アジア・マップ Vol.02 | トルクメニスタン

《総説》
トルクメン語について

奥 真裕(北九州工業高等専門学校 講師)

1.概略
トルクメン語は、トルクメニスタン、北東イラン、北西アフガニスタンなど中央アジアを中心として分布するチュルク諸語の一つで、600万人以上が母語として話していると言われている。トルクメン語は、チュルク諸語の南西語群(オグズ語群とも呼ばれる)に分類され、トルコ語やアゼルバイジャン語、ガガウズ語などと一定の共通の言語的特徴を有している。本稿では、主に、トルクメニスタンのトルクメン語について解説を行う。

2.言語的特徴
トルクメン語の基本的な語順は、その他多くのチュルク諸語と同様にSOV型(主語-目的語-動詞)であり、膠着語的な特徴を有している。すなわち、文法的な意味は主に接尾辞によって示される。この点は、日本語と類似していると言える。

また、音韻的には母音調和と呼ばれる規則を有しており、同一の語の中では共通の特徴を有するいずれか一方の母音しか現れないという特徴がある。トルクメン語の母音調和には、口蓋調和と円唇調和の2種類がある。口蓋調和は、前舌母音(ä, e, i, ö, ü)と後舌母音(a, y, o, u)による対立である。接尾辞等が付加される場合も元の語の母音によってどの接尾辞が付加されるかが決まる。借用語においてはその限りではないが、接尾辞等を付加する場合には最後の母音を基準として母音調和した接尾辞等を付加する。円唇調和は、円唇母音(ü, u, ö, o)の後でそれ以外の母音が円唇化するが見られる現象である。現行の正書法において、円唇調和は反映されない。

<口蓋調和の例>
(前舌母音) öýle(昼)-ler(複数接尾辞)-den(から)「昼頃から」 (後舌母音) goýun(羊)-lar(複数接尾辞)-dan(から)「羊たちから」

<円唇調和の例>

正書法 実際の発音
oglanlar → oglonlor 「男の子たち」
öýleriňizde → öýlörüňüzzö 「あなた方の家で」

ほかのチュルク諸語にはないトルクメン語らしい特徴としては、サハ語(東シベリアで話されるチュルク語、ヤクート語とも呼ばれる)にならびチュルク祖語(歴史的に推定されるチュルク諸語の親にあたる言語)に対応する長母音をよく保持しており、チュルク語本来の語彙における母音の長短を区別する点があげられる。なお、現行の正書法ではいくつかの例外を除いては母音の長短は区別されない。

短母音 長母音
at /at/ 「馬」 → at/a:t/ 「名前」
ot /ot/ 「草」 → ot /o:t/ 「火」

また、トルクメン語の標準語は[s]と[z]は持たない(ロシア語からの借用語などは例外)が、[θ](英語のthinkの下線部の発音)や[ð] (英語のthatの下線部の発音)を持つ言語である。

3.語彙
トルクメン語の語彙は、チュルク系の基本語彙を基盤とし、歴史的な影響を受けた他言語からの借用語も多数存在する。特に、アラビア語やペルシア語からの影響が顕著であり、宗教や学問、文化に関する語彙が多数取り入れられている。これらの語彙の多くはトルクメン人の生活に溶け込んでおり、借用語だと気づかない人も多い。近代以降は、ロシア語からの借用語も増加しており、特に技術や科学分野の新しい概念に対する語彙が多く見受けられる。

4.方言
首都周辺のコペットダグ山の北側などで話されるテケ(Teke)方言、トルクメニスタン北西部で話されているヨムット(Ýomut)方言、アムダリヤ川周辺で話されているエールサーリ(Ärsary)方言、イラン国境付近のサラフス(Sarahs)地区で話されているサルル(Salyr)方言、アフガニスタンのムルガプ(Murgap)川の中域からヨロテン(Ýolöten)地区、タグタバザール(Tagtabazar)地区などで話されるサルック(Saryk)方言、ホレズム・オアシスで話されているチョウドゥル(Çowdur)方言、コペットダグ山の西側で話されているアリリ(Alili)方言、スンバル川(Sumbar)とチェンディル(Çendir)川の間のガッルガラ(Garrygala)地区で話されているギョクレン(Gökleň)方言、トルクメニスタン南西部の山間部で話されているノフル(Nohur)方言、アシガバット市南東部で話されているエーネウ(Änew)方言が主な方言として分類されている(Бердиев et al. 1970: 25-26)。

