アジア・マップ Vol.03 | インド

《総説》
インドにおけるチベット医療―アムチの実践とイノベーション―

長岡慶(東京大学大学院総合文化研究科附属グローバル地域研究機構 特任研究員)

 インドのヒマーラヤ山脈地帯にはチベット仏教徒の住む地域が数多くある。そのような地域を訪ねてみると、僧院や尼僧院、仏塔のほかに「チベット医療」(Tibetan medicine)と書かれた診療所を見かけることがある。そこでは、アムチ(またはメンパ)と呼ばれる僧または俗人の治療者が患者の診療に従事している。チベット医療は日本でほとんど知られていないが、インドではアーユルヴェーダやその他の伝統医療とともに公的医療サービスの一端を担い、現地の人々の身近な医療となっている。インドで実践されるチベット医療とは、一体どのようなものであろうか。

1. チベット、ヒマーラヤ、モンゴルに浸透した医療
 チベット医療は、12世紀頃にチベットで成立した。それは、仏教僧が学ぶべき5つの学問のうちの一つ「医学」(ソワ・リグパ)として各地の僧院の医学堂で教えられ、アムチたちは生薬を調合して人々の病を治療した。チベット語の医典『ギュー・シ』の知識を基盤にして、時代とともに様々な注釈書や薬物書、実用書がつくられ、チベット医療はやがてヒマーラヤやモンゴル、ブリヤート、トゥバ(シベリア南部)の仏教圏に広く浸透し、現地の医療実践に大きな影響を与えた。複数の国・地域で発展してきた背景から、最近では特定の地名を冠した名称以外に、仏教用語であった「ソワ・リグパ」という名称がチベット、ヒマーラヤ、モンゴルにおける医療システムを意味する用語として新たに解釈され、実践者や学者、役人のあいだで用いられるようになってきている。

 インドにおけるチベット医療は、トランス·ヒマーラヤ交易を通じてチベットとインドのあいだを歴史的に往来していたヒマーラヤの仏教徒の人々によって主に担われてきた。北西部のラダック(連邦直轄領、旧ジャンムー・カシミール州)やスピッティ(ヒマーチャル・プラデーシュ州)、北東部のシッキム(シッキム州)やタワン(アルナーチャル・プラデーシュ州)といった地域で、現在もアムチや他の人々によってチベット医療が実践されている。

 さらに1960年代以降には、チベットからインドに亡命したディアスポラのアムチたちによってチベット医療組織がつくられた。チベット亡命政府のあるダラムサラ(ヒマーチャル・プラデーシュ州)をはじめラダック、ダージリン(西ベンガル州)、サルナート(ウッタル・プラデーシュ州)のチベット難民居住区周辺に、2000年代までに4つのチベット医療組織が設立された。それらの組織はその後、アムチの大学教育化や資格化、薬の工場生産化や標準化といったチベット医療の制度化を進める拠点となっていった(長岡2021)。インド政府は、2010年にチベット医療を「ソワ・リグパ」(英訳はscience of healing)の名称で承認し、アーユルヴェーダやユーナーニー医療、シッダ医療、ホメオパシー、ヨガを含む自然療法に次ぐ政府公認の6つ目の医療システムとして、保健医療(プライマリー・ヘルス・ケア)政策に組み込んだ。

2. アムチの診療実践―ダージリンの診療所から―
 アムチたちはどのように診療するのであろうか。ダージリンにあるチャクポリ・チベット医学院(以下チャクポリ)の事例から、その診療の様子を紹介する。チャクポリの診療所は、ダージリンの中心街の一角にある。診療所に入ると、薬師如来の絵画やダライ・ラマの写真が飾られ、薬局と待合室の奥に診療室がある。筆者がそこで出会ったのは、クンサル(30歳代)という赤い袈裟を着た尼僧のアムチであった。チベットのツァン地方出身である彼女は、13歳のときネパールに亡命して尼僧になった。その後、チャクポリに入学してチベット医療を学び、デリーなどの都市で約1年間研修生として働き、アムチになったという。

 朝9時に診療所が開くと、まずアムチ・クンサルと数人のスタッフたちは読経し、神仏に薬や施術に宿る効力が滞りなく発揮されることを祈願した。読経の後、患者の診療が始まり、一時間の昼休みをはさんで夕方5時まで診療が行われた。次の事例は、2014年10月25日に診療に同席した際のアムチ・クンサルと初診の患者Aとのやりとりである。なお、括弧内は筆者による補足である(以下、同様)。

