アジア・マップ Vol.02 | シリア

読書案内

末近浩太(立命館大学国際関係学部・教授)

一般向け
青山弘之『シリア情勢:終わらない人道危機』岩波新書, 2017年
「今世紀最大の人道危機」と呼ばれたシリア内戦は、当事者であるシリア人だけでなく、多種多様な政治主体の思惑が絡み合う複雑なかたちで展開をしていった。本書は、アサド政権、反体制派、イスラーム国、そして、アメリカやロシアなど、様々な政治主体の内戦への関与と相互の関係を、現地のメディアソースの情報をもとに丹念に描き出した1冊。
青山弘之編『「アラブの心臓」に何が起きているのか:現代中東の実像』岩波書店, 2014年
シリア・アラブ共和国を含む「歴史的シリア(大シリア、シャームのくにぐに)」は、「アラブの心臓」とも呼ばれるアラブ諸国や中東諸国のなかでも最も地政学的に重要な地域である。本書は、この地域を構成する諸国――シリア、レバノン、パレスチナ/イスラエル、ヨルダン、イラク――のそれぞれの政治の仕組みや近年の展開を平易なかたちでまとめた1冊。中東政治の分析で注目されがちな民族や宗教ではなく、政治体制や法制度に着目した点で類書とは一線を画す。なお、本書はハングル版も刊行されている。
黒木英充編『シリア・レバノンを知るための64章 (エリア・スタディーズ123) (第2版)』明石書店, 2013年
明石書店の「エリア・スタディーズ」シリーズの1冊。シリアとレバノンには歴史・文化・社会・経済・政治のいずれの分野においても強いつながりが見られてきたことから、2つの国が1冊にまとめられている。シリアについては歴史や政治に関する書籍が多いなか、本書は宗教・宗派や経済活動に加えて、都市や食生活のあり方、さらには、文学、音楽、映画などまでカバーしている。両国のことを多角的に知るために不可欠な1冊。
パールマン, ウェンディ(安田菜津紀, 佐藤慧訳)『シリア 震える橋を渡って:人々は語る』岩波書店, 2019年
凄惨なシリア内戦のなかを生き抜こうとした名もなきシリア人たちの声を集めた1冊。米国の大学教員であるパールマンが、無数の彼ら彼女らに聞き取りをし、そこで赤裸々に語られる反政府デモへの期待、武力紛争となってしまったことへの失望、そして、自らの生活や人生をまとめて1冊の書物に編んだものである。周辺諸国やロシアやアメリカといった域外の大国の紛争の関与が頻繁に報じられるなか、もともとの当事者であるはずのシリア人たちにフォーカスした点で異彩を放つ。
学術書
青山弘之・末近浩太『現代シリア・レバノンの政治構造(アジア経済研究所叢書5)』岩波書店, 2009年
シリアとレバノンは、「歴史的シリア(大シリア、シャームのくにぐに)」というダマスカスを中心とした緩やかな地理概念のなかにある。そのため、20世紀なかばの国民国家としてそれぞれが独立してからも、両国のあいだには人的なネットワークだけでなく政治権力の行使を通した強いつながりがあった。本書は、このようなシリアとレバノンの政治の「絡み合い」を1つの「政治構造」として捉え、とくに2005年のR・ハリーリー首相暗殺事件をきっかけに生じた激しい政治変動の趨勢と原因を分析する。
末近浩太『現代シリアの国家変容とイスラーム』ナカニシヤ出版, 2005年
「歴史的シリア」が西洋列強に領域分割された後に誕生したのが現在のシリア、レバノン、パレスチナ/イスラエル、ヨルダン、そして、イラクとトルコの一部であるが、これらの国民国家群では「国民」を「国家」をめぐる様々な考え方が今日まで存在しており、それが、紛争や独裁といった政治現象を生み出す原因の1つとなってきた。本書は、この地で大きな力を持ってきたスンナ派のイスラーム政治思想とイスラーム主義運動にフォーカスし、ラシード・リダーからシリア・ムスリム同胞団に連なるイスラーム的な国家構想が「歴史的シリア」の政治を大きく動かしてきた歴史を描き出す。
髙岡豊『現代シリアの部族と政治・社会:ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社, 2012年
シリア・アラブ共和国では、政権政党であるアラブ社会主義バアス党によるアラブ民族主義を梃子にした均一的な国民統合を推し進めてきた。しかし、それでもなお、シリアには部族という社会集団が厳然と存在している。本書は、特にシリアの東端に位置するユーフラテス川流域とアル=ジャジーラ流域の部族を取り上げ、(1)部族が今日でも重要な政治単位であること、(2)歴代のシリア政権は、自らの存続と安定を確保するために、部族に対して典型的な「分割統治」戦略を採用してきたこと、そして、(3)バッシャール・アル=アサド政権にとって、これらの部族は最も敏感な問題の1つであること、を論証している。
望月葵『グローバル課題としての難民再定住:異国にわたったシリア難民の帰属と生存基盤から考える』ナカニシヤ出版, 2023年
2011年に始まったシリア内戦では、国民の3人に1人にもおよぶ680万人が国外避難民=難民となった。本書は、ヨルダン、ドイツ、スウェーデンでの丹念なフィールド調査で得られた情報を駆使し、シリア難民がこれらの再定住地でホスト社会との関係構築や難民同士の相互浮上を通して「生存基盤」を再構築しようとする営みを明らかにする。そして、その作業を通して、シリア難民のような「帰国の見込みがない難民問題」に対し、国際難民レジームに象徴される国際社会の働きかけが、どのような役割を果たしうるのか、あらためて問い直す。

書誌情報
末近浩太「シリアの読書案内」『《アジア・日本研究 Webマガジン》アジア・マップ』2, SY.5.01(2024年4月1日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol02/syria/reading/