アジア・マップ Vol.03 | 中国

《総説》流転する中国音楽の録音資料
-私蔵アナログレコードコレクションからの遠望

増山賢治(愛知県立芸術大学 名誉教授)

 本稿は中国音楽の録音資料私蔵コレクション(主としてアナログレコード)から看取される諸相を通して、その存在意義や資料的価値を探るための1つの試みである。筆者は1972年から徐々に中国音楽の研究に関わり始めた。当時即ち文化大革命時期(1966-1976)の中国大陸では、それまでの旧体制との関連性が認められる伝統音楽とその演奏家や楽曲の多くが基本的に公の場から姿を消し、文革のプロパガンダとしての新しい音楽の創作と上演が昼夜推進されていた。そして日本のメディアの大半はそうした動向に呼応するかのように、専らその新しい音楽状況を一心不乱、熱烈に報道することに終始していた感がある。しかし、筆者は中国系の伝統音楽(本稿では大陸、台湾、香港を一括りにして以下、原則として「中国音楽」と略記)のすべてが地球上から消え失せたはずはないという思いから、実際にその録音資料を探索してみると台湾、香港には録音資料はもとより、その音楽ジャンル自体が数多く存続している状況を知るに至った。香港発行の中国音楽の録音資料(当時はレコードに加えてカセットテープがすでに普及していた)のうち大陸の音源からの翻刻版は日本でも一部が中国関係書店で、香港の演奏家による新録音は神田神保町の中古レコード店や当時の横浜中華街にあった中国音楽専門レコード店で時折入手可能だったが、台湾のものは基本的に現地に赴く以外に入手困難な状態であった。そしてそれらに比して意外なことに、大手レコード店の輸入盤ワールドミュージックのコーナーや輸入盤専門のレコード店で比較的容易に入手できたのが欧米(特にアメリカ)発行の中国音楽のアナログ30cmLPレコードであった。

 それらの私蔵レコードコレクションの録音方式は大陸の音源からの翻刻版の場合、香港、台湾はもとより欧米発行でも基本的にモノラル録音だったが、筆者が当時収集した香港、台湾の演奏家の演奏を収めたレコードは、香港、欧米発行ともにステレオ録音が大半を占めていた(1970年代前半の段階では台湾発行の中国音楽のステレオ録音によるレコードやカセットテープを筆者は購入する機会を得ていなかった)。当時の日本(主として中国関係書店)で入手することができた中国(大陸)の音楽のレコードといえば、器楽、声楽を問わず文革を賛美するための楽曲や演目(Ex.ピアノ協奏曲「黄河」、革命現代京劇等)の一色。それらはすべてモノラル録音だったから、そうした点においても香港や欧米で発行された中国音楽のレコードは非常に貴重な存在であった。

 文革の後半期である1970年代前半から伝統音楽の録音制作発行が大陸で復活し始める80年代初頭にかけて筆者が収集した中国音楽アナログレコードの主要レーベルは香港の藝声唱片、風行唱片、台湾の鳴鳳唱片、女王唱片(中国語でレコード盤を意味する「唱片」の文字を以下省略する)、欧米のレーベルではアメリカのLYRICHORD, Nonsuch, CANDIDATE, MONITOR, EVEREST, ANTHOLOGY and TAPE, FOLKWAYS, SERAPHIM (EMI), イギリスのDECCA(ECLIPSE), フランスのOCORA, CBS, Alvarés, イタリアのEMI, ドイツのMUSEUM COLLECTION BERLIN(WEST)と比較的広範囲に及んでいる。

 筆者は、中国音楽研究に興味を持ち始めた当初、主に取り組んでいた研究テーマが京劇歌唱の旋律構造の分析だった関係上、京劇を中心に地方劇を含めた劇音楽の録音資料を積極的に収集することに努めた。そしてその需要に最も適していたのが1975年3月、初めての台湾訪問の際に入手した鳴鳳と女王の京劇レコードで、京劇(当時の台湾における呼称は平劇または國劇)をはじめとして若干の地方劇(中国各地域の方言を用いたそれぞれの音楽スタイルをベースにした京劇以外の劇音楽で360種類ほどあると言われる)や語り物(各地の方言によるセリフを挟みながら三弦や琵琶、太鼓などの伴奏で歌う大衆芸能で300種類以上あると言われる)を含めた新旧の録音(大半が翻刻版)を基本的に25cmLPの形で発行していた。藝声は京劇を含む劇音楽(レーベルの土地柄上、広州や香港の粤劇、スワトウの潮劇といった広東系が比較的多かった)および器楽のレコードやカセットを発行しており、後者に関しては文革前の大陸の演奏家の音源を翻刻したと思われる同レーベルのカセット(Ex.二胡の独奏や伝統的器楽合奏の広東音楽等)はそれなりに有用だったが、解説文はもとより演奏者名も記されていないなど難点が少なくなかった。