患者A(20歳代・チベット人女性): 下あごが痛いです。ネパールから来ました。1ヶ月滞在する予定でダージリンにいます。(ダージリンの)インド人に「下あごが痛くなると子どもを産むのが難しくなる」と言われたのですが、それは本当なのでしょうか。
アムチ: そんなことはありません。大丈夫ですよ。(患者はかなり心配しているようで、アムチによる脈診の間、難産になると言われた時の状況を詳しく語り、繰り返し同じことを尋ねた。)
アムチ: (脈診の後)コーラなどの冷たい飲み物やヤギの肉、汚い水を多く口にすると下あごが痛くなるので、なるべく口にしないようにしてください。
患者A: コーラはあまり飲まないのですが、ネパールの住んでいる所の水はあまりきれいでありません。フィルターで濾してもなかなかきれいにならないんです。
アムチ: そうなのですね。水は、濾した後必ず煮沸して飲むようにしてください。そうすれば大丈夫ですよ。15日間の薬を処方します。それと首を冷やさないようにしてください。酸っぱい食べ物や辛い食べ物もあまり摂らないでくださいね。

 ダージリンは、インドとネパールの境界に位置しているため、患者Aのようにネパール在住の人がチャクポリに来ることはそれほど珍しいことではない。この患者はインドの人に「下あごが痛いと難産になる」と言われたことについて非常に心配し、問診中にはネパールの自宅の水に関する不安についても語った。アムチ・クンサルは、インドとネパールで患者Aが直面する悩みを聴き、それに答えながら患者の両手首に指をあてて脈診をしていた。さらに、患者の顔色や目、舌、肌、呼吸などの状態を見たり、食生活について尋ねたりして病を診断し薬を処方した。

 診療所におけるアムチと患者のやりとりは、一見すると脈診以外は日本の町医者と患者のやりとりとそれほど大きく変わらない。秘伝のマントラ(真言)を唱えて「神秘的」な治療儀礼をすることもなければ、難解な用語を用いて病気の原因を説いたりすることもほとんどない。アムチと患者は、心身の不調とともに日常生活の身近な悩みや出来事について語り合い、そのなかでチベット医療の知識に基づく治療が行われているのである。

3. 診療実践における変化
 アムチの診療実践は、国家の制度や患者のニーズを通じて変化している。例えば、医薬分業によりアムチが生薬を調合して薬をつくる機会は少なくなった。チャクポリやほかの専門組織はそれぞれ製薬工場をもち、そこでチベット薬を生産し、各診療所に分配している。アムチ・クンサルはチベット語で処方箋を書いてそれらの薬を処方し、食事や生活改善のアドバイスをしたり、患者のニーズに応じて血圧計や体重計を用いて身体の状態を数値で測って伝えたりしていた。治療に使う施術器具も変化している。例えば、常連の患者Bは吸い玉療法(カッピング)による施術を受けながら、次のように昔の思い出をアムチ・クンサルと筆者に語った。1

患者B(チベット人男性・60歳代): 背中が痛いので来ました。
アムチ: 最近の体調はどうですか。背中のほかには痛いところはありませんか。
患者B: ここしばらく膝や腰も痛かったので病院に行きました。医者に処方された湿布を貼ってよく治りました。 でも、その湿布は強力だからたくさん使うとよくないんです。
アムチ: 治ってよかったですね。
患者B: (アムチによる脈診の間、筆者に笑顔で話しかける。) 背中が痛くなるからよくここに来るんだ。自分の母親も同じだった。 この背中の痛みは血筋だよ。
アムチ: (患者の背中の痛い部位を確認し、ガラス器具を一つ当ててカッピングする。)
患者B: (アムチと筆者に話す。) 昔は銅椀でやっていました。幼いとき、チベットで母親も銅椀を使ってこんな風に治療してもらっていたのを覚えています。 銅椀のなかに火を投げ入れるんですよ。