このほか、ロシアのスタブロポリ地方やアストラハン州で話されている北カフカースのトルクメン語は北西語群のノガイ語やタタール語やモンゴル諸語のカルムイク語の影響を強く受けたと言われており、トゥルフメン語と呼ばれることもある。また、中国の青海省や甘粛省に住むサラール族が話すサラール語はトルクメニスタンではトルクメン語として位置づけられている。トルクメニスタンのギョクレン族の中のサラール族と中国のサラール族は同一である(Атаныязов 1994: 184)と考えられており、 中国のサラール族自身も中央アジアのサマルカンドから移住してきたと伝承している。言語的にはウズベク語やウイグル語が分類されている西南語群(キプチャク語群とも)と考えられていたが、トルクメン語が分類されている南西語群(オグズ語群とも)との共通点が多いとも言われている。

5.表記と正書法
イスラム化して以来、中央アジアでは長きにわたってアラビア文字による表記が用いられてきた。1917 年にトルクメン人有識者による改革が始まるまで、アラビア文字を基にしたチャガタイ文語が使用されていた。18世紀にはトルクメン語の父と謳われるマグトゥムグリ(Magtymguly)を始めとする詩人たちが、初めてトルクメン語による作品を残した。1923年、1925年にはトルクメン語に特化したアラビア文字の改革も行われるが、チュルク諸国でのラテン文字化の機運が高まると、識字率の向上等を目的に1928年にはラテン文字による正書法が採用され、1940年まで使用された。この時代のラテン文字は、現行のラテン文字による正書法では(一部を除き)表すことのできない長母音を、母音字を重ねることで表記していた。1940年からはソ連下においてキリル文字が使用された。そのため、現在でも年配のトルクメン語話者はキリル文字を使用しているケースが多くみられる。1991年の独立を受け、1993年にはラテン文字をベースとする正書法が制定され、1995年の改定により現行のラテン文字となった。現在では、出版、メディア、公文書、街の標識に至るまで、普段目につくところでは全てラテン文字によるトルクメン語表記が徹底されている。

トルクメン語は、トルクメニスタンでは憲法で国家語(döwlet dili)と規定されており、教育、政府、メディアにおいて広く使用されている。一方で、ロシア語は依然として第二言語としての強い影響力を持っており、特に都市部ではビジネスや外交で使われることも多い。

6.文化的役割
トルクメン語は、トルクメニスタンの文化的アイデンティティの重要な要素である。詩や歌、民話などの伝統的な文化表現は、トルクメン語を介して伝承され、トルクメン人の民族的誇りを支えるものとなっている。特に、18世紀の詩人マグトゥムグリ(Magtymguly)はトルクメン文化の象徴的存在であり、彼の詩は現代のトルクメン人にも強く支持されている。彼は偉大な思想家であり、スーフィズムの科学体系を完全に習得し、社会知性の発展に影響を与えた哲学者である(Gandymow we Tagandurdyýew 2002: 21)。人生、時代、自然、世界など、目に映る様々な問題について意義を与えようとした。また、トルクメンの部族間の抗争にも言及し、協力の重要性を訴えた(Gandymow we Tagandurdyýew 2002: 31)。今年(2024年)はマグトゥムグリの生誕300周年ということもあり、トルクメニスタン国内外では関連するイベントが実施された。

写真1

↑Сөйегов ве Реҗебов (1993: 14-15)より、1993年の文字改革の際のラテン文字と大統領令。キリル文字表記のトルクメン語で書かれている。

写真2

↑Türkmen döwlet neşirýat gullugy (2010: 24-25) ýartygulak『ヤルティ・グラック(「耳の半分の大きさ」の意、トルクメン版の一寸法師)』より、現行のラテン文字で書かれた童話。挿絵が美しい。

写真3

↑Türkmänistan dewlät näşriýati (1927)より、1928年から使用されるラテン文字表記についての練習帳の表紙。印刷所がまだ“Ş”に対応できず、“S,”と印刷されている。

<参考文献>
Атаныязов, Солтанша (1994) Шеҗере (Түркмен несил дарагты): Туран-1.
Бердиев, Р., C. Күренов, К. Шамырадов ве Ч. Аразкулыйев (1970) Түркмен дилиниң диялектлериниң очерки: Түркменистан ССР ылымлар академиясы Магтымгулы адындакы дил ве едебият институты.
Gandymow, Ş. we T. Tagandurdyýew (2002) Türkmen edebiýatynyň altyn asyry: Ylym.
Сөйегов, Мыратгелди ве Ныязберди Реҗебов (1993) Тәзе түркмен елипбийи: Рух.
Türkmen döwlet neşirýat gullugy (2010) Ýartygulak: Türkmen döwlet neşirýat gullugy.
Türkmänistan dewlät näşriýati (1927) Täze türkmen eliipbiyini ewrenmäge ullanma: Türkmänistan dewlät näşriýati.

書誌情報
奥真裕,《総説》「トルクメン語について」『アジア・マップ:アジア・日本研究Webマガジン』Vol.2, TM.1.01(2025年3月5日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol02/turkmenistan/country