 それに対して香港や台湾の演奏家の演奏を収録したLYRICHORDを始めとする欧米諸レーベルの中国音楽のレコードには演奏者名、曲目解説等一定の文字情報が付されており、収録ジャンルの範囲も幅広く、器楽の他に京劇や宗教音楽などにも興味深い録音が含まれていた点も魅力的だった。

 上述の事情を踏まえて、大陸で伝統音楽が影を潜めていた時期に娯楽、商業、伝承、記録、学術、教育、学習、普及、放送等様々な用途を果たしたであろう台湾、香港、欧米発行の中国音楽アナログレコードにスポットを当て、筆者が入手したものを中心に音楽ジャンル、曲目、演奏者等様々な点で特色ある事例をいくつか取り上げてみる。

 目下筆者の手元に保管されている台湾の京劇レコード(大多数は鳴鳳でそれに加えてレコード自体は紛失したがカセットテープに保存したものも少なからず所有している)とそのジャケット裏面に付記されている目録を一瞥すると、当時の台湾の代表的な俳優による新録音を若干含みながらも、その大半を占める翻刻版には演者の氏名が明記されておらず、歌唱スタイル(日本の伝統邦楽でいうところの「‥流」に近いもので、中国語では「‥派」という)と役柄の種別(立ち役、女形等)の表記で代用されているものが多いことが分かる。

写真1

(写真1 平劇「失街亭」のレコード)

 それは何故か?主な理由は恐らくそれらが大陸の音源であるため、当時の大陸と台湾の政治的緊張関係からすれば明記が憚られたと察せられる。実際、京劇を聞きなれているものならそれが誰であるかは容易に察することができるが、国民党政府が台湾に移る以前の民国時代の古い録音と思われるものに関しては、演者名が書かれているものもあり(梅蘭芳ら著名な俳優に限定されている)、それ以外の人民共和国成立から文革時期までの録音については、鑑賞者が内容を理解する上で支障を来さない程度に演目名の字句に手が加えられている例も散見する。1959年に映画化された新編歴史劇「楊們女将」(中国京劇院の新人キャストが出演)、日本留学の経験もある著名な劇作家、欧陽予倩(1889-1962)の脚本による「桃花扇」(主演は女優の杜近芳で原盤は1962年録音の大陸の中国唱片と思われる)はそれぞれ「葫蘆谷」(演目中で宋の軍隊と西夏が戦闘を行う地名)、「李香君」(演目中の主役名)のように改名され、演者は流派名のみの記載となっている。そして女王も鳴鳳と同様に台湾の俳優による新録音を含みつつ翻刻版が多いが、京劇歌唱練習用の伴奏カラオケのレコード(台湾の京劇伴奏者による演奏を収録)を発行していたことも特徴的だった。藝声の京劇レコードやカセットは、鳴鳳や女王のそれと同一録音と判断されるものを多く含みながら、こちらは演者名が明記されている(Ex.名女形の張君秋による「西廂記」ほか)。さらにその一部には映画(文革以前から大陸では京劇をはじめとする劇音楽の映像化が積極的に行われていた)のレコード盤化(いわゆるサウンドトラック)も含まれており(三国志の「空城計」等)、このような翻刻版レコードの点在は、見方によっては音楽資料の伝播(大陸から香港、台湾へ)と捉えられる興味深い現象で、それらの関係性の整理、照合、調査研究が待望されるところである。また当時の台湾ではすでに京劇のラジオ番組のみならず、「電視國劇」と称される京劇専門のテレビ番組が常時放映されており、それらとレコード・カセット発行の増減との関係性も一考の価値があるだろう。

