なことに(参考、関西テレビニュース2023年7月4日)、政治学はこのモデルがなぜ中国に妥当しないか考えなければならなくなっている。
ファシズムおよび社会主義独裁が伸びた1930-1980年代ほど深刻で広くないとはいえ、今、民主主義の中規模の危機が起こっている(図表4)。自由で多元的な民主主義を持つ欧米、かなりの南米諸国、日本、韓国、台湾、インド(参考、三井住友信託銀行2024)などは、それを維持しつつ、権威主義国家の膨張を防ぎつつその穏健化・民主化を期待するしかない。日本や米国では、注意しなければ多元的な民主主義が破壊されそうな局面も見られる。今や最大のリスクは権威主義的ポピュリズムであり、それを防ぐ必要かつ十分な条件は、「政治と多元的な民主主義を学び考える人々」が有権者の半数は存在しかつ投票に行くことだ。日本でも、政治家や政党の政策努力とその宣伝、メディア(SNSの公平な情報提供のルールを含む)、そして政治についての教育(参考、日本学術会議2020;村上2016b)における努力と工夫が必要だろう。
「犯罪や感染症が少ない社会」を作るのと同じく、自由と民主主義を守る活動には苦労もあるが、自由と民主主義が崩壊すれば、―ただし社会的関心を持つ人、自由に意見を述べたい人、少数派への圧迫を好まない人、戦争に動員されたくない人などにとってーはるかに深刻な苦難が起こるだろう。
========== 参考文献 ==========
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東京新聞「野党共闘崩れた参院選 新たな対立軸は『改革対非改革』に 若い有権者世代に意識の変化」、2022年7月19日.
日刊ゲンダイDIGITAL「「NHK党」立花孝志党首"モンスター化"の背景 精神攻撃をエンタメ化で社会混乱」2025年2月6日.(https://news.nifty.com/article/domestic/government/12136-3801454/)
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日本経済新聞2024年10月30日「受け皿なき自民1強の終わり 野党結集なお見えず」
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毎日新聞「社説 選挙の『エンタメ化』 多様な意見排さぬ知恵を」、2024年8月31日.
毎日新聞「『衝撃の数字」 6割が読書せず 若い世代が本から遠ざかる理由は」 、2024年9月17日 .
書誌情報
村上弘《総説》「現代の日本政治:議会制民主主義と複数政党制の成果そして問題点」『アジア・マップ:アジア・日本研究Webマガジン』Vol.2, JP.1.02(2025年3月3日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol02/japan/country02/