 患者Bは、生物医療(近代医療)とチベット医療を使い分け、比較的最近の膝や腰の痛みには病院の湿布を利用する一方、「血筋」と語る長年の背中の痛みにはチベット医療のカッピングを利用していた。彼が母の思い出とともに語った銅椀によるカッピングは、銅椀に火をいれ真空にして皮膚に吸着させる方法である。しかし、アムチ・クンサンは銅椀ではなく、最近アジアや欧米で国際的に流通するようになったガラス製のカッピング器具を使用し、専用のピストンで真空にして施術していた。患者Bが帰った後、「なぜ銅椀は使わないのですか」と尋ねると、「最近は火を入れると怖がる人がいるから、これ(ガラス器具)を使っているわ」と彼女は語った。

 チャクポリを訪れる患者層は、性別・世代問わず幅広い。チベット仏教徒のほかに、近郊に住むヒンドゥー教徒やキリスト教徒、ムスリムの人々もいる。これらの患者は生物医療を拒絶しているわけではなく、病院へのアクセスが困難な状況にあるわけでもない。むしろ、ダージリンはインドの有名な観光都市で多くの病院や薬局·薬店があり、住民は状況に応じて複数の医療を利用していた。アムチ・クンサルはチベット語とネパール語、ヒンディー語を使い、診療所にやってくる多様な患者に柔軟に対応しながら、患者たちの心身の不調にともに向き合っていた。

4. アムチたちのイノベーション
 インドにおいて、いまチベット医療はイノベーションの最中にある。健康や環境、ウェルビーイングに対する国際的な関心が高まり、サプリメントや健康食品、香水、美容化粧品における薬草(ハーブ)製品のグローバル市場が急速に拡大している。そのなかで、インドは自国の薬草産業の促進に力を入れ始めた。専門組織の一部のアムチは、薬草製品の開発という新たな分野に取り組むようになり、医典『ギュー・シ』の知識をベースに薬草を用いた茶や香、マッサージオイル、シャンプー、美容液が次々に開発され、国内各地の診療所や海外向けのオンラインサイトで販売されるようになった。

 チベット医療の産業化の動きに関して、現地のアムチたちの立場は様々である。イノベーションに積極的に携わる者もいれば、イノベーションに対して否定的な者もいる。ダラムサラにあるインド最大のチベット医療組織メンツィカン(チベット医学暦法学院)は、政府の支援のもとイノベーションを率先し、アムチ以外に薬草製品の開発や販売、流通に携わる一般のスタッフたちを多数雇用した。

 インドで実践されるチベット医療は、「近代以前」の過去の遺物ではない。それは、国家の制度や患者の多様なニーズを通じて現在形で変化する生きた医療である。様々な立場の人々の利害・関心が結びつき、チベット医療と科学やビジネスとの融合というプロジェクトが進行するなかで、アムチたちはチベット医療における独自性や価値をいかになくさずにイノベーションの道を歩んでいくかということを模索し続けている。

丘陵に広がるダージリンティーの茶畑

丘陵に広がるダージリンティーの茶畑(ダージリンにて2014年筆者撮影。以下同様。)

チベット人学校近郊にあるチベット仏教のマニ車と壁画

チベット人学校近郊にあるチベット仏教のマニ車と壁画

アムチ・クンサルによる脈診

アムチ・クンサルによる脈診

アムチ・クンサルによるカッピングの施術

アムチ・クンサルによるカッピングの施術(ピストンを引いて、カップの中を真空にしているところ)

チャクポリの薬局に陳列された丸薬

チャクポリの薬局に陳列された丸薬 (ラベルにチベット語で薬の名前が記されている)

注釈
1カッピングは、真空状態にしたカップを皮膚に吸着させる療法で、世界の様々な伝統医療で実践されている。チベット医療では、痛みの緩和や身体内の阻害物の排出のために銅椀を用いたカッピングが行われてきた。銅は、神経や肝臓における炎症の鎮静を助けるとされる(ブラッドリー2003:234)。インド北東部タワンの診療所で調査した際は、銅椀とガラス器具の両方のカッピングが併用されていた(長岡2021)。

参考文献
長岡慶2021『病いと薬のコスモロジー―ヒマーラヤ東部タワンにおけるチベット医学、憑依、妖術の民族誌』、横浜:春風社。
ブラッドリー、タムディン・シザー2003『癒しの医療チベット医学―考え方と治し方』、井村宏次監訳、山元謙一訳、東京:ビイング・ネット・プレス。

書誌情報
長岡慶《総説》「インドにおけるチベット医療―アムチの実践とイノベーション―」『アジア・マップ:アジア・日本研究Webマガジン』Vol.3, IN.1.05(2026年3月25日掲載) 
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol03/india/country04