 そして筆者所有の欧米レーベルの中国音楽レコードの中ではアメリカのLYRICHORDが質量共に突出している。例えば、CHINESE CLASSICAL MUSIC played on ancient instruments by PROFESSOR WEI CHUNG LOH LL72 ジャケット裏の解説文の曲目タイトルには上記の文言に続けてof the Ta Tung National Music Research Instituteと記されている。解説文中に漢字(中国語)表記はないが、参考までに筆者の可能な範囲でそれに書き換え、付加してその概要を説明しよう。演奏者と所属団体はそれぞれWEI CHUNG LOH(衛仲楽)、Ta Tung National Music Research Institute(大同楽会)。大同楽会とは伝統を継承しつつ中国楽器の新しい音楽、演奏スタイルの創造を目指した民間組織(1920年設立)で、衛仲楽はその主要メンバーの1人であった。収録曲(以下のナンバリングと中国語表記は本稿筆者による)は1.Dance Prelude(歌舞引)2.Flying Flowers Falling Upon Emerald-Green Grass(飛花点翠)3.Parting at Yang Kwan(陽関三畳)4.Soliloquy of a Convalescent(病中吟)5.Temple Meditation(粧台秋思)6.March(光明行)7.The Drunken Fisherman(酔漁唱晩) 8.The Flight of the Partridge(鷓鴣飛)。使用楽器は1.2.―琵琶、3.7.―古琴、4.6.―二胡、5.―洞簫(縦笛)、8.―笛子(横笛)で、すべてを1人で演奏している。中国音楽では1人が複数の楽器や音楽ジャンルに関わる例は別に珍しいことではない。古琴と琵琶は古くから独奏楽器として用いられて来たが、笛類はここに収録されたような無伴奏形式よりは、合奏中の主要楽器として、あるいは他楽器との重奏による演奏形態が多いように思われる。

 このレコードの録音年代は不明だが、「演奏者が1939年にアメリカ演奏ツアーを行った」との解説文中の言及やその録音状態から明らかにSP録音からLPへの転写と判断される。収録された古琴、琵琶および笛の楽曲にはタイトル文字通りの「古典」という形容が相応しいのに対して、20世紀のはじめジャンルとして二胡の独奏形式の確立を目指していた劉天華(1895-1932)の二胡曲(4.6.それぞれ1918年、1931年の作曲)はその点微妙なところだが、アメリカではこのように早くもレコード録音が行われ、紹介されていることには今更ながら驚きを覚える。加えて当時の政治的に脆弱な状況下の中国にアメリカの関心を向けさせる何某かの意図の有無やその効果に関する研究の必要性を痛感する。

 次のCHINESE MASTERPIECES FOR THE ERH-HU LUI MAN-SING AND HIS GROUP LLST 7132には呂文成(LUI MAN-SING)による二胡演奏をメインに随時様々な伴奏者の多彩な使用楽器(撥弦楽器の古筝、琵琶、打弦楽器の揚琴、横吹きの笛、縦吹きの簫、木魚、シンバルに似た大型の打楽器等)が加わって、広東音楽の代表曲が独奏、重奏、合奏と変化に富んだ演奏形態で収録されている。呂は広東音楽を代表する演奏家、作曲家で、従来の二胡より調弦の音高を4-5度高く調律した高音二胡(略称は高胡)の考案製作者でもある。二胡の伝統的な音楽などほとんど顧みられなかった当時の日本の状況とは対照的に、二胡をフィーチャーして広東音楽の代表的レパートリーをこうした良好な録音状態で提供した本レコードの意義は非常に大きい。

写真2

(写真2 呂文成の二胡音楽のレコード)

 劇音楽では京劇の次の2枚が興味深い。Chinese Opera Lisa Lu as LADY PRECIOUS STREAM in “THE REUION”A PEKING OPERA K.S.CHEN as HSÜEH PÍNG-KUEI LLST 7232 ジャケットの表に縦書きの漢字表記で「武家坡 盧燕、程京蓀合唱」と演目名、演者名が付されている。武家坡とは西涼国に囚われの身となっていた軍人の薛平貴が高貴の出である妻の王寶釧と18年ぶりに再会する唐代の物語。王寶釧を演じた盧燕(日本では英語表記と同じ「リサ・ルー」として知られている)は香港台湾で名声を博した映画女優で、主要出演作の「ジョイ・ラック・クラブ」(1993年)や「再開の食卓」(2010年)等が日本でも公開されている。その母親の李桂芬は中華民国時代の京劇界では稀有であった「女優」(男役を専門)の1人として活躍した。薛平貴を演じた程京蓀は父親の程君謀が著名な京劇のアマチュア俳優(それは「票友」と称されて中にはプロに転じた人も少なくない)でその才(立ち役の歌唱や京劇楽器の演奏等)を受け継いでいる。このようにアマチュアによる京劇のレコード録音は従来からしばしば行われており、ここでの歌唱の水準は決して高いと言えないが、このような京劇鑑賞の核、歌を主体とする王道的演目(「唱功戯」という)がアメリカで発行されていたことは驚喜の念を抱く。劇のセリフおよび歌詞の英訳リーフレットが同封されており、文豪ヘンリー・ミラーが解説文を執筆していることも目を引く。そして伴奏楽器とそれぞれの奏者名が明記されていることも翻刻版にはほとんど見られない本レコードの優れた点として挙げておきたい。

 京劇THE CHINESE OPERA Arias From Eight Peking Operas LLST 7212こちらの方は様々な演目から抜粋した聴き所が台湾の復興戯劇学校(創立当初は私立の京劇専門の俳優、音楽家の養成所であったが、現在は国立で京劇以外の専攻も設置されている)の学生の演奏で収録されている。各役柄の種類別(立ち役、女形、豪傑、老婆など)に京劇の主要なフシが収録されているが、演奏の出来は学生の域を出るものでない。録音年代(1970年)、場所(警察廣播電台、直訳すると警察ラジオ放送局)および伴奏者名が明記されているのは良いが、歌詞カードはなく歌われているフシ名の表記に多くの誤りが認められる点に注意が必要である。ちなみに本レコードが録音された当時の日本では、管見の及ぶ限り大手のレコード会社が京劇を録音制作した形跡はどこにも見いだすことができない。文革終息後の1979年、国際交流基金招聘による中国京劇院三団の来日公演の際に録音制作されたレコード(「京劇集錦1,2」ビクターSJX-2192-3, SJX-2198-9)は、西遊記を中心とする立ち回り演目を主体とした、中国人の鑑賞眼とは真逆のプログラム構成で、音楽的楽しみ方の解説も正しく示されておらず前掲二例の京劇レコードとは雲泥の差がある。そして京劇を多く含む「中国伝統音楽集成―史料としてのSP原盤復刻―」(日本コロムビアGB-7001~7030 1980年)に至っては、大陸はもとより香港、台湾でも珍しくない翻刻録音の原盤が日本で発見された(その意義自体は否定されるべきではないが)ことで主要メディアが挙ってそれを必要以上に仰々しく報じた事態には今更ながら嘆息を禁じ得ない。

 宗教音楽ではイギリスの哲学者で録音技師であったJohn Levy による香港のランタオ島の寶蓮寺や台北の龍山寺等での現地録音、CHINESE BUDDHIST MUSIC recorded by John Levy LLST 7222が忘れ難い。解説文はイギリスの民族音楽学者で古代中国の音楽の専門研究者Laurence Pickenが書いている。同社は道教音楽のレコードも発行しており、それらは年月を経た今、学術的意義が益々高まっているが、このように明らかに商業ベースには乗りがたい宗教音楽をフィーチャーしたレコード制作など端から考え難い日本とは対照的に、欧米レーベルではその後も中国の宗教音楽のCD録音が出版されている。

 それから、欧米では香港やマカオをフィーチャーしているレコードが発行されている点も注目に値する。HONG KONG Musique Populaire et traditionnelle de Chine disques Alvarés 821は粤劇、広東音楽、人形劇から獅子舞や武術の伴奏音楽までのそれぞれが1-3分と短時間ながら断片的に収録されており(恐らく野外録音)、香港の音風景の記録として意義深い。

写真3

(写真3 HONG KONGのレコード)

 Chinese opera/songs & music FOLKWAYS FW 8880 excerpts from CANTONESE DRAMA(1960年)は、1958年に広東からマカオにやって来た盲人の音楽家(ストリートパフォーマー)たちの演奏記録である。盲人音楽の記録自体が数少ない中、本録音の意義は貴重性の極みと評しても過言ではないだろう。

 香港の伝統音楽文化に着目した欧米のレコードは上記の2例に止まらないが、香港の音楽=華流ポップスという硬直化した受容の図式が支配的な日本では、中国音楽を幅広く味わうスポットとしての香港・マカオへの認知度、注目度が未だに低く、その悪弊の解消が望まれる。

 また、伝統音楽ではないが民族楽器による合奏曲として人口に膾炙しているものとして注目されるのが、高胡協奏曲『梁山伯と祝英台』(略称は梁祝)のレコード、THE CHINESE KAO-HU(VIOLIN)LIANG SAN PO & CHOK YIN TAI(A Violin Concerto, re-written by Ng Tai Kong, based on an ancient Chinese Folk-Tale) CANDIDATE CE 31037で、原曲は民間説話「梁山伯と祝英台」の悲恋をテーマとした同名のヴァイオリン協奏曲である。同曲の編曲および独奏者のNg Tai-Kong(呉大江)は大陸出身で、シンガポール在住を経て香港に移り住みLYRICHORDや風行にも録音を残し、香港中楽団(中国楽器で編成されたオーケストラ)の初代音楽監督として活躍した。ジャケット裏には伴奏楽器と奏者名が書かれており、西洋楽器と中国楽器の混合編成となっている。1978年10月14日-27日の中楽団の演奏会プログラムの解説文に「1968年の冬、高胡協奏曲の編曲を完了し、レコード録音を行った」と呉大江が記述していることからすると、今や原曲に比肩する人気を獲得している梁祝高胡協奏曲のアレンジの礎の姿がここに記録されていると言えるのではなかろうか?

 その他、フランス映画監督ロベール・メネゴズ(Robert Menegoz)によるドキュメンタリー映画「Behind the Great Wall」(1958年)のサウンドドラックSOUNDS AND MUSIC OF CHINA(MONITOR RECORDS MFS 525) も音源の流転という面から注目に値する1枚である。A面の前半に収録されている二胡の名曲「二泉映月(泉に映える月)」の素晴らしい演奏(演奏者は不明)もさることながら、AB両面に当時の漢口および北京における運搬や工事の際の労働作業歌(号子と称される)の録音がそれぞれ登場するのは極めて貴重である。多くの大陸の号子を集成した台湾のCD「土地と歌」(風潮有聲出版有限公司、1996年)の音源との関係性の解明が待たれる。ちなみに前掲レコードの冒頭、序盤、終結の三回に渡って部分的に用いられている合奏曲のThe Little Mill「小磨房」(小さな粉ひき場)は、コロムビア世界民俗音楽シリーズ「中国民謡と民族舞踊曲(中国北京民族楽団、中国歌舞団)」(XM-17-S、1967年、原盤はチェコのSUPURAPHONレコード)と同一音源と思われる。

結語
 台湾の京劇レコードは、京劇の定期的な上演劇場として長きに渡って機能した台北の国軍文芸活動センターや京劇のラジオ・テレビ番組(過去の放送演目が今では多くDVD化されている)と同様に、主として外省人(特に1949年以降大陸から台湾に移り住んだ人々)の需要を満たすために機能したことは想像に難くない。京劇レコードを聴きながらその歌唱を学ぶ愛好家、いわゆる「留学生」(蓄音機を昔は留声機と呼んだことに起因する俗称)にとってそれは大陸への郷愁を呼び起こすものだっただろう。香港の京劇レコードは台湾同様、SPからの転写と文革前のLPの翻刻版が共存しており、京劇のラジオ番組(Ex.香港ラジオの番組「戯曲漫談」)も放送されていたこと等から北方や上海出身の人々を中心に一定程度の愛好者の存在が推察される。

 そして欧米における諸民族の音楽への関心によって制作発行されたであろう同地域の中国音楽レコードには、上記の諸例のようにその国や地域の民族音楽研究の先進性、先取性、視点が反映されている様子が窺える。それに対して日本に浸透している中国音楽の一般的イメージと言えば、シルクロードへの憧れ、李香蘭(山口淑子)のヒット曲への郷愁、二胡の偏重等、ある種の迷路のような呪縛から未だに解き放たれていないように見える。いずれにせよ時々刻々と変貌を遂げる中国音楽の状況に対して、そうした従来のステレオタイプで狭小な視点に起因する安直な礼賛や否定を繰り返すべきではないだろう。中国音楽の記録保存方式がレコード、カセット、CDからビデオ、VCD、DVDを経てYouTube等SNSが主流となった今こそ、氾濫するアマチュア愛好家による諸情報に惑わされず、一見プロと目される人々の情報を鵜呑みにすることなく真に本質的なものを追い求める姿勢、名実相伴う正統性の検証が不可欠だと考える。

書誌情報
増山賢治《総説》「流転する中国音楽の録音資料-私蔵アナログレコードコレクションからの遠望」『アジア・マップ:アジア・日本研究Webマガジン』Vol.3, CN.1.07(2025年00月00日掲載)
リンク: https://www.ritsumei.ac.jp/research/aji/asia_map_vol03/china/country06